承/第四十七話:ムシムシ尽くし(其の三十四)
――転瞬。
夕食の準備が整った、とツミさんが呼びに来てくれた。
その報を耳にした約一名は、スッと淑やか立つと、
「さ、行きますよ。刀さん」
言うておいてこちらの応えを待つ素振りなぞ一切なく、もうすでに“行く”ための一歩を踏み出している。
そんな約一名の揺るぎない頑強な意志によって速やかに、お夕食の時間とあいなった。
美味しいお夕食を美味しく味わいつつ、折り紙のことやらなにやらについて話しかけてきてくれるバツに言葉を返したり、それを見たツミさんやロエさんやジンさんがかけてくる言葉に返答したりしていたら――そちらに意識を向けていたら、不意にプロボクサーがパンチを打ち放ったときのような風切音が聞こえ、手腕の肌が微風を感じた。
なんぞ? と疑念を懐きつつも、とりあえず次の“食”を口に運ぶため、自分の皿に意識を向ける。……おやおや? いまさっきまで確実にそこにあった“最後に食べようと思って確保しておいたヤツ”が、どうしてかしらん、消息不明になっとるわっ。
なんとなく。
とくに他意はなく。
自分の皿から、お隣の壱さんに意識を向けてみる。
餌袋をいっぱいにしてもきゅもきゅしてるハムスターのごとく、ほっぺをいっぱいに膨らませてお食事をしている、それはそれは幸せそうなお顔があった。
「美味しいですか? 壱さん」
「ふぁい――」
と首肯してからしばし。壱さんはじっくりと丁寧に咀嚼をおこない、名残惜しそうに最後、嚥下をしてから、改めて口を開く。それはそれは素敵な笑顔で。
「とっても美味しくて幸せです」
それは、なによりです。
楽しく美味しいお食事が終わ――ろうとしたところで。
壱さんが、お茶を飲み干して口内をスッキリさせてから、「よろしいですか」とやや控えめに発言した。
「お茶のおかわりですか?」
食卓の中央に置いてある縦長の瓶に手を伸ばし、まだお茶が残っているかをいちおう確かめる。持った感じ、あと一杯分くらいはありそうだ。
「え、あ、いただきます」
とのことなので、壱さんから湯のみを受け取り、お茶を注ぐ。六分目ほど注いでお茶はなくなった――が、まあ、ほぼ一杯分ということで。湯のみを返す。
「ありがとうございます。……て、いえ、注いでいただいてから言うのもアレですが、私はお茶を所望したわけではなくてですね」
壱さんは仕切り直すようにひとつ咳払いをしてから、「よろしいですか」と口を開く。
「明日、日の出と共にここからたとうと思います」
それを聞いたロエさんは残念そうに、「もっとゆっくりしてくださっても――」とおっしゃってくれた。
しかし壱さんは、そのご好意は受け取りつつも、
「私たちは、まだ旅の途中なのです」
と口を動かす。眉は名残惜しむようにしゅんとしていたが。