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承/第五十三話:ムシムシ尽くし(其の四十)

 シカトこかれて地味に負傷した心を癒すように、お茶をすすって「ほっ」と一息。

 パキッ、と軽やかに“なにか”が折れたような乾いた音が聞こえた。

 おやおや? と困惑しつつ、胸に手を当てて――

「なにか収穫はありましたか?」

 ――デリケートな我が心が折れてやしないか確かめようとしているオレではなく、その背後に広がる雑木林のほうへ、壱さんは微笑みある音声を投げた。

「う、うん。いいっぱい捕まえられたようっ、イチお姉ちゃんっ」

 弾む声のほうを見やるとそこには、迷い出てきちゃったウサギのたれ耳――を思わせる、黒ツインテイルなバツの華やぐ、そしてちょいと誇らしげな笑顔があった。両の手で布袋の口をギュッと握り、胸の前で大事そうに持っている。

 そんな“彼”の隣には、ポニーテイルに枯れ葉を多々くっつけちゃっているツミさんのお姿があった。両の手にはそれぞれ中身の詰まったパンパンの布袋があり、その口からは植物の葉のようなモノがのぞいている。

 おかえりなさい、とふたりに言ってから、新たに湯のみをふたつ用意してお茶を注ぐ。

「ほう、それで、どのようなモノを?」

 壱さんは品定めする商人っぽい顔を作って、訊いた。興味津々というふうに片眉を釣り上げて、返答を聞き逃すまいと耳を向ける。

 そんな前のめりな喰い付きが嬉しいのか、

「うんっ! え、えええっと、えっと、ねっ」

 バツはほくほく顔でタタタッと壱さんに駆け寄り、成果を報告する。

 まずはツミさんが集めた植物について。名称のようなモノが多々、挙げられる。オレにはそれらがどういうモノなのかわからなかったが、壱さんは当然のようにご存知でらっしゃり、「ほう」とか「それは珍しい」とか「衣を付けて油で揚げると美味しいですよねっ。ほどよい苦味が、なかなかどうしてクセになっちゃいます」とか相づちを打っていた。とりあえず、天ぷらにすると美味しいっぽいモノがあるのはわかった。ちなみにオレは、シソの天ぷらがけっこう好きです。

 片面に衣を付けてさっと揚げたシソの天ぷらに、ちょいと塩を付けて食す――という場面を意味もなく妄想して唾液を増々しながら、自らの収穫物をリアカーにしまい終えたツミさんに、湯気立つ湯のみを差し出す。

「おや、ありがとうね」

 ツミさんは受け取ったお茶に流れる動作で口をつけ、「あちっ」と顔をしかめた。息を吹きかけて冷ましてから改めて、ちびちびとすする。お茶請け代わりがごとくバツを見やるその眼差しには見守るヒトの温もりがあり、口元には自然と柔らかな微笑みが浮かぶ。

「そそ、そ、それでねっ――」

 バツは“とっておき”を披露したくて堪らないヒトの快活さで、自らの獲物について述べる。よっぽど嬉し楽しいらしく、向けられている生温かい眼差しをまったく感知していないどころか、言葉と一緒に抑えきれない嬉々とした気持ちが煌めくツバとなって飛散しちゃっていた。

 挙げられた名称のようなモノはひとつだけだったが、なんでも“それ”で布袋を膨らませるのはなかなか大変なことのようで。

「おおー、よくやりましたねー」

 壱さんは探るように手をやってバツの頭に触れ、「でかしたっ」と称賛するように優しくなでなでする。

 バツは頬を微かに赤らめ、「えへへ」とくすぐったそうに照れ笑う。

 そんな“彼”をうらやましいくらい存分になでなでしてから壱さんは、いいこと思いついちゃったっ的なノリでポンとひとつ拍手を打って、口を開く。

「お腹的にもよい頃合いですし、さっそくいただくとしましょうかっ」

 どうやら、“それ”は食べられるモノであるようだ。壱さんのほくほく笑顔から察するに、なかなかよいお味っぽい。

 壱さんじゃあないが、我がお腹事情的にもよい頃合いなので、バツの“それ”には少なくなく関心がある。意識を向けると、胃袋さんがぎゅるぎゅると切なげに鳴きおる程度に。

 なのでオレは、

「どういうモノなの?」

 お茶を渡すついでに訊いてみた。

「え、えっとねっ」

 バツは控えめなエヘン顔をして腕を突き出し、布袋の中を見せてくれる。

「あと、これ、おちょおおおおろろろろろろろろ!」

 あと、これ、お茶だよ――と、湯のみを手渡そうとしたそのとき。見てしまったは、布袋の中身である食べられるモノであるらしい“それ”の正体。見なければよかったと、しっかりバッチリ見ちゃったあとに思うたところで後悔は先に立たず。だが、まずは、“それ”を直視するよりなにより、湯のみを落とさなかった不動の我が手と腕を褒めてあげよう。ヨシヨシ、イイコイイコ。

「どどどうしたのう? と、トウお兄ちゃん?」

 転じて不安そうに眉尻を下げ、バツは潤みの増した瞳で上目遣いにこちらをうかがう。

「え、う、うん。なんというか、予想外というか、いろんな意味で“それ”にビックリしちゃってね……ハハッ」

 努めて“それ”を見ないよう、バツの襟ぐりからのぞく繊細な造形の鎖骨に意識を注ぎながら、「あ、あと、これ、お茶だよ」と渡し損ねた湯のみを改めて差し出す。

「それで、その……、ひとつ確認したいんだけど……」

「な、なあに?」

 バツは湯のみを受け取りつつ、小首を傾げる。

「“それ”は、食べられるモノなんだよね?」

 先ほどの壱さんのお言葉とノリからオレがそう思ったたけで、じつは違うということもあり――

「うん、そそうだよう」

「そっかー」

 ――えなかった。

「やっぱり食べられるんだぁ……」

 というか、これから食べるのかぁ……。

「刀さんがひとつ物知りになったところでっ」

 シビレを切らしたヒトが爆発したときのような突発的ハツラツさで、

「調理のほう、お願いしますねっ」

 壱さんが言うた。お顔には、形容し難い“圧”をかもし出す微笑みが浮かんでいる。

 それを見やったバツはぶるっと肩を震わせ、

「ちちちょっとま待っててね、いイチお姉ちゃん」

 お尻に火がついちゃったかのような危なっかしい忙しさで、調理の準備を始める。

 ツミさんも微苦笑を浮かべつつ、それに付き合う。

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