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転/第七十七話:(タイトル未定)

「……あっ」

 果たして、嬉しさが、うきうきと奇妙なほどに歩調を早めてくれちゃったのか。

 うっかり、到着してしまった。

 木造平屋建ての、“オレとキチさんの”勝負の場に。

 両の手腕をいっぱいに広げれば、建物の両端に指先が届くだろう、こぢんまりとした見てくれに、木製の引き戸がひとつ。“窓”的なモノは、道に面したこちら側にはない。

 ともすれば、隠れ家的なお食事処ないし居酒屋っぽいたたずまいである――ので、万が一の自分のうっかり“勘違い/間違い”を期待して、周囲に視線をやってみた。――が、二度見しても三度、四度、五度、六度見しても、“ここ”が教えられた場で違いないという証明にしかならなかった。

 というか、そもそも、壱さんと別行動を開始してから、“迷うほどの道”を歩んでいなかった。歩み来たほうを見やれば、往来するヒトの影の間から、先ほどの“つぼふり”の木造平屋が確認できる。移動したのは実際、“それくらい”の距離でしかない。

 でも、まあ、“それくらい”の間に“豊かな毛色”を見せられたわけだから、それを思うと、“この場所”の“ごみごみした感じ/情報の多さ”を改めて意識させられる。

「――って! そうじゃあないだろう、オレっ!」

 いましがた“この場所”から遠ざかろうと言うていたのに、どのような“お店/勝負の種類”があるのか見物しちゃったりしながら、挙げ句の果てには“当たり前のように認識できた嬉しさ”を懐いちゃってりして――結局、こうして、“はしり”の場までわりとまっすぐ来ちゃうなんてっ。我ながら、なんと流されやすい残念な口先弁慶だろう。

 ……でも、と“警鐘を鳴らす/反論する/擁護する”がごとく胸の内がざわつく。

 本気で“反対する自らの意”を述べて、「そうですか。わかりました。では、これまでということで」とつながりを断たれたらと思うと、“この世界で、真の独りぼっちになっちゃう可能性”を思うと――いや、これはよろしくないな。こんなこと考えるくらいなら、もっと“べつの方向”に心身を活用しなきゃね。うん。

「口先だけじゃなく行動でも、少しくらいは弁慶のようになろうとしなきゃ――」

「“ここ”でヤっていくのか、否か」

 背筋がぞわりと怖気だったと感じた次瞬、

「どちらだ」

 重量感ある音声が、背後から我が両肩をおさえつけるがごとく問うてきた。

 首だけ動かし、振り返って見やる。

 そこには、筋骨隆々、お肉盛々たる巨漢が仁王立ちをしていた。

「――ゃああああん」

 相手との距離が思いのほか近く、迫りくる壁のような圧迫感をヒシヒシと喰らった。肉体特有の“生々しさ/ムサ苦しさ”あるそれに、まさか可憐な乙女がごとく声を上げてしまった――というか、なんか出ちゃった。

「…………」

 壁がごとき巨漢は別段、“声”に対してリアクションしてはくれず。ただ黙して、こちらの返答を待つのみ。見下ろす刺すような眼差しが、「早く述べろ」と圧をかけてくる。

 返答の内容によっては、べつの意で刺しに来そうで……おおうふ、気が引ける。

 それに加えて、“まさか”な声を発してしまった気恥ずかしさもあり。どうにも、とてもとても居心地がよろしくない。

 そんなふうに、現状を意識したからだろうか。額と背に脂汗がじわりと滲んできた。

 いますぐ、ダッシュで戦略的撤退をしたい。

 ――が、戦略的退路は、肉体の壁でふさがれていた。脇を通り抜けるにしても、身体との距離が近いせいで、たぶん簡単に拘束の手が届いてしまうだろう。

 果たして、かの弁慶さんだったなら、こんなときどんなふうに行動するのだろう?

 やっぱり、腕っ節で道を切り開くのだろうか?

 ……うーん。ならなきゃ、近づかなきゃと思うておいて、けれどもこうして改めて意としてみると、じつはあまり弁慶という人物について存じていないことに気がついた。かろうじて存じているのは、“創作物語/マンガ/小説/アニメ/ゲーム/映画/ドラマ”で描かれてある、都合よくカッコイイその背中くらいだ。しかも、聞きかじった程度の、ふわっとした認識しかない。でも、まあ、だからこそ、憧れを懐いたりするのだけれどもね。

 ただ、オレが“ここ”で立ち往生しても――していても、憧れの弁慶さんがごとく“よい感じ”に語り継がれたりはしないだろうから、とっとと“どうするのか”決めて、行動しなければならない。

 脳内で弁慶さんについて考えている間にも、正面にそびえる巨漢の眼差しが鋭さを増して、いよいよべつの意で刺しにきそうな気配がビンビン感ぜられるし――

「はいー、ええっと、ちょっと“はしり”をやろうかと思っておりまして」

 押してダメなら引いてみるとか、ピンチに飛び込んでチャンスをつかみ取るとか、そんな能動的なモノではなく。結局、自然と出てきたのは、そもそもあった流れに身を任せただけの、そんな“我”の希薄な“答え”でしかなかった。

 弁慶さんのごとく“我”を張り通せるようになるには、“我”のある立ち往生をできるようになるのは、“選択”ではなく“決断”ができるようになるのは、まだまだ遠い。

「……はぁ」

 我ながら、じつに――

「なんともなぁ……」

「うん? なにか言ったか」

「いえ、なんでもないですー」

 取り繕う笑みを顔面に貼り付け、“せかせか/こせこせ”と勝負の場へ足を踏み入れる。

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