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起/第六話:奇抜なドリンキングと微妙な手掛かり

 風呂からでたら、壱さんは迷わずカウンターでビンに入った飲み物を二本購入した。

 一つをコチラに差し出してくるが、

「なんですか、これは」

 一瞬、色合い的に風呂から出たら飲むモノの定番たる牛乳系飲料かと思ったのだが、ビンを受け取ってよくよく見てみると、反対側が透けていた。牛乳系飲料にしては、薄すぎる。

「なにって、風呂上りの定番じゃないですか。あれですね、刀さんところどころで世間知らずさんですね。じつは遠い国の貴族さんですか? 金にモノ言わせてハァハァしてるんですか。 あ、寄生的幸せをつかんじゃいましたか、私」

 貴族さんも、金にモノ言わせてハァハァはしないと思いますけどね。

 それに、なんですかね寄生的幸せって……。

 まあ置いといて、

「世間知らずというより、この世をマッタク知らないので、ある意味世間知らず以上だと思いますけど。でも、とりあえず壱さんよりは、人としての常識はわきまえてるつもりですよ――人としての常識はっ!」

 そんなオレの言葉を、なかなか開かないビンの紙フタをツメでカリカリかき、意識の九割をフタにそそぎながらも壱さんは聞いてくれたようで、

「あれですか、さっき刀さんが言ってた、“ココではないドコカからやって来た誰か”、あるいは“この世界はオレの夢かもしれない”てヤツですか、この世をマッタク知らないって? そんな都合のいい言い訳じゃあ、世の荒波の中では生きていけませんよ?」

 壱さんにだけは言われたくないなぁと思うのは、なんでだろうね。

 自分に都合のいいことしか聴き取らないそのお耳の能力を、いま目の当たりにしたからかな。

 とか思いつつ、オレは自分の手にあるビンの紙フタを開けた。

 なかなか開けないフタにイライラきたらしい壱さんは、指を無理矢理フタに押し込んで開こうとするが、オレはその手を止めて、オレが開封済みのビンと取り替える。

 絶対にあのまま指をねじりこんだら、中身をぶちまけることになるだろうから。

 受け取った壱さんは、肩幅に足を開き、左手を腰にあて、姿勢を正して、グビッと一気にビンの中身を飲み干す。

 じつに豪気に、気持ちいいくらいの飲みっぷりであるが、途中から口に含みきれなかった薄い牛乳色ドリンクがあふれて、これまた豪快にこぼしてるのは、いかがなものだろう。

「一息で飲むのが、決まりなのですっ」

 力んで語る壱さんであるが、結局ちゃんと飲めてないと思うのだけれども。

 ていうかお風呂に入った意味がなくなる気がする。

 まあともあれ、自分の手にあるソレを飲んでみようと思う。

 本能的にというのか、初めてのモノのニオイを一度確かめてしまうのは、どうしてだろうか。とりあえず、ニオイは無い。というか、オレには認識できなかった。

 恐る恐る口に含み、ころがしてみる。

 んー、

「……味が無い」

 マッタク風味が無いわけではないのだが……。なんというのが適切なのだろう……。強いて言うなれば、三倍薄めた牛乳って感じだ。

 思うに、これは一息で飲み干さないと美味しくない。というか、味わうようなモノではない。

「さ、帰りましょう」

 早々にビンをカウンターに返した壱さんは、オレの手をとるや、歩みだせとうながしてくる。

 自分を中心に世界を回してる人だなぁ、と改めて思う。

 壱さんが早く早くと腕をぶん回してくるもんだから、

「ッ! ボァッハッ」

 ガックンガックン身体が揺れて、飲もうとした三倍薄い牛乳風味ドリンクを、

「鼻から飲むハメになってしまった……」

「なに奇抜な飲み方してるんですか」

 ビックリ! というより、ちょっと引き気味におっしゃる壱さんである。

 が、誰のせいだと思っているんでしょうね。

 オレが奇抜なドリンキングをしてしまったのっ!


 とりあえず、お風呂屋さんを出る。

 カウンターに居た店員さんが、店内で飲み物こぼしまくるヤツらにイイ気持ちをするわけもなく、ものすごーく威圧的な視線をくれていたというのも、急いで出た理由だったりしなくもない。

 外は夕暮だった。

 そよ風が、風呂上りの熱った肌を優しくなで、心地好い。

 なんとなく、深呼吸してみたり。

 いままで道筋の目標を探す事にイッパイイッパイだったのか、理解不能な現状にビビッて余裕が無かったのか、よくわからないが、風呂屋から出て初めて、そこに在る町並みをまともに見た気がする。

 子どもたちが、残り少ない今日という日を思いっきり遊んでいたり、そんな子を連れ帰りに来たと思しき大人がいたり、買い物帰りの親子や、店先で会話するご夫人方、客寄せの為に安さやサービスを叫ぶ店員さん、なんとも黄昏時の空色とあいまって、のどかな光景である――

「――て、なに和んでんだろう、オレ」

「和むって、なにがですか?」

 一人和んで、一人でツッコミをいれていたオレに、壱さんがちょいっと握った手を引いて問うてくる。

「え? いや、のどかだなぁと。東京じゃあ、こんな光景も少なくなってきてるなぁと」

 そんなオレの返答を聞いた壱さんは、

「“とうきょう”がどんな所なのかは想像できないですけど、目の前にのどかぁな光景が広がっていて、刀さんがそれに和んでしまうという気持ちは、なんとなぁくわかりますよ――」

 と柔らかい表情になって言う、

「――町が奏でる音も、匂いも、肌で感じる雰囲気が楽しげで、優しげですから」


 ずっと突っ立って町並みに和んでいてもしょうがないので、来た道を戻り、いまは宿屋の前である。

 そして、開けっ放しの戸をくぐろうとしたとき、

「部屋は空いてるかね?」

 と荷物を背負った初老風の人物に、真横から声をかけられた。いつの間に近づいてきていたのか、気配にまったく気づかなかったが。

 どうやら、宿屋の店員さんと見間違われたらしい。

 まあ、宿屋のご厚意でたまわった店の制服を着替えとして風呂上りに着たのだ、店先にそんな服装で居れば、間違われて当然といえば、当然のことである。

 にもかかわらず、そんな当然の出来事への対処法を間違える人が、オレのお隣に居た。

「去れっ!」

 よくわからないが、初老風人物の言動が、壱さんのカンに触ったらしい。

 壱さんは、飼い犬が不審人物に唸り吠え掛かるように、ものすごく険しい表情と口調で言い放った。

 が、なぜに「去れっ!」なの?

 ていうか、服を無料でくれた宿屋さんに対して、その恩を最大級のアダで返してるよね。

 初老風人物はビビッタように縮こまり、サーっと足早にこの場から去り行ってしまう。

 お客さんを一人逃がしたわけだ……客商売でこれは痛い。

 そして訪れたお客さんに対して、いきなり「去れっ!」とか言う暴挙は、客商売的に痛いどころか、致命傷である。

 オレの知る世では、来店したお客さんに冷たく当たって、帰るときにちょっとコビルようなしぐさをするという、ツンデレを売りにするお店が存在したりするが(なにがイイのかオレには理解できないけど)、ここはツンデレを売りにする宿屋ではないだろうし、そもそもこのオレ知らぬ世でその価値観が通用するのかわからない。

 ともあれ、ツンデレなお店でも、さすがに来た客に「去れっ!」とは言わないだろうと思う。それはもはやツンではなく、ただの拒絶だ。あれか壱さん新ジャンル開拓か。店員さんが皆、お客さんに対して拒絶的っていう。

 いや、まぁ、ともあれ、

「あんた達、なんてことしてくれちゃってるんっ!」

 開けっ放しの戸の前で――つまりは、カウンターから支配人ぽい男性が見ている目の前で、訪れたお客さんをお店の意向とは関係無しに追い返したら、怒られて当然だ。


 というわけで、罪償いの皿洗いを現在遂行中である。

 いったん部屋に戻って、洗った壱さんの民族衣装っぽい服を乾かす為に広げて吊るし、案内された厨房っぽい所の隅で、水道が無いので井戸から汲んできた水をタライに注いでから、オレが皿を洗って、壱さんが皿を拭くという役割分担で。

 あれだね、宿から出て行けって言われなかっただけマシというやつか。

「はぁ……。壱さん、どうしてイキナリあんな事を言ったんですか?」

 せめて、あの暴挙に理由があってほしい。

「どうして? んーまぁ、あとでわかると思いますよ。そしてその時にはもれなく宿代が無料になっているはずです」

 意味がわかりません。

 なに、お店にとって大事なお客さんを追い返すことが、壱さんの崇高な頭の中では、宿代を無料にするためのプロセスとして必須だと? まったくもって、成績超低空飛行の我が思考形態には理解できない。普通に考えれば、営業妨害で倍の宿代を請求されそうだが。


 そんなこんなで、皿洗いから解放されるころには、夜になっていた。

 部屋に戻るや、壱さんは待ってましたと嬉しそうに食事処でゲットしたお土産の包みを開いてと、オレに言う。

 お土産は、晩御飯に姿を変えた。

 晩飯の料金も浮かすこんたんだったとは、そのセコさには恐れいる。

 例の如く――壱さんはもっすごい勢いで、それはもう見てて気持ちいいくらい、とても美味しそうに即行完食。いまは満足したように喜色満面のほくほく顔で、部屋にひとつのベッドに落ち着いている。

 ちなみに、オレはまだ食事中。

「そういえば――」

 と、唐突に壱さんが口を開く。

「――“別の時代とか、別の世界とか、ココではないドコカから誰かがやってきた”という話しをひとつ思い出したのですけど、聞きますか?」

 テキトウに聞き流していようと思っていたが、どうやら身をいれて聴く必要がある、ありがたいお話をしてくれるようだ。

「是非、聞かせてください」

 ちゃんと壱さんのご機嫌を損ねないように、ヘリくだり気味にお願いする。

「では――」

 と壱さんは語りだす。どうやらご機嫌を損ねずにすんだようだ。

「――といっても、これは立ち寄った村の語り部さんから聞いたお話ですから、なにか問われても、私は詳しく返答できません。というのをご理解くださいね」

「わかりましたから、先をどうぞ」

「まず――」

 というわけで、壱さんは長々と語ってくれた。

 オレ的に噛み砕いて解釈すると、オレ以外にもどこか見知らぬ場所に飛ばされた物体や人が、過去にもあったということ。しかしオレと異なるのは、物体そのモノが登場しているというところか。

 例えば、突如として出現した鋼鉄の大鳥の話し。この鋼鉄の大鳥は突然上空に現れて、落ち、炎上し、その腹から複数の人を吐き出したらしい。人は死亡していたらしいが。たぶん、飛行機が墜落したのだろう。突如として行方不明になる飛行機は現にあるし。それの大半は事故や事件だろうが、説明が出来ないモノも確かにある、だろうと思う。

 もうひとつは、よくない事つづきだった村に、祈り続けていたら、突如として救世主が現れ、未知の知識で厄災から村を救ったとか。

 まあ、そんな話しを多々聞かされ、

「というか、なんで訊いたとき、すぐに話してくれなかったんですか」

 少し不満に思うこともあったりするわけだ。オレはいち早く、自分の現状を把握する手掛かりが欲しかったのに。

「そんな尖った言いかたしないでくださいよ。話がとっぴ過ぎて、とっさに出てこなかったんですもの……。それにこういう系統の話は、ほとんど土地にある信仰の為に作られたモノばかりですから。そんな話を聞いても私は面白いと思わないので、語り部さんがコレ系の事を喋っているとき、身を入れて聞いてなかったんです。武勇伝とかの方が、現実味があって面白いですから」

 壱さんが言わんとする事もわからないではないが、

「現に、オレがとっぴな話を実体験しているんですけど。案外、本当の事も語られていたかもしれませんよ」

 語り部さんの話が全部土地信仰の為の作り話だとしたら、オレが体験している“いま/現状”はなんなのさ、という事になる。たぶん、作り話でないモノや、現実に起こったことを大げさに語っているモノもあるだろう。

「そうだったとしても、現にココに存在する刀さんが“別のドコカ”から来た、なんて信じろと言われても、ちょっと疑ってしまいますよ」

 いや、まあ、立場が逆ならオレもそう思うだろうけど。

「あ、でも本当だったとしたら、私ってずいぶん面白い出来事の真っただ中に居ることになりますね」

 パチンッと拍手を打って、ドキドキワクワク感が満載の素敵に楽しそうな表情で、壱さんは言う。あれだね、他人の不幸は蜜の味ってヤツかね。

「そちらから来れる、ということは、こちらからも行ける可能性がある、ということですよね。というか、そうじゃなかったら不公平ですし。あぁ、だったら私が刀さんの時代か世界に行くということも可能ということですよね。時か世界を越える旅。きっと誰もしたことないでしょうし――」

 なんだか壱さんのテンションが勝手に上昇を始めた。

「――そうとなれば、情報収集。語り部さんから詳しい話を。遺跡の調査とかも……」

 すごい、オレを置いて予定が組みあがっていく。

「となれば、明日に備えて、もう寝ます」

 ご就寝らしい。

 でも、

「なんでまた、服を脱いでるんですか?」

 健康法と称して、そうやって寝る人もいるけどね。

「健康の為ですよ」

 そうやる人がココに居た。

 壱さんは早々に掛け布団に包まって就寝体勢に移行しようとしている。

 なんというか、安い掛け布団だからだろうか、布団が薄くて、壱さんのボディーラインをクッキリなぞり浮かび上がらせていて、なんか真っ裸よりエロイ。

 という自覚があるのか、ないのか、知らないが、

「では、おやすみなさい、刀さん」

 本当に寝るつもりらしい。

「変な気を起こしたら、奥の手ですからね」

「そんなつもり、ホコリほどもないですよ」

「そう言われると、なにか悔しいのですが――。変な気、ちょっとだけなた起こしてもいいですよ?」

 そんな悩ましげな視線くれてもね、

「つつしんで、遠慮します」

 聞くや、壱さんはぷくっとほっぺを膨らませて、ベッドサイドの卓上にあるランプを手探りで発見するや、フッと吹き消してしまう。

 部屋は薄闇に支配される。

 ねえ、壱さん、

 なして、

 なぜに、

 どうして、


 ――ランプの灯りを消してしまうんでしょうね。オレ、まだご飯食べてる途中なのにっ!


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