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承/第三十九話:ムシムシ尽くし(其の二十六)

 眠っていた変態力をほぼ総動員してテンションを上げ、記憶を強制上書きしてみようと試みたけれども、しかしそうしようとすればするほど、考えないようにすればするほど、残念なことに“それ”はより鮮明さを増して脳裏に浮上してくる。

 なぜ壱さんは、シズさんに“いのち/生命”を狙われていたのだろう?

 過去形で“友”と述べていたけれど、実際のところはどのようなご関係なのだろう?

 ――などなど。詮索するとか、失礼極まりないことだと重々承知しているけれども、ふたりの“やりとり”を“目で見て/耳で聴いて/肌で感じて/体感して”しまったので、どうしようもなく気になってしまうのだ。というか、いまさらながらに“そのこと”を自覚したから、余計に知りたいのかもしれない。壱さんが“何者であるのか”をほとんど知らない、“そのこと”を。

 ……なんというか。いやらしいな、オレ。

 ――と、思いつつも、“知りたがりのオレ”はとても強く。

「ふと気になったことを訊いてもいいですか? 壱さん」

「はい? なんですか? ……あ、私の寝床での持ち技の数がふと気にってしまって、刀さんはムラムラしてきてしまったのですねっ。わかります。妻である私にはわかりますよぉっ」

「いえ、違います」

「じゃあっ、なんだと言うのですかっ」

 なぜにちょっと不機嫌になってしまわれたのっ?

 というか、寝床での持ち技の数ってなんですか。……あれですか、経験から思うに、首をロックして意識を落とすとか、極上のマッサージ術で意識を落とすとか、そういう部類の持ち技のことでしょうかね? ――というのは脇に置いておいて。

「いや、その、さっきの戦いでは、“音の高い舌打ち/反響定位”をおこなっていなかったですけど、それでどうして、“あんなに”機敏に戦えたんですか?」

 じわりじわりと外堀を埋めて本丸を攻略するかのように、そんな問いの言葉を、我がお口は吐いていた。

「訊きたいって、“そんなこと”ですか……」

 壱さんは安堵と落胆が混在するよくわからない音声で言ってから、

「もうっ」

 面白くなさそうにほっぺをぷくっと膨らませる。

 顔の真横、横目で見た超至近距離に壱さんのほっぺがあって、ツンツンしたくなるほっぺがあって、オレは危うく“「そこに山があるからさ」症候群”を発症しそうになったが、“知りたがりのオレ”が速やかに“登山家的なオレ”をコンクリート詰めにして心の海に“チン/沈”してくれちゃったので、どうにか事無きを得た。

「――でも、まあ、やっぱり」

 壱さんはしみじみと感じ入るふうにおっしゃる。

「刀さんも、お玉々ぶら下げている立派な男の子なんですね」

「ん、んん? んん……。決して間違いではないですけども。というか、お玉々ぶら下げていますけれども。――どゆことですか?」

「“戦い/戦闘”に興味があるって、いかにも男の子っぽいじゃないですか。ですから、刀さんも男の子なんだなぁー、って改めて思ったわけですよー、ふぁ~」

 脈絡もなく、語尾でふにゃふにゃとあくびをかます壱さん。

「なるほど」

 本当に興味があるのは壱さんに関してですけどねっ。――なんて素直に言えるわけがなく。だから、

「――で?」

 と、姑息に疑問符でお話の先を催促する。

「むにゃむにゃ、へ? ああ、はいはい」

 我が知りたい意欲と反比例するように、壱さんはどこか遠くへ船出しそうな空気感で応じてくれる。

「まあ、あえて言うなら、経験に由来する“感覚/予測/勘”とでも申しましょうか。そもそも“音の高い舌打ち/反響定位”は“空間認識/空間把握”の補助でしかないので、絶対におこなわないとダメというわけではないのです。それに“空間認識/空間把握”で頼りになるのは反響音だけではありません。空間には常時あらゆる“情報/頼り”があります。空気の“触感/質感/温度/湿度/濃度/流れ/風味/におい”、地面の“触感/質感/硬度/粘度/震動/風味/におい”、水の“触感/質感/水温/水質/硬度/軟度/流れ/風味/におい”、光の発する熱の触感や質感、風や水の流れる自然の音、生き物が動く音、――などなど。“そこ”にも“ここ”にも“あそこ”にも常時、動作を決定するにたる“情報/頼り”があるわけです。なにより、反響音にはどうしても“反響して耳に届いてそれを解釈するまで”の時差が生じてしまいますから、状況に応じて臨機応変におこなうか否かを判断します。閉鎖的な場所や、対複数では、自分との位置関係を知るためにおこなう場合が多いですね。逆に、開放的な場所や、即応しなければならないときは、おこなわない場合が多いです。まあつまり、ザックリ申しますと、私の動きは“音の高い舌打ち/反響定位”だけを頼りにしているわけではないわけですよ。それに、さきほどの場合は、私が相手、シズの“動き方/戦い方”をよく知っていましたから、時差の生じる“音の高い舌打ち/反響定位”をあえておこなう利点がなかったのです。――というわけで。刀さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい、壱さん――って、ええっ!」

 なんともヌルッとした急展開にビックリして真横を見やると、そこにはお口を「むにゃむにゃ」させている壱さんの安らかなお顔があった。

「ぐぅーぐぅーすやすやにやにやえへへへへ」

 もう寝息を発てていらっしゃるっ! しかもいい夢を見ているっぽい! どゆことっ?

 ん、んん、んん……。なんというか、外堀を埋めている間に本丸が受付を終了しちゃったという……。どれだけ寝付きよろしいのさという、この事態……。

 攻略は計画的にねっ。――と、どこかの誰かが言っていたような気がしないでもないことを、どうして失念しちょったよっ! オレっ!

 しかし、だからって、寝ているおヒトを無理くり起こしてアレやコレや訊き出すなんて非人道的な行為、いくら“知りたがりのオレ”でもやろうなんて思わないわけで。

 いや、まあ、いずれ正しいカタチで“お訊きできる機会/教えていただける日”が訪れるだろう。たぶん。きっと。……そうなるといいなぁ。…………なるかなぁ。本丸攻略作戦、どうにも壱さんに先読みされていて、寝落ち強制終了という先手を打たれてしまったような気がしないでも……いや、さすがにそれは考えすぎか。

 ――まま、なにはともあれ。とりあえず。

 壱さん……、よだれを垂らして我が首筋の極々一部をデロデロに保湿してくれちゃうのは、“ありがとう迷惑です”というか、自分そこまで上級者じゃないっすというか、切にご勘弁願いたい。まあ、すでに手遅れなんですけどっ。ああー、もぉー、存分に潤っちゃうわぁーい。ひゃっほぉ~い……。あぁ……、生温かぁ~い…………。

「……なんだかなぁ」

 思わず口から出たそんな言葉は、けれど壱さんの望まれぬ保湿行為に対してではない。さして脈絡もなく、ちょいとした息抜き的に、ふとした拍子に間違えて自分を“俯瞰視/客観視”してしまった結果、ボロッと出てきちゃった“感想/見解/批評/言葉”だ。

 アレやコレや述べたり、アレやコレや知りたがったり、他者の領域にしたたかに踏み込まんとするのに、自分が安全圏の内側に立っている確証があるときしか“そう”しない。さっきだって、殺すための槍の切っ先が壱さんに迫っているのを認識していながら、四肢が反抗期だとか自分に対して都合のいい言い訳をのたまって、どうにかしようと行動しなかった。壱さんが“たまたま強かった”から、幸いにして今現在、オレは背中に壱さんの温もりを感じていられるけれど、“たまたま”が少しでも違うふうに作用していたら、まったく異なる今現在を実感することになっていたかもしれない……。想像するだけで、背筋に強烈な“悪寒/怖気”がはしる。――けれど“それ”は、申し訳なくもありがたいことに、いま背面にある圧倒的な“温もり/存在”によって速やかに中和される。

「……なんだかなぁ」

 まあ、だからって、オレが“創作された物語の主人公的な行動力”を身に付けたところで、“なにか”が変わるという保証はどこにもないけれども。

 けれども。

 しかし。

 ひとつくらいは、主人公スキルを身に付けたいと心の底で切望するわけさ。オレだってやっぱり、お玉々ぶら下げている立派になりたい男の子ですもの。“関心ある異性”の前では、ええカッコしいになっちゃうのです。

 ――だから。せめて。そう、せめて、「おおう……、なんでこんな羽毛のように軽いんだ……」とか、呼吸するようにサラッと口から吐けるようになりたいわけですよっ。

 でも実際、どうしたら“そう”なれるのかなぁ……。いや、まあ、奥義書的な近道を模索するより、地道に足腰を鍛えるのが正解だろうってことは、もうすでに重々承知しているんですけれどもね。うん。

 んんー、壱さんをおぶったまま走り込んだりスクワットしたら、いい感じの“加重/負荷/ Weight ”になって、効果的に足腰を鍛えられたりするかしら?

 ――繰り返しになりますが、べつに決して壱さんが重いとかそういう意味じゃあないですよっ。決してっ。決してっ、ねっ!

 …………うん。

 むくリと思い立った日が吉日ですよ。

 ――と、どこかの偉そうなおヒトが言ったような言わなかったような気がしないこともないので。

 とりあえず、メムス屋さんまでの帰路を、壱さんをおぶったまま走ってみることにした。

 ――そして。

 走り始めてほどなくして。

 心は折れなかったけれど、心臓が“パァーン!”って爆ぜそうになったので、我が生命戦略的にいたしかたなく“走り”の一時中止を断行した。

「ハァハァ……っ、こりゃあアカン。ハァハァ……っ、非常にアカン。ハァハァハァ……」

 と、素で口からお漏らししちゃうくらいに、それはそれはキツゥございました。走ることなめてました。申し訳ございませんでした。

「そんなに深々とハァハァしたりして、私をおぶってたぎってしまったのですか?」

「はああああああんっ」

 不意打ち的に音のある吐息でお耳をなでられて、それはそれはくすぐったくて、意思とは関係なしに、また出ちまったという……。

「てか、耳に吐息をふぅふぅしないでくださいよっ! ――って! 壱さん起きてたんですかっ?」

 これはこれは、お早いお目覚めおはようございます。

「あんなに激しく何度も何度も突き上げるように揺さ振られたら…………、ね?」

「なんですか、その妙な言い回し」

 それにどうして最後の「ね?」は、やたらと恥ずかしそうなんですかっ。

「でも、事実ですよ?」

 無垢な幼子を思わせる色の声でしれっと言ってきおる壱さん。

「それはまあ、そうなんですけれども……」

「――で、どうかしたのですか?」

 改めて状況を確認するように壱さんは、言葉を投げてくる。

「え、いや、ちょっと走ってみちゃっただけですよ」

「……………………なぜ?」

 そんな素で問われると、どうしてだか“いたたまれない気分”がじんわり胸の内に広がってきおるんですが……。

「ほら、なんだかんだでオレも男の子ですから、ふと気まぐれ的に強くなりたいと思って走ってみちゃったりするわけですよっ」

 なんと申しますか、繊細なところをお察しいただきたい。


「“強さ”の“ありかた”を、どうか“間違え/履き違え”ないでくださいね」


「え? なにか言いましたか?」

 極々微かに、もごもごと言葉のようなモノが聞こえたような、気がするような、しないような。

「いいえ。――ところで、刀さんご存知ですか?」

「……なにをですか?」

「経験者というのは、やたらと教訓を語りたがるのですよ」

「ん? どゆことですか?」

「“ごちそうさま”をした直後に激しい運動をおこなってしまうと、横っ腹がとっても痛くなるのです」

 エヘンと鼻を鳴らすお姿が意図せず脳裏に浮かぶ音声で、壱さんはご教授くださる。

 これぞ経験者が語る“言葉の重み”というモノだろうか。尋常ならざる実感がずっしりと伝わってきた。

「これはこれはもっすんごくためになるご忠告、どうもありがとうございます」

 そんなこんなで、

 ありがたい教えを聞きながら、

 ありがたい温もりを背中に感じながら、

 心臓が“パァーン!”って爆ぜない程度に、

 えっちらおっちらと“いま”を堪能するように、


 ひとまずの帰路に着く――



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