承/第三十四話:ムシムシ尽くし(其の二十一)
先に仕掛けたのはシズさんだった。構えの姿勢から踏み込み、槍で突きを放つ。第二、第三、瞬々と突きが繰り出される。鋭利な切っ先が、壱さんの“胴体/胸部と腹部の間の辺り”を襲う。
壱さんは、シズさんの足運びと連動するように後退してギリギリ槍の切っ先をかわす。
第四の突きが迫る。
同じく後退してかわそうと、壱さんは足を後ろへやる――
と見せかけて、迫る槍に白の手拭いを下からすくい上げるようにして素早くからめ巻き付け、切っ先の進む方向を御し、転じて一気に肉迫する。
「心遣い、感謝します」
なぜかお礼の言葉を述べてから、壱さんはシズさんの側頭部へヒジで一撃を放つ。
シズさんは上体を反らして、それを避ける。
――次瞬。
壱さんは足を刈るようにして踏み込み、身体で“圧す/押す”。
踏ん張るための足を刈られて姿勢を保てず、シズさんは背から倒れる。――が、槍の尻を地につけて支えにし、まるで空中静止しているかのように堪え、背を打つことを回避する。そしてその体勢のまま、壱さんの腹部を狙って足蹴りを――
壱さんはシズさんの側面へ跳ぶように一歩で移動する。それに合わせて、白の手拭いで御している槍を引く。
支えにしていた槍が動き、シズさんは体勢を保てず背を地に落とす。足蹴りは空振りし、勢いが活きたまま地に落ちることになった足を強打する。
――静寂の間が生まれた。
そよ風が、「いまだ!」とばかりに手刀を切って通り流れる。
秘められた力よ、覚醒してくれ。御都合主義的な展開になってくれ。――と、心の底から祈り願ったオレの焦燥感は、けれど杞憂だったらしい。とてもとても喜ばしく幸いなことに。
壱さんは、見ることが得意でない。しかしそれを補って余りあるほど空間把握能力や聴力がずば抜けて優れている。だからこそ以前あった多々の戦闘においても、相手と互角以上の戦いを演じていた。――が、以前の戦闘にあって今回の戦闘にないモノがある。“音の高い舌打ち/反響定位”だ。壱さんは戦うとき“音の高い舌打ち/反響定位”をおこない、その反響音で“空間/存在の位置関係”を把握しながら行動していた。こと“戦闘/激しく動くこと”において、“音の高い舌打ち/反響定位”が壱さんにとってとても重要なモノだとわかる。――にもかかわらず、まだ“それ”はおこなわれていない。だからこそオレは焦燥感に駆られたわけだが――
しかし、いま“それ”は疑問感に姿を変えて頭の中にある。
どうして壱さんは、“音の高い舌打ち/反響定位”をおこなうことなく、シズさんの動きを完璧なまでに把握できているのだろう?
――静寂の間が終わる。
風の流れが、息をのむように止む。