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承/第四十五話:ムシムシ尽くし(其の三十二)

「アッー! いだだだだっ!」

 容赦なくベチンベチンと打たれてオレは、

「無理です痛いですぅ! ジンさんっ!」

 早々にギブアップした。

「そんなに強くやったつもりはないのだが……」

 ジンさんはベチンベチンする動作を止めて、

「ふんむ、どうやらキミは繊細らしい。すまなかった」

 と、申し訳なさそうな顔をする。

「いえいえ、そんな」

 実際にやってみると、想像していたより“痛かった”から、反射的に驚いて声を上げてしまったけれども。

「謝るようなことじゃあないですよ」

 べつに、ジンさんが悪いわけではない。ただ、オレが慣れていないから、より強く“そう”感じてしまっただけのことで。

「あの、代わりと言ってはあれですけれど」

 オレにやらせてもらえますか、とお訊ねしてみた。

「そうか?」

 ジンさんは、いまだ凹凸の激しいお顔をほころばせて、

「では、お願いしよう」

 こちらに背を向ける。

 必要な部分に必要な筋肉がある、まったく無駄のない、極めて実用的な、本物の“騎士/戦う者”としての“肉体/背中”が、そこにあった。汗ばんだその“肉体/背中”には、漢の艶がある。

 なんというか、壱さんとは極めて似て極めて非なる“本物”らしさだ。――と、直感的に、感覚的に、なんら根拠もなく感じた。

「……む? どうかしたのか?」

「えっ? いえ、どうもしてないですよ」

 ええ、決して、断じて、ジンさんの汗ばんだテカテカ“肉体/背中”を注視していたなんてことは、ないのです。

「そうか?」

「ええ、そうですっ」

 渾身の力でベチンと打ってオレは、ジンさんに応じた。

 そこから間を置くことなく連続して、ベチンベチンと打つ。打ち込む。

 輪郭がトゲトゲした葉っぱの、枝葉の束で。

 大太鼓にバチを打ち込んで響き轟かせるがごとく。

 打つたびに熱い汁が飛沫となって宙を舞う、“本物”の“肉体/背中”を。

 ベチンベチンと――。

 枝葉の束で肌を刺激し、発汗をうながして、より汗をダラダラかくのが、主に男同士で“この”お風呂に入った場合の、ひとつの風習なのだそうで。やるか、やらないかは、そのヒトの好みによるらしいが、男同士で“この”お風呂に入ったら大概、いわゆる“お約束”的なノリで、どちらがより汗をかくかという“おバカな漢の勝負”が開催される――らしい。我が貧弱ボディーの耐久力では、漢の“それ”が始まる以前に、「無理です痛いですぅ!」でございましたが……。

 まま、それはさておき。

 ここで、ひとつ想像してみよう。

 普段はウサ耳ツインテイルにしている髪をお団子に結い上げた“これでいいのだ”的に女性用の湯浴み着をまとう“彼”であるところのバツと、ふたりっきりで“この”お風呂に入って、“おバカな漢の勝負”をやった場合のことを。

 汗をしぶかせながら、ベチンベチーンとやりやられるわけですよ。

 みなぎってくるじゃあ、ありませんかっ。

 たかぶってくるじゃあ、ありませんかっ。

 ――ねっ!

「……さっきは、黙っていてくれてありがとう」

 ファンタスティコな想像に、胸の内でグッと拳を握っていたら、

「助かったよ」

 なぜかジンさんに感謝された。

「え? ……えっと、……あの、なにか助けるようなことしましたっけ?」

 心当たりがないのですけれども。

「ロエの前で、訊かずにいてくれただろう」

 ……はて? なにか訊いたかしらん?

「あのとき、場を改めて必ず話すと約束したからな」

 場を改めて話す? うーんむ?

 …………あ、ん? あ、ああ、なんかヌルッと思い出したっ。

 鬼気として危機迫る勢いで肉薄してきたジンさんに、口をふさがれたときのことかっ。

 ……確か、そう。畦道で襲ってきて、けれど壱さんの手にした“あるモノ”を怖がるふうに、「おおおぼえてろよ!」と捨てセリフを置いて去ったときのジンさんについて、お訊ねしようとしたんだ。そういえば。「どうして、おまんじゅうを怖がるような態度をしたのか――」と。

 改めて“お訊ね”を声にすると、それを聞いたジンさんは、困ったふうでもあり、恥じ入るふうでもある微苦笑を口元に浮かべた。くたびれたタバコが似合いそうな口元である。

「誤解しないでほしいのだが――」

 真摯な眼差しある顔に瞬と転じてジンさんは、

「決して、まんじゅうが嫌いというわけではないんだ」

 最重要事項をあえて主調強調する口調で、そう告げてきた。

「は、はあ……」

 言葉と行動が一致してないと思うのですが……。

 とりあえず、相づちを打つ代わりに、枝葉の束でベチンッと一発、強めに背中を打っておく。

「それで、まあ、その、な、キミの問いに対する答えだが――」

 まんじゅうが嫌いというわけではない、と前置きを述べたときの勢いはどこえやら。ジンさんはやや聞き取りにくい音声で、ごにょごにょと話し始める。――その背中が、いままで“本物”の“それ”に見えていたその背中が、一日に飲んでいい約束本数以上の酒をたしなんだうえに「ついつい飲んじゃったっ。ごめぇ~んねっ。てへぺろっ。――なぁんつってなっ。だははは」とか酔った勢いでふざけたことぬかしてお袋の逆鱗に触れてこっ酷く叱られてシュンとしてる我が親父の背中と、似て見えてしまうのは、どうしてだろう。…………まあ、ともあれ、「てへぺろっ」はないぜっ、親父っ。

 ――閑話休題。

 ジンさんの“お話/お答え”がちょいと道草喰い多めな言い回しだったので、ここは我がざっくり解釈による要約を述べておく。

 愛情に、肉体が耐え切れなかった。

 つまりは、そういうことらしい。

 次期当主として時代に負けない“まんじゅう”の研究開発に熱心なロエさんを、ジンさんは“己にできること/材料運びなどの力仕事/家の掃除といった雑用”を全力でおこなうことでサポートしていたようで。

「“唯一の正しい選択”をしたと、ロエは“それ”が当たり前であるかのように言ってくれるんだ。一緒になったことが原因の“よくないウワサ/風評”を、時に容赦なく投げつけられても、な。だから、せめて、ロエが“注力できる環境”を――」

 そんなジンさんに全力で応えるがごとく、ロエさんは一日に数百という、とてつもない数の新まんじゅうを考案して試作品を作り出す。

 そして、最強サポーターたるジンさんは、それらを試食して意見を述べる。時たま斬新が過ぎて、常人では食べられないモノもあったとか。

 ともすれば、なんら問題ない、支えあうよき夫婦の図である。

 ――が、しかし。

 一日に数百もの新まんじゅうを試食し、それが連日――というのが数年、ついこの間までおこなわれていたわけで。

「ある日を堺に、まんじゅうを見ると腹の調子が崩れるようになってしまってな……」

 胃と腸が「もう……勘弁してください」と書置きを残して家出してしまったのも、まま理解できるお話だ。どんなに“精神/愛情”が“強靭/一途”な限界知らずであろうとも、“肉体/胃腸”のほうには最後の一線、“生きる”的な意味で超えちゃダメな“限界/一線”がある。

 しかしだからといって、胃と腸が書置き残して家出したからもう試食はできないと告白することも、まんじゅうを見たとたん調子を崩す姿をさらすことも、ジンさんは自らに許さない。ゆえに、胃と腸の後を追うように、「…………剣の道を、忘れ去ることができなかったんだ」とウソを言い残して、家を飛び出した――。

 ――という諸々の事情から、“意図せずして/意に反して”まんじゅうを怖がるような態度をしてしまう、してしまった、らしい。

 複雑なような、単純なような、「もう結婚しちゃえよ」と言いたくなる諸事情である。まあ、もうすでにご夫婦でございますが。

 けれどもしかし、相手のことを想うのなら、素直にゲロってしまったほうがよろしいんじゃなかろうかと、個人的に思う。信頼している親しい相手に気遣われて“真”を偽られるのは、まったく嬉しくない“優しさ”だ。偽られたら、それに比例して知ったときのショックは増量増大する。なにより、“偽り”はいずれバレるというのが世の既定事項だ。――が、我が親父のごとき「てへぺろっ」的な素直さは、相手の神経を逆なでするだけだろうから、あまりオススメはしない。いい歳こいた大人の男がガチで平謝りする姿を目撃した者としての、これは至極個人的な意見だが。

「ん、んん……。わかってはいる……のだが、な」

 ジンさんはポソポソと口を開閉させて言葉をこぼし、そこに答えが落ちているのを期待するがごとく床に眼差しを逃がす。それからまたポソリと口を開いて、一言。

「どう切り出したらよいものかと……」

 そんな爽やかに困り苦笑を向けられましても……。

 騎士なんだから相手の隙を見極めてズバッと斬り込んだらいいんじゃないですか――なんてふざけたこと言えるわけもなく。素直にゲロったほうが、とか述べておきながら、いざどうしたものかと訊かれると、“的確な返答”を持ち合わせていないオレである。

 反射的に正論ぶりっ子しちゃうの改めたほうがよろし、と脳ミソに戒めを焼印しつつ、ぶりっ子を発揮しちゃった手前、いちおう、頭をひねってみる。

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