転/第六十五話:(タイトル未定)
我が意が“ある威勢”にかきけされてから……、どうれくらいだろう?
そこそこの距離を歩いたようには思う。
……まあ、見上げた空にある日の位置は、さして変わっていないのだけれども。
ヒトを避け、モノを避け、美味しい匂いにふらふら惑う壱さんを、「食べ物なら、いま大事に抱えているでしょう。ごっそり。――というか、さっきから、ちょいちょいつまみ喰いしているでしょう。“まっさかー、そんなことするわけないじゃあないですか”って顔して首を横に振っても、口のまわりは油でテッカテカしてますよ」と説得しつつ来たから、そんな気がしてしまうのだろうか。
「とりあえず、ご指示通り“かわ/運河”まで来ましたよ。壱さん」
自然の河川ではなく、石壁で縁取られてある人工の水路。物資を積載した船たちが絶妙な舵さばきですれ違い、行き交う。
水量を管理していて増水氾濫の心配がないのか、陸地と水面との高低差がほとんどない。かがんで手を伸ばせば水面に触れられる程度だ。
ちなみに、陸地と運河との堺には一切、安全柵とか安全ロープといった境界を示すモノがなく。あえて境界を示すモノがあるとするなら、町との間の道に等間隔で植えられてある樹木たちだろうか。
うっかりすると、冗談抜きでそのままドボンしそうで怖い。
「お、そうですか。では、次――へ行くまえに、呼んでおきましょうかね」
壱さんはそう言うと、いままで大事に抱えていたお持ち帰り用の紙袋を、「少しの間、もっていていただけますか」とあずけてきなすった。
「はい」
受け取る。おおう、だいぶ軽くなったなぁ。
「…………呼ぶ?」
「ふふっ」
壱さんは言葉ではなく、意味深長っぽい微笑みを返してきなさった。
それから耳をすませる間を一拍、置いて、一歩を踏み出す。
杖で足元を確かめつつ、運河のほうへ迷いない足取りで進む。
「ん、んん?」
壱さんが、なにをどうしようとしているのよくかわからず。首をひねりつつ、答えを知り逃さぬようすぐ隣を付いてゆく。