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転/第六十一話:(タイトル未定)

 果たして、これも入店というのだろうか? なんてことを考えて気をまぎらわしつつ、青空の下、近くの席に腰を下ろす。

「“プタ”と“揚げイモ”をっ、刀さん――彼と私にそれぞれお願いしますっ」

 着席と同時、壱さんが、なんぞいろいろ吹き飛ばさん威勢のある音声で言うた。

「はいよ」

 調理場から、抑揚も愛想もない音声が返ってきた。

 あとは、注文の品が出てくるのを待つだけである。

 それまでお話でもと思い、壱さんのほうへ意を向ける。

 壱さんは、いずまいを正し、いまデカイ音を発した口を真一文字に結んでいた。“粛々と待ち、時が来たらば即飲食”の構え――といったところか。

 まるで、居合抜きを一閃、放たんとする武士のようだ――と、一瞬、うっかり、かんじてしまったが、これはやはり“うっかり”由来の事実誤認だった。

 真摯な表情が浮かぶお顔、そこにあって真一文字に結ばれたお口――その片端から、あご先にかけて、“つつぅ~”と一筋、ナメクジが這ったあとのような煌めきがあったのだ。

 まあ、この美味しそうな匂いや音に包まれていたら、いずまい正して、よだれを垂らしちゃうのも、わからなくはない……かなぁ。

 ――と思いつつ、フトコロから布切れを取り出し、

「ちょいと失礼しまーす、よ」

 いちおう断りをいれてから、煌めくナメクジの足跡なよだれをぬぐわせていただく。

 ――が、状況は変化しなかった。

 ぬぐってもぬぐっても、ぬぐったそばから“それ”は「よっ、こんちは!」と溢れ出てきて、すぐに“つつぅ~”と垂れて一筋、煌めくナメクジの足跡を残しおるのだ。

 うーむ……。

 どうやら、注文した品を口にするまで、“煌めき”は消えてくれそうにないので、

「……ところで、壱さん」

 その時が来るまで、やっぱりお話しながら待つことにしよう。

 布切れは、とりあえず応急処置的に、そのまま口の端にあてがっておく。

「はい、なんですか。刀さん」

 口元の布切れなんぞ“空気”であるがごとく。壱さんは、姿勢も表情も変えることなく応じた。口調もそれに似合って、真面目ふうである。

「“ここ”って、旅人さんの間で評判だったりするんですか?」

「うーん、どうなのでしょうね。少なくとも、私の耳には“さきほど”まで“届いて/聞こえて”いませんでした」

「“さきほど”――さっき、知ったんですか」

「ええ、そうですよ。さきほど宿の方に、“とある場”の所在とあわせて教えていただいたのです。オススメですよ、って。――おイモが“ここ/中央首都”の特産物であるということはもちろんっ、知っていましたけれどねっ」

 いままで真摯っぽい表情を崩さなかったのに、イモの話を口にした転瞬、壱さんは愛嬌あるエヘン顔を見せてくれた。

「でも――」

 壱さんは、ふと疑問あるヒトの顔になって、

「どうして評判を? なにか、気になることでもありましたか?」

 確かめる言葉を口にしつつ、小首を傾げる。布切れをあてがっている我が手に、乗せるがごとく押し当てられた口元――ほっぺが、むにぃと柔らかく“表情/形状”を変える。

「いえ、その、ただ――」

 ふたりとも店のお品書きが“読めない”のに、壱さんは一切の迷いなく即座に注文していた。なので、名の通ったお店なのかなと思い至ったのだ。こと“食”に関して“いろいろ”と“いろいろ”な壱さんであるし。

 それに、なにより、会話のタネとしてちょうどよかった。

「なるほど、なるほど――ふふっ」

 壱さんは、事情通ぶったヒトの、けれど嫌味のないニヤリ顔を浮かべて言う。

「刀さんは、私とお喋りがしたくてしたくて堪らなかったわけですね」

 まあ、間違ってはいないと思う。“ここ”へ来る道中、ほぼ会話がなかったことに加えて、そのとき改めて思い、感じたことがある。だから、どこか脳ミソ以外の部分で、“やり取り/関わり/つながり”を“望んだ/求めた/欲した”のかもしれない。

 断じて、“いずまいを正し、真摯な顔をして惜しみなくよだれを垂らす壱さん”を間近に拝見しつつの沈黙の間、それに堪えられそうになかったから、というわけではない。

 ともあれ、とりあえず――

 いやぁー、バレちゃったかぁー、まいったなぁー、恥ずかしいなぁー、さすがだなぁー、と述べているがごとき照れたふうな愛想笑いを、「くふぇふぇっ」と自分史上最高の演技力を発揮して披露してから、

「それはそうと、壱さん。もうひとつ、お訊ねしてもよいですか?」

 と、新たなお話を投げてみる。

「ええ、よいですよ。刀さん」

 機嫌よさげに受け取ってくれた壱さんは、

「それで、なんですか?」

 耳を傾けるどころか、頭部をグイとこちらに寄せてきなさった。

 あてがってある我が手が、むにぃと柔らかく包み込むような“圧/触感”に押された。

「“プタ”って、どういったモノなんですか?」

 壱さんが注文してくれた品のひとつである。

 もうひとつの注文の品である“揚げイモ”は、“聞いた通り/文字通り”のモノかなぁと、根拠のない確信をもってすぐに想像できた。しかし、こと“プタ”に関しては、“これ”というモノがパッと思い浮かばず。“音感/語感”が似ているというところから、豚の料理かなぁと推測してみるけれども、果たしてどうだろう。

「“プタ”ですか? “プタ”というのは――」

「できたぞ」

 壱さんが“なんぞや”と説明してくれようとしたところで、調理場から声がかかった。

「あらっ、これはちょうどよいですね」

 壱さんは、話がさえぎられたことなど気にしたふうはなく。名案を思いついたヒトの顔になってパチンとひとつ柏手を打ち、言う。

「百聞は実食にしかず、ですよ。刀さん」

「ごもっとも!」

 そんなわけで――

 しっとりを通り越してペッチャリしちゃった布切れをしまってから、注文の品を受け取るため、席を立つ。

 調理場とこちら側の仕切りになっているカウンターの上には、丼と大皿がふたつ置かれてあった。大皿のほうには、油で揚げられた輪切りのイモ――ほぼ事前の想像通りな“揚げイモ”が、できたて特有の湯気をのぼらせながら山盛りにされてある。そして、丼のほうには、

「これが……“プタ”?」

 まさかの“よくよく見知った食べ物”が、見知ったままに盛られてあった。

 なして? という気持ちが湧いてくる。――が、時が経つと美味しくいただけなくなるモノだと知っているので、とりあえず“なして?”は頭の隅に追いやり、行動する。

 壱さんと自分の席の前に、丼と大皿をそれぞれ並べて置く。

 テーブルの中央に設置されてある、竹筒っぽい円筒形の入れ物。それには先っちょを上にして複数、木製のお箸が収まってあった。そこから一対、お箸を引き抜き、まずは壱さんに手渡す。

「ありがとうございます、刀さん。そして、いただきますっ」

 そんな早口で喰い気味な壱さんのお言葉を耳にしつつ、自分のお箸を手に取る。

「いただきます」

 言うてから、見知った“それ”を、知っている通りの食べ方で一口、味わい――

「やっぱり、これは」

 見てくれが似ているだけではないと、味からも確信を得た。

「これが、この麺の料理が、“プタ”という食べ物なんですか? “そば”ではなく?」

 そう、“プタ”は、見てくれもお味も“そば”そのものだったのだ。“そば”よりやや平たい麺が、温かい“つゆ”に浸かってある。ちなみに風味と食感とのどごしからして、十割そばだろう。個人的に“そば”は十割が好きなので、わかる――気がするのだ。

「んぐ?」

 壱さんは止めどなく口いっぱいに喰らっていた“揚げイモ”をのみ込んでから、

「そば。そば……ですか?」

 うん? と不思議そうに眉根を寄せ、数拍、考えるような間を置き、

「確かに私は、刀さんのお側にこうしておりますけれども?」

 どういうこっちゃと物語る表情をして、言葉を返してきた。

「いえ、そっちの“そば”ではなくてですね」

 そうは述べつつも、壱さんがそっちを口にした理由は察せられた。

「では、どちらの“そば”なのですか?」

 映画を楽しみつつのポップコーンがごとく、壱さんは“揚げイモ”を口に運びながら、どこか楽しそうに訊いてきた。“知らないことを知る”ということが、まるで娯楽の一種といったふうである。

「どちらというか……、そのう――」

 我が育ちし“故郷/日本”に、“プタ”とほぼ同じ――に思える、“そば”という麺の食べ物があることを話した。

「ふぇー、なるほど。やっぱり、おもしろいですよねっ。こうして知るとっ」

 スイッチがオンになったのか、壱さんはそう言いながら徐々に鼻の穴をおっ広げてゆき、

「異なる国の――刀さんの場合は異なる世界でしたねっ、もっとすごいことにっ! 遠い場所の、異なる“文化/習慣/風習”の中なのに、どこか“親近感”を覚えてしまう部分があったりして――」

 と、異文化に触れる“楽しさ/楽しみ”を熱めに語り始めた。もちろん、お話の合間でパクっと一口、“揚げイモ”を味わうこともぬからない。

 聞くに、どうやら“プタ”は、“この世界”においてわりと知れた麺料理のようだ。

 そんな語りに、ちょくちょく相づちを打ちつつ、限りなく“そば”っぽい“プタ”を食す。“そば”と同じく、せっかくの麺がのびちゃったら哀しいので。

 唐辛子的なピリッとした辛さが最初から強めにある以外は、やはり限りなく“そば”な“プタ”である。なんというか、旅先でうっかり自分の地元の料理を食べちゃった気分だ。海外で、お寿司や牛丼を食べる的な――まあ、海外の空気を味わった経験はないけれども。ともあれ、べつにそれが悪いというわけではなく、むしろ「ほっ」とする――と思うのだが、どこか、こう、モヤッとしてしまうのは、どうしてだろう? うーん……。

 ――なんてことを、麺をすすりつつ思うていたら。

「ところで、刀さんはどっち派ですか?」

 そんな問いを投げられた。

 問うてきたおヒトのほうへ、意を向ける。

 質問者たる壱さんは、まだ“揚げイモ”ある大皿を脇にやり、テーブルの上を軽くなでるように手で探っていた。その探る手はすぐに、“プタ”の盛られた丼に触れる。壱さんはその丼を己が手前に引き寄せると、鼻歌まじりにお箸を“それ”へ突っ込んだ。そして“つゆ”を吸収してややモッタリしてしまった麺を、かきまぜる。

「ちなみに私は、“少しふやかしてから食べる”派です」

 どうやら、“プタ”というか、麺料理を食べるときの好みに関する問いのようだ。

 まま、とりあえず、いま壱さんの好みを聞いて、ひとつわかったことがある。注文の品は出揃っているのに、いままで壱さんは“プタ”に手を伸ばしていなかった。なんで“揚げイモ”ばかりパクパク食べているのかなぁ、麺のびちゃうのになぁ、と思うていたが、なるほど、合点がいった。

「オレは、ちょっと固めの麺が好きです」

「ほう。では、“すぐに食す”派ですね――というふうにですね、“好み/派”についてやり取りをすることが、“プタ”を食べるときの“お約束/お決まり”だったりするのですよ。刀さん」

 お箸の先で適量、麺をつかまえつつ、なにげないふうに壱さんが言うた。

「へぇー。でも、どうして、“そういうふう”になったんでしょうね」

 目玉焼きの“おとも”についての議論、然り。この手の“好み/派”に関する話し合いは、妥協して相手の“それ”を受け入れる、容認するということは稀であり、個々が主義主張を続けて平行線のまま落ち着かない。その結果、しばしば場の空気がよろしくない感じになってしまうことがある。――ゆえに、“取り扱い注意な話のタネ”である、と個人的には結論づけ、認識している。

 自分としては、なるべる避けたい部類のお話。それをあえて“お約束/お決まり”としておこなう意が、どうにも察せられなかった。

「たまたま偶然、自分の隣に座ったヒトとお話しをするキッカケとしては、なかなかちょうどよかったようですね」

「うーん……。“話し合い”から“言い合い”に発展しちゃいそうですけど」

「そこは、“お話のキッカケ”に目的があるかないかですよ」

「目的、ですか?」

「ええ、そうです。情報を“得る/交換する/共有する”という目的です」

 壱さんいわく。商人や旅人の情報を武器としてもちいるヒトたちが、情報収集やらをおこなう過程で自然発生したのが、この“プタ”の“好み/派”に関するやり取りであるようで。それが、いつしか一般にも“お約束/お決まり”として定着したらしい。ただ、これには諸説あるようで、絶対に正しいとは言い切れないとのこと。

「本命は“お約束/お決まり”のその先にあるから、“言い合い”にはならない、と?」

「いいえ」

「え?」

「形式通りに割り切れないのが、いきたヒトの“心/心情/気持ち”ですもの。なにげない一言にカチンときて“言い合い”になってしまうことも当然、ありますよ」

「じゃ、ダメじゃないですか」

「そうですか? 私は、こうして、刀さんとのお話しを楽しめていますよう?」

 壱さんはあっけらかんと言ってから、

「……それとも」

 やや弱ったふうにしゅんと眉尻を下げ、

「刀さんにとっては“言い合い”、でしたか?」

 と、そんなことを訊いてきなさった。

「ハハッ、これが“言い合い”なら、いつでも大歓迎ですよ」

「ほうっ。では、刀さんにとって、私とのお話しはすべて“言い合い”だった――ということにしましょう」

「ええっ、なぜにあえて」

「だって刀さん、いつでも大歓迎してくださるのでしょう?」

 壱さんは蠱惑的な微笑みを浮かべ、言うた。そしてその表情を残したまま、お箸で適量つかまえてあった“プタ”を口に運ぶ。

「えっ? ええ、そそうですよ。もちろん、ええ」

 べつにウソを述べたつもりはなく、二言もない。けれども、改めて念を押すように言われると、その蠱惑的な微笑みもあいまって、底知れぬモノを感じてしまい、ちょいと腰が引けてしまった。

 壱さんは「ふふっ」と笑みをこぼすように口先の麺へ息を吹きかけてから、それを口に含む。麺はなんとも小気味好く一瞬ですすられ、姿を消した。

「おお、これは気持ち好い喰いっぷり」

 麺料理は欲張ってごっそりつかんで食べると、すすったときに「ズベベベ、ジュバ、ズバ」みたいな、あまり聞こえのよろしくない音が出たり、麺の先っちょがご乱心して“つゆ”がはねてしまったりする。

 自分が“そう”だったりしたのでよくわかる――つもりだ。

 まあ、だからより意識して、気にしちゃってるだけでもあるが。

 そんなオレがかんじるに、壱さんの“食べ方/すすり方”は、なんというか、こう、シュッとしていた。美味しそうにかんぜられる“食べ方/すすり方”、とでも表現しようか。さっきも述べたが、小気味好いかんじだったのだ。

「ほうれすか?」

 歪みない所作で“プタ”の“つゆ”に浸した“揚げイモ”、それを美味しそうにもぐもぐしながら、壱さんは応じてくれた。

「ほれふぁほう――もぐもぐ、んぐ。それはそうと、刀さん。こうして“揚げイモ”をですね、“つゆ”にくぐらせて食べると、また美味しいですよっ」

 なんとご親切に、オススメの食べ方まで教えてくださる。

「ほほう」

 と応じつつ、オススメを試すまえに、とりあえず一口、そのままの“揚げイモ”を味わう。“揚げイモ”のイモは、イモはイモでも、ジャガイモではなくサツマイモのような甘みあるイモだった。油で揚げられてあるので表面はカリッサクッとして、けれど内部はほくほく。口当たりも食感もよく、なにより絶妙な甘じょっぱさが、お箸を進ませてくれる。

 単品でも充分、美味しくいただけるモノだった。

 次いで、オススメを試す。

「うん、間違いない」

 この組み合わせで、残念な結果になるわけがない。試すまえから想像していた通りの予定調和な味わいが、じんわりと口内に広がってくれた。

 限りなく“そば”な“プタ”である。“そば”に“サツマイモの天ぷら”や“カボチャの天ぷら”をあわせたとき同様、“プタ”に“揚げイモ”も美味かった。

 それからしばし、壱さんとそろってお食事に注力し――

 壱さんに小気味好くすすられては美味しくいただかれる“プタ”を不意とチラ見して、気づいたというか、思い出したというか、

「そういえば」

 と、急に“あること”が気になりだした。

「麺を食べるとき、音を発しちゃっても大丈夫……なんです、よね? “ここ”って?」

 普段はまったく気にしないけれども、いまは“普段”ではない。麺を食べるとき――に限らず、汁物を食すときも、すすって音を発してしまうことにわりと寛容な“文化/国”は、自分が知っている限り多くない――というか、たぶん“我が故郷/日本”くらいだと思う。もちろん、絶対に許せないという意のヒトもいるだろうが。

「オレの故郷は、わりとそのあたり寛容だったんですけど……」

 我が現在位置は、そんな懐かしき寛容さある環境ではない。

「ふぇー、なるほぉど」

 壱さんはお食事の手を止めることなく、

「“人間”が“気にする物事”に、世界の異なりは関係ないのかもしれませんね」

 我が問いとお食事を一緒に咀嚼しながら、口を動かす。

「どゆことですか?」

「“文化/文明”は環境に応じて常にカタチを変えて個性を得ても、“それ”を生み、育み、身にまとう側の、“根幹に根ざすモノ/本性”は、個性的ではない。それこそ、世界の異なりも関係ないくらいに。だから、“文化/文明”は異なるのに、どこか似ているのかしら――と、そんなふうに感じたのです。“所在/所属/帰属”に関係なく、やっぱり“ヒト/人間”は“人間/ヒト”なのかなって」

「おおっ、なるほどっ」

 とりあえず、ことさらおおぎょうに相づちを打ってから、

「壱さんがなにをおっしゃっているのか、さっぱりわかりません」

 カッコつけたりせず、素直に述べた。

「ひとりの料理人が作った多彩な料理の味付けは、個々は確実に異なる料理なのに、どこか似た部分がある――気がする。という、そんなお話。ただの個人的な感想です。うっかり口からお漏らししちゃっただけなので、あまり気にしないでくださいな」

 壱さんは次に食す“揚げイモ”をお箸でつかまえつつ、言うた。

「ほ、ほほう……」

 我がお袋さんの料理の味付けはどれも塩味がやや強い、というのはパッと思い浮かんだけれども、それだけだった。なので、言葉を継ぐことにする。

「――と、いうことは、つ・ま・りぃ?」

「いまいる“国/地域”や、私の故郷は――」

 と述べたところで話しを切り、壱さんは“プタ”を音を発してすすって食した。

「えっと、そんなに気にしなくても大丈夫――ということでしょうか?」

「はい。ですが、刀さんの故郷でも“そう”かと思うのですが、このような事柄は個々人の受け取り方に左右されるところがあります。それに、私たちがそうであるように、この“国/地域”にいるからといって、この“国/地域”の出身者であるとは限りません。ここより西にある“国/地域”はダメなところが多いので、隣に座った方がそちら出身の場合、よくは思われないでしょうね」

「なるほど」

「しかし、よく思われなかったとしても、気を落とすことはありません」

「もう会うこともないヒトとの一時的な出来事だから、ですか」

「違います」

 壱さんはお箸の先っちょを“揚げイモ”に突き刺し、

「“よく思わない”ということは、“相手の意がこちらに向いている”ということでもあるわけですよ」

 その“揚げイモ”付きお箸をマイクがごとく口の前で待機させ、

「お話しをするよい機会でしょう?」

 言い、一口でお箸の先っちょをキレイにした。

 えっらく簡単におっしゃるなぁ……。

 よろしくない印象を持たれているとわかったうえで、よろしくない印象を持っているおヒトと、果たして会話できるだろうか。というか、そもそも、できるできない以前に、あえて会話しようと、そのとき、その場で、思えるだろうか? ……うーむ、自信はない。

「あ、そうそう」

 壱さんは一区切りつけるようにパチンとひとつ柏手を打ち、

「食に関するお作法的な話で――」

 と話し始めた。なんでも、我が問いを機に、思い出したことがあるらしい。

「食事をするとき、道具をもちいたらダメな食文化のところもありましたね」

「え、道具がダメって?」

「手で直接、食べ物を持って食べないと、自然の恵みたる食材に無礼という価値観が根付いている“国/地域”。手がもっとも清潔であるから、手で直接、食べ物を持って食べないと不潔という価値観が根付いている“国/地域”がありましてね――」

 それから壱さんは根っこから楽しんでいるヒトの表情をして、いままでの旅の道中のお話を、いろいろと聞かせてくれた。

 ドキュメンタリー作品の朗読を耳にしているようで――というか、当然のように“それ/作品”よりも圧倒的にリアルな本物の経験談は、壱さんの語りの巧さもあって、じつに楽しかった。

 きっと壱さんに“寝物語/おとぎ話”を語り聞かせてもらったら、ワクワクして続きが気になりすぎて、まったく寝付けなくなるだろう。

 ――が、そんな語りの巧い壱さんだが、巧くないところもあった。

 あるいは、お食事をとりつつ語っちゃったのが、よろしくなかったのかもしれない。

 よりによって“まとも/真面目”なお話をしているときに、

 よりによって“プタ”を食べているときに、

 むせてしまうとは。

「……壱さん」

「グェッケホッ、んっ、んんっ、ううん――はい、刀さん。わかっていますよ。お話の続きはですね――」

 壱さんはすまし顔で応じ、微笑みすら浮かべて語りを再開してくれようとする。

「違います、壱さん。違うんです」

「え?」

 きょとんとして、壱さんは可愛らしく小首を傾げおった。

「ぷっぐ――壱さん……あの、その」

 オレはこみ上げてくるモノを務めて抑え、

「鼻から」

 いまそこにある事実を、

「両方の鼻から」

 告げさせていただく。

「いま食べた“プタ”が、ちょろっとお姿をさらしておりまして――」

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