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転/第六十三話:(タイトル未定)

 壱さんがあと二口、三口で追加注文した“揚げイモ”を食べ終わるというタイミングで、調理場のほうから声がかかった。

 意を向けるに、どうやら持ち帰り用の“揚げイモ”ができたようだ。

 先ほど同様、席を立ち、カウンターまで受け取りに行く。

 持ち帰り用の“揚げイモ”は、三枚重ねにした紙袋にごっそりといれられてあった。二枚目までは油が染みてしまっていたが、三枚目はいまのところ無事。なんとも地味に嬉しい、店主のおっさんの心遣いである。

「ごちそうさまでした」

 調理場にある店主なおっさんの背にそう声をかけると、

「まいど」

 ぶっきらぼうな声と一緒に、片手におさまる小さめの紙袋が差し出された。

「……これは?」

「“揚げイモ”にあうお茶でな。“それ/持ち帰り用”を食べるときにでも、飲んでくれ」

「いいんですか?」

「ああ、気持ちの好い喰いっぷりを見せてくれた礼だ」

「ははは、オレも壱さん――彼女を見てて同じこと思いました」

 差し出された“気持ち/おまけ”を受け取り、

「これ、ありがとうございます」

 お礼を述べてから、席に戻る。

 そして受け取ったモノを一時的にテーブルの上に置いたとき、壱さんが最後の“揚げイモ”を口に放り込んだ。

 ちょうど空になった大皿をカウンターに返してから、席に座る。

 茶葉を“気持ち/おまけ”としていただいたこと告げると、

「もぐ?」

 壱さんは嬉しそうな驚きの表情を浮かべた。急くように咀嚼し、口内の“揚げイモ”を「ごくり」とのみ込む。そうして言葉の通り道を確保してから、

「美味しかったですっ! ごちそうさまっ!」

 耳に突き刺さる大音量で、気持ちを発した。

「おう」

 店主なおっさんは、変わらずぶっきらぼうに応じてくれた。

 壱さんは食後のお茶を一口、味わい、

「――それで、刀さん。これからの予定なのですが」

 そう、口を開いた。

「はい」

 転じて緊張を覚えつつ、応じた。

 なぜにって、“これから”が、オレがこの中央首都へ足を運んだ本命だからである。

 ツミさんとバツのお家の家宝な、調理包丁。この日本刀がごとき見てくれの調理包丁の刀身には、オレが読める文字――日本語が刻まれてあった。

 ――“其は流動する刻のなかで、あるがままに”、という言葉、日本語が。

 こちらの世界のヒトにはこの“言葉/日本語”は読めず、“よくわからない異界の印”として認識されたようで。その刀身の見てくれもあってか、調理包丁だというのに、“異界人が鍛えし剣”と称されていたりもした。

 べつに、包丁が剣と間違って称されようが知ったこっちゃない。――が、そういう誤認をまねく要因たる“よくわからない異界の印/日本語”を刀身に刻んだ、“異界人”と称される鍛冶師には、ようがある。個人的に“面会の約束”を取り付けたい人物、最上位だ。

 もしかしたら、自分と似た境遇のヒトかもしれない。そうであったなら、この身に突然、訪れた“よくわからない感”を共感、共有しれくれるかもしれない。

 仮に、残念ながら、境遇を共感、共有してもらえなかったとしても、こちらの世界のヒトに“よくわからない異界の印”として認識される“日本語”が存在していることは、変えようもない事実である。たとえ、この事実から続く糸が細く頼りなかったとしても、オレにとっては辿りゆく価値が充分にある糸なのだ。

 この中央首都には、その“異界人”と称される鍛冶師がいる。――いや、“いた”という過去形が正しい可能性もあるが。

 まま、可能性がどうであれ。

 オレは会って話しをするため、ここへ来た。

 それが、いまここにいる確かな理由だ。

「とりあえず“ここ/中央首都”の鍛冶屋さんに会って、話を訊いてみる――でしたよね」

 ヒトの往来の多い場所で、人物をひとり探しだすのは困難なことである。ましてや、現在位置は国家の中枢たる中央首都。難易度は、さらに上昇する。

 けれども、壱さんいわく、その対象の人物に“おもしろい個性”があったなら、お話は違ってくるようで。

 例えば、手製の調理包丁に“異界の印”を刻み、“異界人”と称されてしまう、“鍛冶師”。こんな“個性”を有していたなら、たとえ一般大衆に認知されていなかったとしても、“その筋のヒト”の耳に“お話”が届かない理由がない――らしい。

 なのでとりあえず鍛冶屋さんを訪ね、話を訊く。

 最初に訪ねた鍛冶屋のヒトが、探している鍛冶師そのヒトであったなら歓喜だが、そうでなかったとしても、なにかしら情報は得られる。“鍛冶屋事情に詳しいヒト/事情通”を紹介してもらい、そこから近づいてゆくという手もある。

「はい、そうです。……それで、そのことで、刀さんにお願いしたいことがあるのです」

 壱さんは眉尻を下げ、なんでか申し訳なさそうな顔をして言うた。

「なんでしょう。オレにできることなら、なんでもやりますよっ」

「そのう……少々、予定を変更させていただきたいのです」

「なんだ、そんなこと。かまいませんよ――って、オレが言うのも、なんか違和感ありますけど」

「ありがとうございます、刀さん」

「そもそも、カツカツに厳守しなきゃいけないってわけじゃあないですから」

 ウソ偽りなく正直に本心を述べるなら、早く“境遇の似たヒト”に会いたいという思いは強い。けれども、そうであると同時に、会うために行動することが怖くもある。好ましい結果が必ず得られる、と保証されているわけじゃないから。

 だから、壱さんからのお願いは、自らの内にある“それら”を整理する、ちょうどよい猶予期間として受け取らせてもらうことにした。

 それに、これは初めっから、我が個人的なお話である。

 こんな個人的なことにわざわざ付き合ってくれている壱さんの意向、“聞き入れない”という選択肢は存在しない。

 ――とか、お世話になっているヒトが云々なぞ関係なく。

 ただ“単純/純粋”に、“関心あるヒト”のお願いをスルッと叶えられる人物になりたいなぁ……。

「それで、変更したあとの予定は、どんなふうになるんでしょう?」

「一発……いえ、二発、三発、“当てに”行こうと考えています」

「……ん、んん? “当てに”?」

 なんだろう。溜まった鬱憤を発散するために、握った拳を二発、三発、こう、壁的なモノに「ドリャッ」と“当てに”に行く――とか、そういう物騒な部類のお話だろうか?

 だとしたらば、この身で壁的なモノの代わりを努めさせていただく所存だ。それなら、わざわざ“どこぞ”へ足を運ばずとも、そこらの物影で済ませられて時間の節約になるし。

 なんて、そんな思案をしていたらば――

「そうです。“当てに”行くのです」

 壱さんは真面目な表情をして平静に、口を動かす。

「――お金を」

「へ?」

 お金を“当てに”って、どゆこと?

 そんな、こちらの疑問を知ってか知らずか。

 転じて、壱さんは愉快なニヤリ顔を浮かべ、

「ふっへっへっ、一攫千金ですよ。一攫千金」

 その表情に似合ったおもしろ口調でわざとらしく、おっしゃるのだった。

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