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転/第七十話:(タイトル未定)

 まさか、カメじゃないの?


 ホイと“気軽/無作為”に差し出された“それ”を知り、ますますとっ散らかった我が脳内事情なんぞおかまいなしに、状況が転じた。

 正面にあった壁が、くり抜けるようにせり上がり始めたのだ。仕掛けが動作している影響か、水面が細かく震えている。

 せり上がる速度はじつに緩慢で、上がり終わるまでに短編小説を読み終え、なおかつショートアニメを楽しむ余裕すらあるように思えた。

 ――が、我が脳ミソの情報処理速度は、それよりさらに遅くなってしまっていた。度重なる“なんぞこりゃあ/どういうこっちゃ”な事態が高負荷となり、本当にまったく“処理/整理/理解”が追いつかないのだ。まさしく、お手上げ状態である。正直なところ、「もういいやぁー」と脳内の“おかたづけ”を放り出したい気分だ。けれども、それだと、これから起こるかもしれない“なんぞこりゃあ/どういうこっちゃ”に、許容量的な意で耐えられそうにないので、どうにかこうにかして、たとえ正しく“理解/解釈/整理”できずとも、“いま”を受け入れ――らよう、尽力しよう。

「オッ! うぇっ」

 突然、のどちんが直接、ぶん殴られた。スプレー式のど薬をさしたときのそれと似ていたが、いまのには突き刺すような鋭さがあった。我が身に与える効能も、炎症を抑えたり殺菌したりという実用的なモノではなく、「おうぇっ」とゲロってしまいそうになるだけという迷惑極まりないモノでありやがる。

 なにかと思えば、思わなくとも、原因は我が掌の上に鎮座ましましている――カメの姿をしたカメにしか見えないけれども、壱さんいわく“キチさん”という存在以外のなにものでもないという、やたらと口から水を噴いてぶっかけてきおる“そいつ”だった。

 例によって今回も、執拗な“ぶっかけ”をかましてきやがったのだ。

 しかも、脳内の“おかたづけ”に注力していたがためか、意図せずして半分ほど開いてしまっていた我が口の、その奥にぶら下がるデリケートポイントを狙って。

 このうっ、という悪態が、胃袋の中身と連動してこみ上げてきた。

 その反動か、あるいは弾みか、単に興が削がれたのか、脳内の諸々からふと気がそれた。

 なんとなしに、正面にある壁の現状へと意が向く。

「……おおう」

 どうやらオレは、贅沢にも時を浪費していたようだ。例えば、短編小説を読み終え、ショートアニメを楽しみ終えるに相当する時を。

 正面から、緩慢な動きを見せるモノはなくなっていた。

 いま“そこ”にあるのは“動”ではなく、“静”だった。

 あまり広いとはかんぜられない洞窟が、口を開けて沈黙していた。

 洞窟の壁面には等間隔で希薄に灯るランプが吊るされてあり、地べたの代わりに満ちてある水面が、それらを反射して淡く煌めいている。そしてそれは夏の虫が見入るかがり火がごとく、こちらを誘うように洞窟の最奥、視認できない向こう側まで続いてある。

「おっと」

 後方へ引っ張られるような感覚に身構えたらば今度は、洞窟の口が迫ってきた。

 転瞬、冷静になって思えば、背後にいる船頭さんが小舟を発進させたのだと気づく。

 どうやら、これからこの洞窟を進むことになるようだ。

 ゴクリと、のどが鳴る音がした。やや遅れて、自分が生唾をのみ込んだのだと知る。

 思い出したように、不安感と焦燥感が心の臓の周囲でワサワサざわめきだした。“顔面事情と身にまとう空気感が全力でお近づきになりたくない系”の方々がたむろしていた船着場から出発した、きっと“そっち系”の方々の巣窟であろう賭場へと向かうこの小舟の上にあって、閉鎖的な“たぶん地下”という後戻りが容易でない状況に置かれたらば、オレでなくとも不安感や焦燥感に駆られるんじゃなかろうか。

 しかし、“そう”なるのは自分だけなのかもしれないと疑心を懐かされる現実が、おもに我がお隣に座っていらっしゃった。

 ははぁん、これはお土産じゃないな――と確信させる勢いで、これまた美味しそうにパクパクもぐもぐと味わっているのだ。お土産だと思うていた、“揚げイモ”を。我がお隣に座っている、壱さんというおヒトが。

 もうここまでずっと通常営業でいてくれるものだから――まあ、そのおかげで安心を覚えたりもするのだけれども同時に、やはり自分が過敏過剰なのではなかろうかとも思えてきてしまうわけで……。

「はぁ……」

 オーバーヒート気味な脳ミソを冷ますための排気がごとく、溜め息が漏れ――

「……ごぼっおうぇっ」

 息が漏れたところから入れ代わるようにして、“それ”が鋭く侵入してきた。またも我がのどちんが直接、猛威に襲われる。

 今度はお隣を疑うことなく、知れた。狙ったようなタイミングで、キチさんがままままままままままたもや水を噴いてきおったのだ。

 抗議の視線を、己が掌の上へ向ける。

 キチさんはそれに応じるがごとく、あるいは「ふんっ!」と胸を張って一蹴するがごとく、ぬぬぅと首を伸ばして、じとりとした半眼をこちらに向けてきた。

 なんだか、したり顔を向けられているようにも思えてきた。

 このうっ、という悪態が、再び胃袋の中身と連動してこみ上げてくる。

「――っ!」

 ついに、それらはのど元まで迫ってきおり、

「んっ……」

 けれども最後の一線を超えたのは、言葉ではなく。どうにかこうにか堪えた結果の、のどをイガイガさせる程度の、小ゲロであった……。

「……あの壱さん」

「もぐ?」

「お水を少々、飲ませていただきたいのですが」

 とりあえず、地味に不快なイガイガを解消させたかった。

「もぐもぐ、も」

 壱さんは食べかけの“揚げイモ”を口にくわえ、なんと迷いもなくお着物の裾をはらりとめくり、脚のあたりの裏地にある収納部分から竹筒っぽい木製の水筒を取り出し、

「ふぁい」

 水筒の口の栓を取って、すぐに飲めるようにしてくれてから、

「ろうぞ」

 と、それを差し出し、当たり前のように水を恵んでくれた。

「ありがとうございます、壱さん」

 受け取った水筒に口をつけ、ほぼ常温なお水でのどをすっきりさせる。

 ふと、周囲の状況もあいまって、井戸に落ちたときのことを思い出したりした。

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