承/第五十七話:ムシムシ尽くし(其の四十四)
「…………あの、壱さんは、抵抗ないんですか? さっきみたいの」
現在進行形のときはいろいろたぎっちゃって気にならなかった――気にする余裕がなかったが、ふと落ち着いて思い返してみるたら、首から耳から顔が熱く。ピュアなマイ・ハートが熱暴走的に恥じらいをこじらせて共感でも欲しちゃったのか、脳ミソが認識したときにはもうすでに、そんなことをお訊ねしていた。
「はい? なんとも極めて愚かな問いですね、刀さん」
壱さんはもしゃもしゃ“それ”をつかんでは食べる手をほんの一瞬だけ休めて、あきれ混じりの音声を聞かせてくださる。
「食べることに抵抗を感じていたら、生きていけませんよ?」
「いえ、そっちじゃなくて」
「……では、どちら?」
「え、で、ですから、その……いまさっきみたいな、口を近づけて、こう、口移しっぽいことを致すという……」
「……………………ふぇ?」
という音と食べかけの“それ”が口からこぼれて、しばし。時間が静止したかと錯覚する沈黙の間を経てからやっと、変化が生ずる。壱さんが、ほっぺをほのかな朱色でおめかししたのだ。
「……そう、ですね」
壱さんはもにょもにょと口を動かし、
「改めて意識すると……なんというか、ちょっぴり……こちょばい、ですね」
へへへ、とうつむき加減に照れたふうな笑みを浮かべなさる。――が、その転瞬、眉をちょいとハの字にして、
「もうっ、刀さんのせいですからねっ」
困っているふうでもありすねたふうでもあるふにゃけた音声で、よくわからない抗議をしてきおった。わしづかみにした“それ”らを問答無用で我が口にぶっ込む、という暴挙を添えて……。
《ザ・刀と壱の旅》 ~The Tou and Ichi's travels~
第二部【承】――終わり。
『……さ…………ん…………ん……さ――』
ふわりとした心地好いまどろみの中で、
ぼんやりと目的もなく船を漕いでいたら、
どこか遠くから耳馴染みある声が聞こえたような気がして――