転/第八十五話:(タイトル未定)
食べ終わりが見えてきたところで、やや先送りしていた“あること”について考えてみた。まあ、なにって、“ここ/プタ”のお代のことである。
さきほどは全力で回避しようとしていたのに結局、“美味しくごちそうさま”しようかという現状だ。もう、やっちまったとしか言いようがない。申開きもできない。
飴菓子屋の主人なおっさんは“なにかを察して”おごってくれると申し出てくれたけれども、さすがにわりと手持ちがあるのにそうしてもらうのは、いまさっき出会ったばかりのヒトにそうしてもらうのは、どうかと思うわけで。
せめて自分の分のお代は、増々になった所持金から借りて、支払わせてもらおうと思う。
本人に確認せず“借りる”というのも、これまたどうかと思うけれども。よく知らぬ他人より、知っている壱さんのほうが甘えやすい――そう、どこかで思っているから、こんな考えが浮かんじゃうんだな。オレは。
しかし、だからといって、これ以外に、知らぬ他人におごってもらうという事態を回避する策は、すぐには思い浮かばず。ひらめかず。
壱さんには正直に“このこと”を申告して、それ相応の――
そのとき、ざわめきの波が身近を通り過ぎていった。
なにぞ、と思い、波が来たほうへ意を向ける。
「おっとう……」
道端に、ひとつの戸と、ひとりの男性が投げ出されたように横たわっていた。その側には、戸を失った木造平屋が黙して口を開けている。
ただ、その場所が、
「……まさか」
我が待ち人が来たる場所と同じような気がしてならず。
どうにも胸騒ぎを覚え、視線が“そこ”に釘付けになる。
数拍の間を置いて。
血相を変えた厳つい顔面の男性が、ひとり、ふたりと木造平屋から跳び出してきた。
彼らは地べたに横たわる男性には目もくれず、いま自分たちが跳び出してきた出入口のほうへ睨みを向ける。
――そして。
さほど間を置かず、そのおヒトは姿を現した。
ふたりの睨みと、いつの間にか集まっていた野次馬根性あるヒトたちの視線が注がれている、木造平屋の出入口から。
まるでお食事処の“のれん”くぐるような、平然とした態度で。
手にした杖で己が足元を探りながら、確かな足取りで。
「おやまぁ」
飴菓子屋の主人なおっさんは、残り少ない“プタ”を汁ごといっきにかっ込み、
「ずいぶんとまたかぶいとりますなぁ、あのべっぴんさん」
演劇を楽しむヒトの愉快さある口調で、言うた。その眼差しは他の野次馬なヒトたちと同様、べっぴんさんな“そのおヒト”に注がれている。
「え、あ、そう……ですか、ね」
「あらん?」
飴菓子屋の主人なおっさんは、“なにか”察したふうな表情をして、
「もしかして、あのカブキ者さんは、あんさんのお知り合いで?」
と、“まさかな問い”の言葉を投げてきた。
「えっ?」
どうやら、いまさっきの我が反応を、妙に深く読み取ってくれたようだ。
「はははっ、ふぅ」
間違っていない。どころか、ビックリ大正解である。
このおっさん、ただのお喋りかと思ったら、驚くほど鋭い観察眼の持ち主のようだ。
まさか、“かぶいとる”と聞いて、“歌舞伎揚げ/かぶきあげ”しか思い浮かばなかったなんて。だから、なにを言っていたのかわからなかったなんて。そんなわけ、ない。
「まあ、はい、そうですね。そうです。相方さんです」
「ははあ、あんさん、さすが勝負師。“そっち/好み”も、なかなか攻めとりますなぁ」
飴菓子屋の主人なおっさんは、食べ終わった丼をお店のカウンターに置きつつ、
「それにしても、あんさん。ここで、こんなのんびりしてて大丈夫なんですか?」
言って、丼の横に“この世界のお金”を並べた。
形状はいままで見た“この世界のお金”と似ていたが、作りはやや小ぶりで、“細工/加工”も異なる。おそらく、“金額/価値”が違うのだろう。
「“壱さんは”大丈夫だと思いますけど……」
改めて意を向ければ、我が相方さん、
「……たぶん」
いつの間にか数をたいぶ増やした厳つい顔面さんたちに、血走った睨み向けられていた。
「ごちそうさまでしたっ!」
残りの“プタ”をかっ込み、空になった丼とお箸を返却。流れる動作で、カウンターに置かれてある“この世界のお金”の形状を確認。“それ”と似た作りのモノを“手持ち”から取り出し、
「それじゃっ!」
と有無を言わせぬ勢いで、飴菓子屋の主人なおっさんに押し付けるがごとく手渡す。
そして、“それ”に対するおっさんの反応は待たず。
我が視界の中心にたたずむおヒトのもとへ、駆けるがごとき早歩きで、向かう。