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承/第四十三話:ムシムシ尽くし(其の三十)


「……なにを、しているんだ?」


 ウワサをすればなんとやら。

 声のしたほうを見やると、そこにはジンさんの姿があった。バツを“お姫様抱っこ”してスクワットするオレを見て、頭の上に疑問符を浮かべている。

「突発的に、足腰を鍛えたくなりまして」

 だから、バツに“加重/負荷/ Weight ”になってもらって、“運動/スクワット”していたんです。――と、オレは、爽やかな“スポーツ汗”を額に滲ませ、爽やかな“スポーツ吐息”を「はぁはぁ」吐きつつ、説明した。決して、断じて、バツを抱っこしていることに「はぁはぁ」しているわけではないのです。絵図ら的にはそう見えてしまったかもしれませんが、それは錯覚です誤解です勘違いですっ。

「……その」

 ジンさんは言い難そうにしつつ、重たげな口を開いて、

「あえて言わせてもらうが――」

 と言葉を投げてくる。

 違うんですって、

「“それ”だと」

 だからそれは錯覚で、

「鍛えるどころか」

 誤解で勘違いなんですって、

「むしろ足腰を痛めてしまうから」

 わかってくださ――

「やめたほうがいいぞ」

「――え?」

「キミの“それ/運動/スクワット”は、絶対にケガをするからやめたほうがいい、と」

 ジンさんは気遣うヒトの表情をして、そう告げてくる。

「あ、はい。わかりました」

 ジンさんは王国近衛騎士団に属していた“騎士/戦うヒト”である。少なくとも確実にオレよりは、人体や運動に関する知識を有しているだろう。ここは素直に従っておいたほうが、文字通り“身のため”だ。

「忠告、ありがとうございます」

 ジンさんに述べてから、腕の中のバツを見やり、

「バツも、ありがとう」

 我が思いつきに「イヤッ」と言わずお付き合いしてくれたことに、いろんな意味を込めて、感謝の意を伝えておく。もしこれで「イヤッ」と言われていたら、オレは“この歳/高校生”にして、思春期の愛娘にウザがられる世の父親の悲哀を味わうことになっていただろうからねっ。本当に、本当に、バツがよい子でよかったのだわっ。娘じゃないけどっ。

「ど、どう、いいたしまして」

 ほっぺを微かに赤らめ、バツは口をもにょもにょさせる。しばし眼福な“それ”を継続してくれてから、はっ、と不意に“彼”は、なにか重大なことを思い出したふうにジンさんを見やり、

「か、か顔は、だだいじょーぶですか?」

 ともすれば容赦なく心をえぐりにいっているような言葉を、心配そうな表情で投げた。もちろんバツは、その天使のような愛らしさで心をえぐりにいっているわけではなく。純粋に、純心に、ジンさんを気遣っているのだろう。

「大丈夫だ、問題ない。ありがとう」

 ジンさんは温かな微笑みある眼差しで、そう応じた。

 正直なところ、まったく大丈夫そうに見えない凸が凹な顔面事情だが、本人が大丈夫と言うのだから、まあ、たぶん、ご本人的には大丈夫なのだろう。……目尻に若干、水分がたまって粒になりかかっているように見えなくもないが、気のせいだ。きっと“あれ”は、男の子が時たまお目々に滲ませる、漢の汗という名の、熱い汁だ。間違いない。

 ジンさんは熱い汁が微かに滲む視線をバツからオレに移して、

「風呂の準備が整ったから、よければ汗を流してくれ」

 と、ご報告してくださる。

「夕食の準備が整うまでは、もうしばし時を要するだろうから、その間にでも」

「はいっ、いただきますっ」

 ジンさんの熱い汁を見たらば、自分も熱い汁を流したくなってきたのだわっ。だって、男の子だものっ。……いや、まあ、とくに性別は関係ないけど。

 ともあれ。

 適切でなかったとはいえ、スクワットという運動を軽くおこなったあとのオレである。お夕食のまえに、多少なりとも噴出したベッタリ汗を、キレイにサッパリしておきたいと思うわけです。

「湯浴み着は、ここに置いておくぞ」

 ジンさんはそう言って、人数分の湯浴み着を部屋の隅に置き、

「では、これで」

 と、軽く頭を下げてから去り行く。

 その背を追うようにして、オレはスッキリ爽快するための一歩を踏み出す。

 行くぜっ! お風呂場っ! チョー行くぜっ!

「あ、ああのあのっ、とトウお兄ちゃんっ」

 無駄に喜び勇んでお風呂場へ行こうとしたら、バツにお呼ばれした。

「ん? なあに?」

「あ、あのね」

 バツは、眉尻を下げた、どこか申し訳なさそうな表情で述べる。

「とトウお兄ちゃんと、い一緒にお風呂場に行っちゃうと、いいイチお姉ちゃんがひとりになっちゃうから、ね寝ている間にひとりになっちゃうのは、ボ、ボクはとってもイヤだから、ボクはあとでお風呂に入ることにするよう」

 …………あ、……いや、この短い間に、ついうっかり壱さんが安眠中だったことを、ついうっかり失念していたなんてことは、まったくもって一切ないですけれどもっ…………壱さんっ、なんかごめんっ。だって、だって、バツの温もりと肌触りと重みがっ――

「だだからね、トウお兄ちゃん。ぼボクをね、お下ろしてほしいんだな」

 うるうる潤んだ瞳でこちらを見上げてくれる、我が腕の中のバツと、目が合う。

 なにかしらん、この胸の内でたぎる形容し難いモノは……。

「とトウお兄ちゃん?」

 …………おっとうっ! 思わず超見つめちゃったぜっ!

「で、なんだっけ?」

「ぼボクを、お、下ろしてほしいの」

 バツは困り果てたふうに眉をハの字にする。

「はは、ごめんごめん」

 べつに“彼”の困り顔が見たかったわけじゃあ、ない。念のため。

 いやぁー、こいつぁー、うっかりだぁーなぁー。

 万が一にもケガを負わせてしまったら、もう舌を噛み切ってお詫びするしかないので、慎重に慎重を重ねたゆっくりさでバツを下ろし、解放する。

 手腕に“存在/触感”を名残り惜しむ切なさを感じつつ、そういえば、と気づく。無駄な喜びの勇み足で、湯浴み着に着替えるのをすっかり忘れていた。

 速やかに全裸となり、ステテコのような湯浴み着に衣装チェンジする。バツが居るその前で全裸ったわけだが、べつに“彼”の前で全裸になることに、なんら問題はない。壱さんが“その場の思いつき根競べ”をやらかしたときの着替えも、そうだったわけだし。うん。問題ないのだ。

 違うんです、ただ着替えただけなんです。他意はないんです。――と、事実であり真実である言葉をくっ付けると、あら不思議、とたんに他意があるようにかんぜられるのは、どうしてかしらん? ……本当に、本当にっ、ただ着替えただけなんだからねっ! か、かか勘違いしないでよねっ! わたくしは壱さんのしっとり“ふ・と・も・も”に心がお祭り騒ぎしちゃうピュアで健全な青少年なんだからねっ!

 ……まま、それはそれとして。

 とりあえず、お風呂場へ向かおう。

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