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起/第七話:厄介事と手掛かりはウサ耳と共に現る

 不意に目が覚める。

 ハッキリ言えば、望まぬ目覚めだ。

 だから、

「あと五分……」

 なぜに五分なのか――とか、そういう疑問も無くはないが、お決まりのセリフと共に、二度目の睡眠にはいろうと思う。

 望まぬ目覚めであったが、しかしこの二度目の睡眠にはいる瞬間に、言われもない至福を感じるのは、なぜだろうか。

「はい、終ぅー了ぉーです。とっとと、起きてください」

 ああ、わかってない。わかってないなぁー。この至福をわかれないとは、人生九割損してるよ?

「そんことで損した憶えはないですよ」

「おふくろさんよぉ〜、おふくろさん」

「なんですか?」

「そんなんだからぁ〜、目尻にシワがぁ〜――ごっふぉっ!」

 クソお袋めっ! 寝ていて無防備な青少年の下腹部に、カカトをぶち込むとは!

「刀さん、私をお母さんだと思うなんて。じつは母親大好き人間マザコンさんですか? でも、まぁお母さんにはなってあげられませんけど、頭をなでなでしてあげます」

 下腹部に鈍痛を感じつつ、なにぞ頭をなでなでされている触感に、不可思議を覚え、薄く目を開く……

「……誰?」

 そこに居たのは、毎朝オレを文字通りたたき起こすお袋の姿ではなく、肩口でテキトウに黒髪をぶった切った、まだ若いっぽい女だった。

「そしてオレは母親大好き人間マザコンじゃない」

 右手はオレの頭をなでなでするように動いているが、その眼差しはコチラではなく明後日の方向を見ている。

 ギリリッ!

 と、下腹部にさらなる――メリコムような痛みを感じたので、反射的に首をもちあげそちらを見やる。

 頭をなでなでしてくる黒髪をテキトウにぶった切ったこの女のヒザが、イイ具合にオレの下腹部に刺さっていた。

 なにこれは、どんなアメとムチ(SMプレイ)ですか。

「ヒドイですよ、刀さんっ。私のイヤンんなトコロや、****っなところとか、もう舐めまわすように、無理矢理ワタシを知りつくしたくせにっ!」

 にっ! の小っさい『つ』のあたりで、恐喝するようにヒザがメキョリと食い込む。

「ウッ! ヌグゥッ!」

 ――なんの話をしているの、ねえっ! 壱さん!

「ていうかなにさ、舐めまわすように無理矢理知り尽くしたって! 知りませにょそんなこと。免罪ですよ」

 という我が訴えを聞いた壱さんは、

「ほんとうに? 本当に私のことも、昨日のパッション溢るる夜のことも、憶えていないと?」

 なんか、いまにも泣きそうに表情を歪める。

「なんですか、パッション溢るるって。オレがご飯食べてる途中に壱さんがランプの灯り消しちゃって、オレがもう一回ランプに火を灯そうとしたのを、壱さんが暴力的に阻止してきて――て、そうですよ、オレ、壱さんにヘッドロックかけられた辺りから記憶が無いんだすよ。ねえ、冗談でも人のこと落とさないでくださいよ。ていうかオレ、ヘッドロックされたあげく落とされるようなことしてませんよ? パッション溢るるどころか、口から泡と一緒に魂が溢るるところでしたよっ」

 改めて思えば、視覚に頼っていない壱さんにとって、ランプの灯りはあってないようなもので、寝る前に灯りを消す必要があったのか疑問であり、彼女が初めから何がしかオレに仕掛けるつもりであったと、予想しておくべきだった。

 後悔先に立たず。

 思ったところで、後の祭りであるが。

「あら、ちゃんと私のこと憶えてるじゃないですか。もぉ、オチャメさんなことしないでくださいよっ」

 いやだもぉと、乙女チックなしぐさでツンと我が肩を、指で突いてくる壱さんであるが、「もぉ」のあたりでしっかりとオレの下腹部にそのヒザは全体重ごと襲い掛かってきて、なおかつツンと乙女チックに突いてきた指は、文字通り突いてきており、肩の間接を外さんばかりに見事、食い込んでいる。ざ・地獄突き。

「オチャメもなにも、寝惚けてただけじゃないですか……はぁ。そもそも寝起きからそんな拷問じみた痛みを与えられたら、誰でも嫌でも思い出す、というか知ってるふりとかしますよ」

「またまたぁー」

 と壱さんは微笑み、えぐりこむように色々とグリグリっ!

「痛い痛い痛い、イ・タ・イっ!」

 我が心からの叫びを綺麗にスルーして、

「ささ、そんなことより、目覚めたなら、朝ごはん食べに行きましょうよ。もう、お腹ペコペコで、背中とくっついてしまいそうです」

 駄々っ子のように胸ぐらを掴んで、ガックンガックン揺さぶってくる。

「わ、わかりました、から、いい加減、指でグリグリ突くの止めて、ヒザをどけてくださいよ」


 そんなこんなで、よくわからない現状の二日目は、暴力的に始まった。


 脇にどいた壱さんは、どこぞのヴィーナスのように薄布一枚を胸の前で押さえているだけという、なに考えてんだろうというお姿で、

「よくそんな恥ずかしい恰好していてお腹壊しませんね」

 オレだったら寝冷えしてお腹壊して、半日は便所から出られなくなるわ。

 ああ、恐ろしや。

「だって、服を着ようにも、刀さんが着替えをどこに置いたのかわからないんですもん」

 ぷっとほっぺを膨らませて抗議してくる壱さん。

「ああ、確かにそうですね……。でも、“はんきょうていい”とかいう、あのスゴ技で探せば見つけられたんじゃないですか?」

「そんな面倒なことするくらいなら、刀さんを起こしたほうが早いです」

 はあ、そういうもんですか。

 そんなこんなで、ヴィーナス気取りなポージングの壱さんはそのままに、昨日吊るしておいた壱さん本来の着衣たる民族衣装っぽい服に触れてみる。

「あ、まだ乾いてないです」

 まあなんとなぁく予想していたが、室内干しでは余程空気が乾燥してない限り、そうそう衣類は乾かない。

「えーどうして湿ってるんですかぁ」

 壱さんは不満そうに唇を尖らすが、

「どうしてって、昨日風呂場で服洗えって言ったの壱さんでしょうよ」

 物忘れ激しいにも程がある。

「ええーじゃあ、こんな露出“強”なイデタチで私に町へ出ろと? 野獣な男性陣の眼の肥やしになれと? 刀さんはそれでいいんですか?」

 知りませよそんなこと。

 ていうか、寝る前に露出“強”なイデタチになったのはご自分でしょう。

 しかしまあ、いちおう、

「宿屋さんのご厚意による服があるじゃないですか。それを着ればいいでしょう」

 アナタは宿屋さんの恩をアダで返すような言動してましたけどね。


 例の如く、壱さんに宿屋さんより頂いた使い古しの店員服を着せていると――

 トントンッ、と扉をノックする音が控えめに鳴った。

「開いてますよから、どうぞ」

 壱さんがノックの音に応える。

 が、ちょっと待ってよ壱さん!

 肌色多めなアナタに、オレが服を着せている――なんて、こんな場面を見られたら、いらぬ誤解されそうじゃなですか!

 て、思うのは一瞬だけれど、口に出すまでには時が足りず、

「し、しつれいしますぅ……っ!」

 ノック音の主が入室するのを防ぐことはできず、

「し、しつれいしましたぁ……」

 ドン引きされて退室されてしまうのは、なんかもうしかたない事だったと諦めるしかない。

 思いっきり真ん丸くした目と目があったなぁとか、表情が引きつってたなぁとか、どうしてか冷静に思考している自分が居た。

「待った! 待って、ドン引いたまま行かないでっ!」

 頭の中にあるどこか冷静な部分を押し切って、焦ったオレが、退室した影を呼び止める。

 閉まりかけた扉が止まり、

「い、いえ。おとりこみちゅうをジャマするつもりは。で、でもなるべく早くしていただけると」

 なにを要らん気を使っているのさ、訪ね人よ。

「なにもお取り込んでないですからっ。服を着せているだけですから。このお人が服を一人で着られないだけですから」

 超が付く早ワザで壱さんに安宿服を着せ、まだ閉まりきっていない扉を開き、誤解を解くために訪ね人へ語ろうと、

「……あれ?」

 するが、オレの目線には人影はなく……?

 と思ったら、

「あ、あの」

 下の方から声がした。

 音源の方へ視線をやると、そこには長い棒のようなモノを大事そうに抱く、怯えたウサギのような人物が、クリっとした眼を潤ませて、そこに居た。

「お姉ちゃんを、お姉ちゃんをたすけてくださいっ!」

 うさぎチックな人物は、懇願するように声を振り絞る。

 が、左右で縛ったツインテイルな黒髪がウサギの垂れ耳を連想させ、その身から発する雰囲気もどことなくウサギ風な来訪者の言うことが、

「お姉ちゃんを助ける……? って、どういう?」

 オレにはイマイチ飲み込めなかった。

 突然現れ、「助けて」と言われても正直、困る。オレはどこぞのスーパーヒーローじゃない。自分の身に起こっていることに対処するだけでイッパイイッパイというか、処理能力の限界を突破してどうでもイイ感じになってしまっているくらいだ。

「立ち話もなんですから、こっちへいらっしゃいな」

 いつの間にかベッドに腰掛けていた壱さんが、ポンポンと自分の隣へ座るようにうながす。

 ウサギ風な来訪者は、それに誘われるように長い棒のようなモノを大事そうに抱きながら、どこかビクつきつつ入室し、壱さんの隣へ腰掛けた。身長が足りないせいか、ウサギ風な人物はベッドに腰掛けると足が爪先立ちのようになる。

 雰囲気でウサギ風人物が座ったのを感知した壱さんは、

「それで――」

 とウサギ風な人物に訊ねた。

 誰ですか? と。

 なんでも、昨日のお食事処のポニーテイルな娘さんが、このウサギ風な人物のお姉さんらしく――

 と言うのを聞くや、

「あらちょうどいい、いまから朝ごはん食べに行くところだったんですよ。お話の続きは、朝ごはんを食べながらにしましょう」

 壱さんは話を強制終了させて、

「さあ行きましょう」

 とってもイイ笑顔で言うのだった。

 ちょいと狼狽気味なウサギの垂れ耳風ツインテイル人物であるが、しょうがないと諦める事をオススメしよう。

 なんでか?

 どうしてか?

 それはね、


 ――頼った人物が、スーパーヒーローじゃなく、ただの腹ペコ星人だからさ。


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