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転/第六十八話:(タイトル未定)

 カジノしかり。合法的な賭け事の場は存在しているし、それを楽しむヒトがいるのもわかる。しかし、こう、どうにも個人的に、こういう部類のモノには、形容し難い抵抗感を懐いてしまう。

 だから、というわけではないが。

 現在進行形で向かっている場所には正直、足を踏み入れたくない。

 ここは一発、壮絶にゲロを吐き、それを口実にこの小舟から降りられないものかしら。

 いや、けれども、それだと、先ほどのように壱さんのお気をわずらわせてしまうか。

 うーむ……。

 そんなふうに、べつの方向へ波風を発ててこの小舟から降りる方法を模索していたらば、

「……あれ?」

 周囲から、城下町の活気ある喧騒が感ぜられなくなっていた。

 顔を上げ、辺りを見やる。

 路地裏の水路版とでも言おうか。

 壱さんとオレが並んで座ってやや窮屈な横幅のこの小舟であっても、同型の小舟とギリギリすれ違えないであろう、細くて狭い水路。身を乗り出せば手が届きそうな距離に、立ち上がったときの目線よりも背の高い石積みの壁が連なってある。壁の向こう側の様子は一切、うかがえない。

 そんな閉塞感ある場所を、いつの間にやらこの小舟は静かに密やかに進んでいた。

 着実に人気のないところへ誘われてるぅ!

 活気と喧騒ある城下町のそれとまるで異なる空気感と、手遅れ感が濃厚に溢るるいまここにある現実を認識し――焦燥感が、心拍数を急上昇させる。

 これはもう、壮絶にゲロを吐いている場合じゃあない。

 単刀直入に、賭場へ行くのやめましょうと訴えよう。

「あの、壱さん」

 いちおう背後の船頭さんを意識し、ズイと身を寄せてコソコソと小声で述べる。

「あらっ、起きられたのですね。刀さん」

 壱さんはピクリと一瞬、肩を震わせてから、柔らかい微笑みと音声でそう応じてくれた。

「こうなったら単刀直入に――うん? おきられ……? べつに寝てませんけど、オレ」

「んん、そうなのですか? 話しかけてもお静かなままだったので、私はてっきり、お寝んねしちゃったのかと思っていました」

「すみません。考え事をしていたもので」

「べつに謝るようなことじゃあないですよ」

 壱さんは微笑みある柔らかな表情のまま言い、

「それで――」

 と、可愛らしく小首を傾げて、

「“こうなったら単刀直入に”――なんなのでしょう?」

 道をゆずるように、こちらの話の先をうながしてくださる。

「オレの肉欲がこんな急激に高まるわけがない! すべては隣にいる魅力的が過ぎるお前のせいだ! 責任を取ってアレやコレや云々、ちょうど人気のない小舟の上だから云々――とかですかね? 刀さん?」

「おおう……壱さん、あなたは唐突に、なにをおっしゃっているのでございますかねっ?」

 ビックリして指摘すると、壱さんは「くへへ」と愛嬌あるイタズラ小僧のように笑い、

「刀さんが寝ていなかったと知ったら、ついついからかいたくなってしまいまして」

 悪びれたふうは一切なく言い、

「ごめんなさい」

 最後には「てへっ」と舌先をのぞかせおる。

 ちくしょう……まったくもって憎めない、じつにずるっこい魅力的なお顔をしおるわ。

 それから壱さんは、「コホンッ」とわざとらしい咳払いをひとつして、

「改めまして。それで本当は、なんと述べようとされていたのですか?」

 いまさっきと似たふうに、こちらの話の先をうかがってきた。

「…………」

 このあとに“なにか”が続くのではという疑心暗鬼から、数拍の間を置いたらば、

「……刀さん?」

 眉を角度の浅いハの字にした壱さんが訝るように、こちらの名前を呼んできた。

「え、あ、はい。単刀直入に述べさせていただきまして――」

 転と急に、身体が前方に投げ出されるような感覚に襲われた。なにぞっと思い、隣のおヒトから周囲に意識を向ける。

「――行き止まりにはまりました。小舟が」

 会話が一時停滞しても静々と進み続けていた小舟は、いわゆる袋小路に入り込んでしまっていた。前方左右には壁があり、けれども階段などは設置されておらず。壁の上から縄ハシゴとかが降ろされてくる気配もない。ともすれば目的地の船着場に到着しちゃったのかと思ったが、そうでもないようだ。

 まさか道を間違えたのだろうか、と背後で舵を取っていた船頭さんに意を向ける。まあ、ウソ偽りなく述べると、むしろ間違えてもらったほうが好都合なのだけれども。

 船頭さんは、右側にある壁へと手を伸ばしているところだった。

 壁に手をつき、道を間違えたことを悔いる――というわけではなく。どうやら、壁に隠すがごとく設置されてあるレバー的なモノをつかもうとしているようだ。

 なんだろう、やはりここは船着場で、あのレバー的なモノを操作すると階段とかが出現するのだろうか?

 船頭さんがレバー的なモノをつかみ、引き下げた。

 次瞬、滑車が回るようなカラカラという音が聞こえた。次いで、若干の振動があり、水面が細かく震えた。“なにか”が動作する重みある音が、耳に入ってくる。

 なんぞ、なんぞ、と戸惑っていたらば、ひとつの答えが無愛想に姿を現した。

 鉄板の壁が、後方の水面からせり上がってきたのだ。

 横幅は水路を完全にふさぎ、高さも周りの壁と揃うところまでせり上がった。

 これだと、この小舟は“ここ/袋小路”から抜け出せない。

「えっ? え、ど、どゆことですかっ」

 人気のないところへ誘われたと思ったら、逃げ道までふさがれてしまった。

 よろしくない状況に、冗談じゃなく焦りを覚える。

「どういうこと、とは?」

 こちらとは対照的に、いたって平素に壱さんは言うた。

 そんな壱さんの物腰に、「あれ?」と時空の隔たりっぽいモノを錯覚してしまった。それほどに壱さんは落ち着いており、こちらは焦っている――のだろう。

 その証拠に、“この焦り”を“共有/共感”できないことに、思わず理不尽極まりないイライラを懐いてしまった。

「ですから――」

 なにがどうしてどうなったのかを説明した。

 それを耳にして壱さんは、

「ああ、なるほど」

 けれども驚くそぶりなく、

「大丈夫ですよ、刀さん」

 しれっとおっしゃる。

「予定通りです」

「…………は?」

 閉じ込められることが予定の内とは、ますます、どゆこと、である。

 そしてさらに、追い打ちをかけるがごとく。どゆこと、と言いたくなることが、現在進行形で起きていることに気がついてしまった。

 前後左右にある壁は、どうやら成長期にあるらしい、と。

 背が高くなっているのだ。

 もちろん最初は、ただの勘違いだと思った。しかしそれを優しく指摘して訂正するがごとく、真上に見える壁に縁取られた空が、ゆっくりと静かに遠くなってゆく。

 なぜだか、妙に既視感を覚えた。“真上に見る、なにぞで縁取られた空”という光景に。

 こんな特殊な状況になったことなんて我が人生において――そういえばあった。

 井戸に落ちてしまったときのそれと、似ているのか。ついつい、直上かお隣へと視線を逃してしまう。まあ、あのときはもっと狭かったし、空の縁取りももっと限定的だったけれども。ただ、偶然奇遇摩訶不思議なことに、壱さんとの“座り位置/距離感”は、いまもあのときもさしてかわっていなかった。

「……予定だと、次はなにが待っているんですかね。周囲の壁の背が伸びて、どんどん高くなっているんですけど」

 現状に対して理解が追いつかず――それどころか、周回遅れであるうえに、もはや息が切れてしまい、追いかける気力も虫の息である。たぶんいま我が口元には、諦めたヒトの半笑いが貼り付いているだろう。

「さぁ、なにが待っているのでしょうね」

「ええっ、知らないんですかっ。知っているふうに聞こえたんですけど」

「“ここまで”の流れは、教えていただいていましたよ。宿屋さんで、お食事処の所在とあわせて、賭場に関してもうかがいましたからね。でも、“ここまで”です」

「なにゆえ、“ここまで”限定なんですかっ?」

「“ここまで”来たら、もう道に迷いようがないらしいです。居眠りしていても目的地に着ける、とのことでした」

「おおうふ……」

 それはつまるところ、引き返せないところまで来てもうたという……。

「あと、壁の背の高さは変わっていないはずですよ」

「え、でも……」

 見上げたそこにある空は、ゆっくりと確実に遠く小さくなっている。

「たぶん、教えていただいたお話にあった、“仕掛け”が動いているのだと思います」

「“仕掛け”、ですか?」

「そうです。その“仕掛け”によって、“私たちが”下へ向かっている――のでしょうね。“壁が”伸びて高くなっているのではなく」

「う、うん?」

「聞こえませんか? 水の音」

 壱さんは自らの片方の耳たぶをちょんとつまみ、ちょいちょいと軽く引っ張る。

 小舟に乗っている今現在である。水の上に浮いているのだから、そりゃあ聞こえ――

「んん? これは……」

 言われて改めて意識して初めて、聞こえる音の中に違和感っぽいモノを感じた。

 水面には小さく波が立っており、それが周囲の壁や小舟に当たった音が聞こえる。小舟の上なのだから聞こえて当たり前だと思ったが、その“当たり前”の中に潜むがごとく、雰囲気の異なる音がある――ような気がする。

 なんだろう。湯船に浸かったまま、湯船の栓を抜いてしまったときの“それ”に似ているとでも言おうか。水面の下の奥のほうから、勢いある水の流れる音が聞こえてくるように感じるのだ。

「風呂のお湯を抜いているときのような、そんなふうな音が聞こえる――気がします」

「おお、さすがは刀さん」

 ご明察、と言って、壱さんはお持ち帰り用の紙袋を腕で抱き込むようにして両の手を空け、称賛するがごとく小さく手を叩いてくれた。ただ残念なことに、パチパチと聞こえてくるハズの音は、周囲の水などの音にうもれてしまい、ちゃんと我が耳まで届かなかった。

「“これ/この仕掛け”は、いまのように“限られた場の中”の水量を増減させて、高低差のある場所から場所へ“水上の乗り物”と“積載したモノ”を移動させる昇降装置――らしいですよ。と言う私も、教えていただいた範囲内のことしか、わかっていないのですけれどね。実際に“体験/経験”するのは、今回が初めてなので」

 なんでも、“ここ/中央首都”では物資の運搬に水上交通をおおいに活用しているらしく。この水の増減を利用したエレベーター的な装置は、円滑な水上運搬の妨げになる急な高低差を克服するために、わりと長いという水上運搬の歴史の中で発明された、歴史ある仕掛け、装置、であるようだ。

 我が育ちし世界のどこぞの運河でも、これと似たような、というかまったく同じだったかな? こういう仕掛け、装置を活用している、という話を、テレビだか社会の授業だかで見たような聞いたような気がしないこともなくもない。

 ――が、いまは、それはどうでもいい。

「……壱さん」

「はい? なんですか、刀さん」

「賭場へ行くのをやめて、とりあえず“プタ”を食べたお食事処まで戻りたいのですが」

 遅すぎた提案を、けれども万が一の可能性に賭けて申し上げてみる。もちろん、背後の存在を意識して、身を寄せてのヒソヒソ声で。

「うーぬ……」

 壱さんは眉をハの字にして数拍、考えるふうな間を置き、

「……うんっ」

 けれども、転とさっぱりした表情になって、

「難しいですね。“ここまで”来てしまったら」

 キッパリとおっしゃった。

「ですよねー」

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