承/第四十話:ムシムシ尽くし(其の二十七)
「申し訳ございませんでしたっ!」
戻ってきた壱さんとオレを、そのおヒトは床板に額をこすりつける全力土下座の体勢でお出迎えしてくれた。体勢的にお顔は見えないけれど、ボロボロというかボコボコなかんじは場の空気から迫るように伝わってきた。
そのすぐお隣には、
「ジンが、夫が、無礼なおこないをし、迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
同様に正した体勢で頭を下げているロエさんのお姿があった。
床板に額をこすりつけているそのおヒトことロエさんの夫さんであるジンさんと、真摯に頭を下げているジンさんの奥さんであるロエさん――
ご夫婦そろって仲良く謝罪体勢でお出迎え、……という。
それがよりにもよって衣食住をお世話になっている相手、……という。
「おっと……」
正直、激しくいたたまれないぜっ。
とりあえず、
場所を居間に移して――
あっれぇ……。
いまここにある実体のない“それ”に直面してオレは、心の内側で首を三百六十度ほど傾げた。
居間というのは、基本的にはまったりくつろぎ空間である。“個々人/家々/家族”それぞれの“嗜好/思考”が反映されるので一概に言い切ることはできないが、意図せずして無防備に“素の自分”をさらしてしまう空間であると、個人的には認識している。
――だというのに。
どうしてかしら、とっても息苦しいわっ。
けれどもアレやコレや逃るる術を考えたところで、現実はこれっぽっちも“早送り/スキップ”できないので、ここは潔く、やや伏し目がちに、“それ”と向き合うことにする。
現在位置であるロエさん家の居間は、古きよき日本家屋っぽい木造で、我が学び舎のひとクラスおよそ四十人の生徒がそれなりにゆとりを持って机を並べて教師の話しを聞き流せる教室ほどの広さがあった。板張りの床には絨毯的なモノが数枚重ねて敷かれてあり、その上に座布団的なモノを敷いて座す。――ただいま、壱さんと並んで座しております。
壱さんやオレやツミさんやバツが寝起きさせてもらっている客間とは異なり、居間には家主の生活の一部として共に時の流れを経験している証明として、独特の“におい的な雰囲気”があった。ヒトによっては“それ”が苦手だったりするけれども、個人的にはなんとなく落ち着くモノがある。……感じえるモノが“よく知っている”を胸の内によぎらせるから、郷愁チックにそう感じるのかもしれない。
――向き合うと述べておきながら。
居間の内装をじっくり“鑑賞/観照”するとか、“視線/意思”がだいぶ寄り道しちゃったけれども、さすがにもう“それ”へ辿り着いてしまう。
正面に並んで座していらっしゃる、
ある意味で仲がよろしい、
ご夫婦に。
謝罪の意が伝わる真摯なお顔のロエさんと、
ボッコボコ過ぎる痛々しいお顔のジンさんに。
…………なんというか、ジンさんがもはやただの重傷者という。
「……あの」
あんまりにもあんまりなので、治療的なことをしたほうがよろしいんじゃなかろうかと進言してみた。
「“害した者”を気づかうとは……、なんと器量の大きい……」
ジンさんは感心したヒトの口調で言ってから、
「現役のとき味わったモノと比べたら、大したことない。だから、そのお気持ちだけ受け取らせてもらおう。――ところで、“ろれつ”が治ったようだな」
と、気づかいの言葉をこちらに投げてくれる。やたら渋くてカッコよい音声で。
「おかげさまで、気がついたら治ってました」
「なによりだ」
器量が大きいのは間違いなくジンさん、あなたです。
――ともあれ。
この状況でオレは、いったいどうしたら“正解”なんだろうか?
そんな我が疑念に対して、“かくあるべき”と模範解答を教授してくれるヒトの姿は一切なく。
ただただ、なんとも述べ難い“沈黙の間”が生じた。
――けれど“それ”は、“それ”を“言葉なき閑話休題”と解釈したロエさんの発声によって、刹那で終わる。
「お話は、ツミさんとジンの口からうかがいました」
長い金髪で縁取られたお顔にある、初対面したときどちらかと言えば柔和な印象を受けた眼差しが、いまは真摯で真剣であるがゆえに刃物的な鋭さを放っていた。けれどそれは他者を害する暴力的なモノではなく、極々純粋にロエさんの“そのヒト”に対する“気持ち/想い/心”を語るモノと感ぜられた。
ロエさんは金色で装飾された白主色の法衣のような服のなりをピッと手で整えてから、
「まことに申し訳ありませんでした」
改めて、深々と頭を下げる。
そんな奥さんであるところのロエさんの姿を見たジンさんは、“痛む心”の底から申し訳なさそうな、ほとんど泣いているような表情をしてから、責任あるヒトの顔になって、ロエさんをかばうように前に出て、「悪いのはすべて――」と謝罪の言葉を口にする。
「いえ、あの……」
どうしたらよろしいのか、どんな顔をしたらよろしいのか、オレにはもうこれっぽっちもわからないぜっ。…………いたたまれないのだわ。
――そんな渦中、
「ふぁ~、むにゃむにゃ……」
あまりにも場違いな“のほほん空気”でカットインしてくる猛者が、驚くなかれ、我がお隣に座していらっしゃった。
猛者こと壱さんはとてもとても眠たそうに顔を洗うネコみたいな動作をして、
「込み入ったお話をしているところ申し訳ありませんが……、ふぁ~、むにゃ……、私はちょっと……、むにゃむにゃ……、食後の運動後の仮眠を――」
ぽんぽこタヌキの置物が横転するがごとく、ゴロンと寝転がる。
「あぁ~、あとのことはすべて夫である刀さんにお任せしますねー。あ、それから、お夕食の準備が整ったら必ず起こしてくださいよっ! 約束ですよっ! 約束っ! おやすみなさい」
「おやすみなさい――って、ええ!」
壱さん眠いんじゃなくて面倒臭いだけでしょうっ! 絶対っ!
「ぐぅーぐぅーすやすやにやにやえへへへへ」
くそう! 夢の世界に逃げられてしもうたわっ! この速さ、船は手漕ぎじゃなくて超高速モーターボートかっ!
「……ぐぬぬ」
この状況で手元に選択できるカードが一枚もないわたくしは、いったい“どうしたら”よろしいのでしょう? ――胸の内で、お隣の眠りタヌキネコにお訊ねしてみた。それにあわせて、抗議する眼差しを向けてみる。至極ついでに、極々ついでに、そこにある憎たらしいほどすやすや寝息のお顔を“鑑賞/観賞”させていただく。――それはそれは、とっても愉快そうに、微笑んでいらっしゃいました……とさっ。……これ、寝てるんだぜ?
――とか、意図せずして現実逃避している間にも、目の前の仲良しご夫婦はお詫びを申し上げてきなさる。……ちょいと過度じゃなかろうかと思うのですが。
いちおう関係者というか当事者というか関わりがなくもない立ち位置だけれども、もっとも距離が遠いところに立っているのがオレである。いろいろとお詫びするべきはオレではなく、ツミさんやバツが的確というか道理じゃなかろうか。――で、ふたりの次に、ちょいとばかり拳で語らった経緯のある壱さんが、今度は言葉で語らったら、なんとなく収まりがよろしいんじゃなかろうか。……なして目の前の事実は、まったくそうなっていないのでしょうねっ。摩訶不思議だわっ。
ここまで詫びられるに価しない立ち位置にありながら、ここまで詫びられるというのは、言葉を選ばずに述べると“苦行”である。まさに心苦しいというか、心が苦しい。悟りの境地に至ったお坊さんじゃないので、耐えられるわけもなく。――なので、
「…………あの~」
と話題をやや右斜め前方へそらすことにする。……この状況で話題をガラリと一切変えられるような猛者と書いて壱さんの域に、オレは至っていないのです。
他者へ気づかいの言葉を投げることができ、きちんと自らの非を認めて謝ることができる、接してみるとじつに“まとも”なオッサンであると知れる、品行方正と称しても過言ではないジンさんが、少なくとも我が育ちしお国の“行政の運営に関わる先生ら”よりはよっぽど品行方正だと思えるジンさんが、“あんなこと”を積極的にやらかすような人物に思えず。じつは背後に“やんごとない理由”があるんじゃなかろうか。――と、逃避のためにフル回転した脳ミソが推察しちゃったので、そのあたりを問わせていただいた。
それに対して、ロエさんとジンさんは“あんなこと”に至る経緯を語ってくださる。
――の、だが。
先ほどとは性質の異なる“苦行”が始まろうとは、予想外でございました。
まさかね、ふたりの“馴れ初め/のろけ話/過去回想”から語られようとはね。いったい誰が予想できますか。口直しと思って口にしたモノが超甘すぎて、まったく口直せなかったときの、なんとも言えない気分ですよ……。
……配慮なく、言葉を選ばずに述べさせてもらいますっ。
この“苦行”おしどり夫婦めっ! まったく、お幸せそうでなりよりですよっ! だから! もう本当に勘弁してくださいお願いします……。
ロエさんとジンさんが語ってくれた“あんなこと”に至る経緯という名目の“馴れ初め/のろけ話/過去回想”は、なんかもう糖度過多で心身に毒なので、断腸の思いでざっくりバッサリ編集したモノを述べておく。
――数年前。
場所は、クレベル王国の王宮だったそうな。王室に“おまんじゅう”を献上するため参上したロエさんと、王国近衛騎士団に属し王宮の警固に当たっていたジンさんは、“運命の女神”の小粋なイタズラとしか思えない出来事によって、偶然という名目の必然によって、“出逢った/出逢えた”のだという。
なんかもうこの時点で、ふたりがちゅっちゅしちゃう物語が成立しそうな、ロマンティックな雰囲気がバシバシ感ぜられるわけだが――。それはそれとして。
手を取り合っていざ歩まんとするふたりの前に、高い壁が立ちはだかる。身分の違いだ。
騎士というのは、てっきり職業軍人的な職種のことだと思っていたのだが、どうやら国王から与えられる貴族の“階級/称号”であるらしい。
王室が頼んで献上してもらっているという由緒ある“まんじゅう屋”の次期当主であるロエさんでも、列記とした“騎士/貴族”であるジンさんとでは、そもそも生まれが違う。ふたりの歩みは、周囲から一切の理解を得られなかったらしい。とくにロエさんは、女の身体を武器にして貴族に取り入る“悪女”云々と、暴力的な耳に届く陰口を投げつけられたそうな。ジンさんがわりと騎士として名の通った人物であり、なにより婚約者のある身であったから、余計に“そう”なってしまったらしい。
ちなみにその婚約者というのは、国王に近い貴族なお偉いさんの令嬢さんで、将来有望なジンさんと“家”がつながりを持つために立場を利用して勝手に取り決められた存在のようで。なんでも、面識もなく名前を聞かされただけで、婚約が成立したことにされてしまったらしい。
そんなこともあってジンさんは、ひとつの決断を、けれどわりとあったり当たり前のようにくだしたそうな。――“身分/名前”を捨てる。その決断を。
国王から与えられたモノを、与えられた側から放棄するというのは、なかなか大胆不敵な行動であるらしく。ともすれば、投獄されたり処刑されたりしてしまうほどの大事のようで。そのことからジンさんの、そしてロエさんの、手を取り合って歩むことへの覚悟がうかがい知れるわけだが――。
どうやら国王も、その“ふたりの覚悟”を正しく受け取れる器の人物であるようで。とくに罰することもなく、かといって盛大に“ふたりの覚悟”を称えるでもなく、こっそりとさりげなく美味しいお酒を贈ってくれたとのこと。――なかなか粋な国王さまである。
けれどだったら“身分/名前”を捨てなくてすむように取り計らってくれたら、と思わなくもないが、というか思うが、社会の構造とか個々の立場とか周囲の感情とか価値観とか利害が関わってくる事柄だろうから、これが“完璧ではないが最良な落としどころ”なのだろう。……たぶん。
――そんなこんなで。
紆余曲折を経て、ついに手を取り合って歩みだしたふたりは、幸せと同義である苦労を味わいながら“おまんじゅう屋/メムス屋”を営み――。
末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし。
――で終幕していたら、まあ当然こんな“苦行”な事態にはなっていないわけで。
今現在からさかのぼること一週間と数日前。
家出してくれちゃったのだ。
ジンさんが。
驚きと抗議の気持ちを半々に、「なんでですかーっ!」とオレは思わず口にしていた。
「…………剣の道を、忘れ去ることができなかったんだ」
じつに渋くてよろしい音声でジンさんは、そう述べた。
戦争はある種の麻薬である。――と、どこぞの偉いヒトが述べていたような、気がするような気がする。やっと戦場から帰還した兵士が、家族と過ごす平穏無事な幸せなだけでは刺激が足りず、家族を置いてまた戦場へ戻ってしまう――。そんなことが実際に、それも少なくなくあるらしく。――まあ、平和ボケと称される日本で育ったオレなので、これは映画だったか小説だったかで得た知識だが。
ジンさんもまた、そんな生命の危機的な刺激の中毒者なのかと一瞬だけ思ったが、どうやらそうではないらしいという気配が感ぜられてしまったので、どうにも当惑してしまう。発言した瞬間から、まるでウソを述べたヒトがごとく視線が泳ぎまくっているのだ。……どういうことなのだろう? 真の家出の理由は、この場では述べ辛い内容なのだろうか?
…………はっ! ままままままさかっ! う、浮気とか、そういう大人な理由なのかしらっ。――いや、下手な勘ぐりはやめておう。そもそもジンさん、そういうことするタイプに思えないし。
――ともかく。
ジンさんは家を飛び出してくれちゃったのだ。そしてその勢いのまま、ツミさんとバツが食事処を営んでいた宿場町に流れ着く。ただ、剣と身ひとつで飛び出してしまったので、まったく所持金もなく、さっそく路頭に迷ってしまったようで。どうしたものかと悩んでいたらチンピラにからまれてしまい、けれどあっさり撃退。その腕を買われて用心棒にならないかと勧誘され、生命的に困っていたジンさんは“その話”を受けてしまったという。
結末的に、壱さんと拳で語らうことになってボッコボコにされてしまったわけだが。
――ちなみに。
この村へ来る途中で、“巨大なイノシシ的動物/壱さんの朝食”と追いかけっこしているロエさんと出会った経緯だが。
ジンさんが宿場町に居るらしいという話を風のウワサで聞いたロエさんが、時間差で宿場町を訪れ、ボコボコボロボロになっていたジンさんを発見。いろいろと話し合って、とりあえず家には帰るということになったのだが、多々事後処理するべきことがあったジンさんは、いますぐは帰れないと言う。ロエさんは絶対一緒に帰るという確固たる意思を表明するが、ジンさんに“収穫祭”の“夫婦大食い祝事”の仕込みをおこなう使命があるだろうと指摘されてしまう。ロエさんは現当主である父親やその弟子が代わりにやってくれる云々と主張するも、使命をおろそかにするのはよろしくないとジンさんに説得され、不本意ながらも先んじて帰路に着く。
それからほどなくして楽しくない追いかけっこが始まり――
壱さんの朝食が一丁あがりでごちそうさまでしたとなったわけです。
――と、まあ、ここまでふたりのお話をうかがい。
人生いろいろだなぁ、と思いつつ、なんとなくふわっと事情というか事の流れを察し把握した。そして改めて、頭を下げられるのは自分じゃあないなと確信を得た。――まま、それはそれとして。
お話をうかがってもなお、いまいちどうにも釈然としない“ジンさんの行動”があった。というか、お話をうかがって不可解さが増した。壱さんに“まんじゅう怖い”を話して聞かせた散歩のとき、畦道で襲撃してきたことである。
お話をうかがうまえにも思ったことだが、接して知ってみるほどに、ジンさんが“そういうこと”を積極的におこなうとは想像し難いのだ。あるいは顔面の皮がふてぶてしいほど分厚いのかもしれないが、いま実際に目の前にあるボッコボコに腫れて厚みの増した顔面を見てしまうと、ヒトとして到底そうは考えられない……というか、あんまりにもあんまり過ぎて考えたくない。いや、まあ、隣にいらっしゃる女性に、どうにも敵わないというところで、妙な親近感を懐いてしまったから、そう信じたいだけなのかもしれないけれど。――というのは、ちょいと脇に置いておいて。
いまは、なぜに“あんなこと”をしたのか、その真意をお訊ねさせていただく。
「あのときは――」
と、恥じ入るような微苦笑を浮かべる、ジンさんいわく。
誰かが誰かに襲われていたから、最初は助けるためにいたしかたなく剣を振るったとのこと。この“誰か”は、前者がオレで、後者が壱さんのことだろう間違いなく絶対に。問答無用で口に拳を突っ込まれたときのことだもの、忘れたくても忘れられないわっ。
――つまるところ。
オレにとって忘れられないその“構図/光景/思い出”が、ジンさんにはヒトがヒトを襲っている現場に見え、誰かであるところのオレを助けるために武力介入したというのが、事の“真相/真意”であるようだ。これを聞いて、どうしてジンさんを責められよう。少なくともオレには、責められません。
ただ、“最初は”、とあえて述べたのは、どうゆうことなのだろう?
そのことについて問うと、
「“あのときのキミたち”だとわかった時点で、剣は納めるつもりだったんだ」
ジンさんは居心地がよろしくなさそうに、じつに歯切れ悪く述べる。
そこから継ぐ言葉が出てくるまで数瞬、沈黙の間が生じた。
「しかし、その……、剣の道に“生きる者/活きる者”として、いや、“生きた者/活きた者”として、どうにも、真の強者を相手に、血がたぎってしまったというか、心が躍ってしまったというか、ムキになってしまったというか、…………申し訳なかった」
自制できなかった自らを叱るような苦々しい表情を浮かべてジンさんは、またも頭を下げる。
いま思ったことを、あえて言葉を選ばずに述べさせていただく。どうやらジンさんは、愚直な剣の道バカのようだ。
――ふと。
そういえば、という軽いノリで。
もうひとつお訊ねしておきたい事柄が、脳裏に浮上してきた。「おおおぼえてろよ!」とジンさんが捨てセリフを置いて去ったときのことである。
「あのとき、どうしてジンさんは、おまんぐむっ!」
おまんじゅうを怖がるような態度をしたんですか? と言い終えるより先に、鬼気というか危機迫る勢いで肉薄してきたジンさんの手に、口をふさがれてしまった。
ジンさんは追い詰められたヒトの表情をこちらに近づけ、我が耳元で、
「いまキミが言わんとしていることについては、場を改めて、必ず話す。だからいまこの場では、訊かないでくれ」
せっかくの渋さが台無しになる必死さ伝わる小声で、そう言ってくる。
よくわからないが、なんかダメっぽいというのはヒシヒシと伝わってきた。オレは一切の迷いなく、即返答する。
黙して、ひとつ小さく首肯。
それを受けてジンさんは、安堵するように小さく短く息を吐く。そして我が口から手を離して、“ありがとう”という意が伝わってくる眼差しをこちらにくれ――刹那、その眼差しは驚きの色を滲ませながら瞬と遠ざかる。
ロエさんが、ジンさんの襟首をむんずとつかんで引き戻したのだ。
「もうっ! どうしてあなたは失礼なことばかりやるんですっ!」
なんかもはや大きい子どもを叱る母親にしか見えないロエさんに、
「いや、その……すまん」
ジンさん、ただただ平謝り。
なんでだろう、平穏無事という言葉が思い浮かぶのは。