転/第七十二話:(タイトル未定)
島っぽい陸地の外周は、ほぼすべてが船着場であるらしく。木造の“それ”と、そこに停泊する数多くの小舟、乗り降りしたりする人影が、接近するにつれ、より見えてきた。
この小舟の目的地も、その“数多く”の例に漏れることはなく。煌々とある灯りに吸い寄せられるようにして素直に進み――
ほどなくして、船着場の一角へと船体を横付けした。
――そして。
ついに、上陸のときが訪れる。
我が脳内では、さっきから、親父に勧められてハマった映画“インディアナ・ジョーンズ”のテーマ曲が再生されちゃっていた。気分というか脳内設定で自分はもう、未開の地へ踏み込む冒険野郎である。
抑えられぬわくわく感に後押しされ、手を引かれ、
「――よっ」
ロマンを感ずる場所に一歩、上陸、
「あ……」
――して、思い出す。
正確には、上陸した我が一歩目を、眼前と言える至近距離で出迎えてくださった、どう考えてもオレの知ってる“日常”は送っていないだろうなぁと勘ぐって確信してしまう凶暴な面構えと雰囲気をお持ちのガタイのよいおっさんに、ああ、これはヤル気ですわぁ……と感じずにはいられない圧力ある鋭い眼光で上から下まで値踏みするがごとくギロリと見られ――己が前方にギロリ眼光、背後に船頭さんという、前にも後ろにも“あっち系/堅気じゃない系”のおっさんがおるという状況に陥ってやっと強制再起動した“生存本能/危機感知本能”によって、「ヤバイよ、ヤバイよぉ」と壮絶に肩を揺すられ、はたとロマンから覚め、思い出した。
この場所が、“どのようなこと”をおこなう場であるかを。
ここでおこなわれているのは、いま懐いている“わくわく感/ロマン”と似て非なる――と信じたい、けれども確かに“わくわく感/ロマン”をヒトに懐かせるモノである、と。
賭け事である、と。
「よっしっ!」
己を鼓舞するがごとく気合一発、口にしてから、
「壱さんっ!」
全力でそちらへ振り向き、名を呼んだ。
「ふぇ?」
立ち上がろうと腰を浮かし始めていたらしい壱さんは、
「は、はい」
ビックリしたふうな勢いで腰を座席に戻し、
「なんですか、刀さん」
眉尻のやや下がった驚きと戸惑いの色ある表情をして、応じてくれた。
「おっとと」
壱さんのお尻が座席に落ちたときの余波で、小舟が揺れた。まだ片足を小舟のほうに残していたオレは、振り落とされないようバランスを保ちつつ、
「帰りましょうっ!」
意図せずして拳を握ってしまうほどに力を注ぎ、言い放った。
それを耳にした壱さんは、驚いたふうであり笑ったふうでもあるかんじでピクンっと一瞬、眉を跳ね上げた。けれどもすぐに微笑みある平静とした表情になって、
「そうですね」
寛容な“イエスマン/追従者”がごとく軽やかにひとつ、うなずきを見せてくださる。
「帰りましょう」
それから壱さんはほっぺに手を添え、小首を傾げ、
「“プタ”を食べたお食事処に寄り道して、“揚げイモ”を買い足したいのですが――あ、そのまえに、お風呂屋さんに立ち寄るのもよいですね」
お買い得品を選定するご婦人がごとく悩ましげに、いかにして道草を食すか、その案を聞かせてくれ――たと思ったらば、
「まっ」
と、温情なき現実味あるあっさりさでバッサリと転じ、
「“当てて”から、ですけど、ねっ」
最終的に冷蔵庫の残りでどうにかすると決めた主婦のような、どうにも融通がきかないとわかるさっぱりさで、そう告げてきた。
「……………………っ、はい」
まあ、帰りますと申告しても、ここまで来てしまったらば素直に小舟を出してもらえるかわからないし――いや、わりとチャリンチャリン落としてからじゃないと、帰らせてもらえないんだろうなぁ、こういうところって、やっぱり。前方と背後のおっさんと、そこかしこに見え隠れするたぶん愉快な仲間たちが、その身にまとう空気感で言外に示していらっしゃるもの……。来るモノは拒まず、去るモノはもれなく有料である、と。