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転/第五十八話:(タイトル未定)


 聞こえてくる音が、ひとつ呼吸をするたびに遠くなってゆく。

 いまだ壱さんに抱き起こされたままであり、移動しているわけでもないのに。

 ふと、視界が狭くなってきていることに気がつく。まぶたが、脳ミソの決めたことを無視して閉じようとしていた。

 胸の内の“意”は、まだ鮮明さを保てているのに。

 闇が這い寄ってくる――


「これは、よろしくないな……」


 窓の外、不吉さある灰色の空を見やって私は、思わずそう言葉を漏らし、慌てて庭へと出た。やっとのことで美しくなれた約五日分の洗濯物が、干してあるのだ。これは一刻を争う事態である。シワになるとか、まだちょっと湿っているとか、そのような些事はこの際、意識せず。大胆豪快、速さを最優先に、洗濯物たちを取り込んでゆく。

 ――が、そんな私の奮闘を、無邪気に妨害してくる存在があった。

「あ、ちょっと、アイちゃん! わかってる! アイちゃんの功績はよくよくわかってるからっ! ご褒美はあとでちゃんとあげるから、ね? いまはお座りしててね」

 私の脚のまわりを、「へへへっ」と息荒くちょこまかと動き回る可愛い女の子。通称・アイちゃんである。洗濯物の危機を知らせてくれたのは誰あろう、彼女なのだ。

 お利口さんな彼女は、ちゃんと私の言うたことを聞き分けてくれた。イヤな顔せず、縁側の隅にちょこんと腰を下ろし、微笑んだふうな表情をこちらに見せてくれる。

「ありがとうねー」

 言いつつ、私は作業に戻る。

 もし彼女が窓ガラスをぶち破らんばかりの勢いで教えてくれなかったら、お茶を淹れに台所へ行った相方さんを「ぼへー」と待つだけで私は事態に気づかず、「明日、着るものがああああぁ」と嘆くことになっていただろう。じつに、よく気の利く子である――しかも、先祖代々であるから、本当に優秀な血筋であると改めて思う。親バカとかそういう部類のひいきではなく、純粋に時間を共有した者としての、これは意だ。

「いまのこの暮らしがあるのは、アイちゃんのご先祖――の、相棒さんのおかげなんだよねぇ。そういえば」

 ふと思い出して私は、あえて口に出すことで改めて“そのこと”を意識した。

 この懐かしむ気持ちを共有したくて私は、語りかけるがごとくアイちゃんのほうへ視線をやってみた。彼女は微笑んだふうな表情をして、なにぞ? と小首を傾げる。

 まぁ、首を傾げるのも当然のこと。彼女のご先祖――しかもその相棒さんが主たるお話であって、いまの彼女からしてみれば、遠く遠い出来事だ。

 ……そう、通称・アイちゃん、本名・アインシュタイン六世。そのご先祖たるアインシュタイン――の、相棒さん。彼がいなかったら、彼が“あんなこと”をやらかさなければ、私はいま台所でお茶を淹れている相方さんに出逢わなかっただろう。

 大変なことになったりもしたが、いまあるのは感謝の意。


 思い出し、そんなことを思いながら見上げた空は――

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