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承/第三十五話:ムシムシ尽くし(其の二十二)

「動きの“基本/基礎”が相変わらずですね、シズ」

 郷愁と哀愁が混在する音声で、壱さんが言った。

「戦士としての知恵と技術を教授してくださった“師匠/せんせい”が、とても“優秀なヒト”でしたから――」

 郷愁と哀愁が混在する音声で、シズさんが応えた。

 ――そして。

 会話の間を、その隙を逃がすまいと、動く。

 寝そべりの姿勢から、壱さんの足首に向け低空の蹴りを放つ。蹴り足にかかる遠心力を利用して、上体を起こす。

 すっと跳び退り、壱さんは蹴りから逃れる。

 シズさんは上体が起きたと同時に倒れても手放すことなく握っていた槍を繰り、壱さんのノドを狙って突く。

 壱さんは白の手拭いで槍の軌道を御しつつ、身をかがめて刃をかわす。そして流れる動作でシズさんの頭部へ蹴りを入れる。

 シズさんは回避しようとするも間に合わず、一撃を喰らう。鼻が変な方向に曲がり、ツーと血が垂れ、滴となって地に落ちる――

 という猶予など与えることなく、壱さんは槍を放すまいとしているシズさんの手腕を容赦なくその足で痛めつける。――耐えかねて、槍を持つ手の握りがふっと甘くなった。その瞬間を逃すことなく、壱さんは槍を奪取し、そのまま素早く跳び退ってシズさんとの間に充分な距離を作る。

「…………こうなるとわかっていたなら」

 奪った槍の切っ先を地面に突き刺し、突き立て、

「……教えたりしませんでしたよ」

 悔いているヒトの表情で、壱さんが言った。

「あるいは私も、――ふっ!」

 シズさんはかすり傷に消毒液を塗るような軽さで、曲がった鼻の向きを手で強引に修正してから、

「こうなることがわかっていたら教えを乞わなかったでしょう……」

 衣服に付いた砂埃を掃いつつ立ち上がり、

「でも、それは“たられば”の話です。壱さん」

 言って、半身に構えて格闘するヒトの姿勢になる。

「退いては、いただけませんか」

 諦めきれない、懇願の響きある音声で壱さんが訊いた。

「“勝ち”得なくば“生きる/活きる”に等しからず」

 シズさんはくつがえし難い事実を告げる口調で言い、

「――それが」

 覚悟を決めた眼で壱さんを見据え、

「私に“与えられた/課せられた”使命ですから」

 諦めたヒトの微笑みを口元に浮かべる。

「……そうですか」

 壱さんの口元にも、シズさんと同様の諦めたヒトの微笑みが浮かぶ。

「…………」

 一歩、二歩、三歩と、壱さんは言葉なく進み出て、

「……私にも、“果たすべきこと”が“ひとつ”できたんです」

 やや腰を落とした半身に構え、

「ですから、それを“果たすまで”は」

 ――告げる。


「“勝ち”は得させません」



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