転/第六十四話:(タイトル未定)
当たり前だが、この道中にはお金がかかっている。
これまで立ち寄った村や町での、宿代、食事代、風呂代、その他諸々――それらすべてを壱さんが負担してくれていた。そうでなければ、一文どころか“なにも持っていない”オレなぞ、こうして“人間らしく”過ごせていないだろう。
ちなみに、ツミさんは同行に際して、自分たちの必要分は自ら負担すると当然、述べたが、壱さんはそれを聞き入れなかった。道中において“お食事処の料理人/プロ”に食事の調理などをおこなってもらう、その代金として他は自らが負担すると言い、頑として譲らなかったのだ。
果たしてオレは、壱さんがしてくれている負担に似合うだけのことができているか。
できていない。
まったく。
リアカーを引くなどの雑用程度じゃあ、まったく似合わない。
わかってはいる。
でも、これといって他にできることが思いつけない。ツミさんのようになにか専門的な技能を有していたら、あるいは違っていたのかもしれないが。
――という諸々を頭の片隅に置きっぱなしにして過ごしてきたなか発生したのが、今回の「ふっへっへっ、一攫千金ですよ。一攫千金」だった。
つまるところ。
お財布――“路銀/旅の資金”の底が知れてきたから調達しに行く、というお話。
最初それを聞いてオレは、やっとまともな“それっぽいこと”ができると思った。
それゆえか、次に“どうするか/どうしたいか”についてはすぐに考えが浮かんだ。
じつは、“ここ/中央首都”へ訪れた際、宿屋までの道中、石畳を整備している場面に遭遇しており、そこで見聞きしたことが頭の隅に残っていたのだ。作業している方々が汗を流しつつ口々に愚痴っていた、“人員不足”という言葉が。
だから、思考が甘めであるとは自覚しつつも、どうにかこうにか“そこ”でオレを使ってもらおうと考え至ったわけである。
壱さんは以前、訪れた場所の宿屋などで、そこの宿泊客らを相手に“マッサージ師”的なことをおこない、“路銀/旅の資金”を調達することがあると言っていた。なので今回も、そうなのだろうと思う。
だから壱さんがお勤めをなさっている間、オレはべつの場所で――
「ダメです」
我が意を耳にして、壱さんは申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、
「あえて好きくない言葉で述べますが、許可しません」
強めの言葉と語気で、そう返してきた。
「……えっと、……法律とか、地域固有の決まりとか、そういうの的にオレが“なにか”するのは難しいってことですか?」
「地域固有の決まり――地域固有の礼儀作法に関して、刀さんにやや不安を覚えるのは事実ですが、許可できない理由はそこではありません」
「じゃあ、やっぱり法律ですか」
「それも違います」
「えっ? 違うんですか?」
「はい」
「それだと……なにがよろしくないんでしょう?」
オレの思考が甘めという以外に。
「そうですね……」
壱さんは逡巡するような間を置いてから、ぐいと我が腕を引っ張り、身を寄せ、
「私が、刀さんと離れたくないからですよう」
そんな吐息まじりのささやきで、我が耳をくすぐってきおった。
「おおうふぅぅ」
完全な不意打ちに背筋がぞわりと歓喜し、へにゃりと力が抜けた。
すぐに我がちんまい反骨心が身体に力を戻そうと試みたが、力がこめられず。危ないところを、壱さんに支えてもらうありさまである。
顔が熱くなっていく――それがわかってしまい、妙に恥ずい。
「それにですね」
こちらの事情というか状況なぞおかまいなしに、壱さんはおっしゃる。
「いま泊まっている宿屋さんでは、いつものように“路銀/旅の資金”を調達できないのですよ。“決まり”は守らないとダメですからね、いちおう」
「……“決まり”?」
「はい、“匂い”がありましたから――」
壱さんいわく。いま泊まっている宿屋さんは、マッサージ的なことをおこなうヒトを専属で雇っているらしい。
お店のヒトに訊いて確かめたのかと思ったが、そうではないようで。なんでも、店内にただよってあったほのかなお香の匂いが、“専属あり”の静かな合図なのだとか。
「ほとんどの国や地域の宿屋さんで通じる“決まり”ですから、今度、宿屋さんに泊まった際、意識してみるとよいですよ」
そして、その“匂い”がある場所において、流浪の者は商売をしないという“暗黙の決まり”があるとのこと。
「持ちつ持たれつで成り立っていますからね。その辺りは、わきまえないといけません」
「なるほど」
壱さんが“いつものように”できない理由は、よくわかった。
「でしたら、あのー」
なおのこと、オレが石畳の整備に汗を流しに行くべきだと思うわけです。離れたくないと喜ばしいことを言うてくれた壱さんには、その間、近場でお茶やらお食事を楽しんでいていただ――
「では、行きましょう」
壱さんはお持ち帰り用の紙袋を大事そうに抱えて席から起立し、
「いざ、一攫千金へっ!」
鬨の声を上げるがごとき威勢で、おっしゃるのだった。