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承/第三十二話:ムシムシ尽くし(其の十九)

 その場所は――

 壱さんが己の拳をオレの口に突っ込んできた場所であり、壱さんが握ってくれた“塩むすび”を一緒に食べた場所である、畦道であった。

「先だっては、勘付かれてしまったうえに、想定外の邪魔がありましたが――」

 シズさんは背を向けて十歩ほど歩みを進め、壱さんとオレの前方へ出て立ち止まり、向き直ってこちらを――いや、壱さんを見据えて、

「――今回は、“与えられた使命”を果たせそうです」

 そう言って、身の丈より長い棒の先端に手をやり――刃を出現させる。刃の長さは、開いた手の手首から人差し指の先端ほどで、棒の全長と比べたら極短い印象がある。

 どうやら、シズさんの“それ”は、“槍/殺すための道具”だったらしい。

 恥ずかしくも迷惑なことを迷惑にも叫んで“つもる話”にご一緒したオレであるが、いまここにある状況に、まったくもって完全に置いてけぼり状態だった。“つもる話”が、拳で語り合うほうの“話し”かもしれないとは思ったけれども、少なくない確率でそっちのほうの“話し”だろうとは思ったけれども、――けれども、まさか“確実に殺すための道具”がこうもあっさり出てくるとは思っていなかった。というか、“その可能性”は考えていなかった。

 壱さんに“殺すための道具”が向けられる場面を見るのは、これが初めてというわけではないけれど、“それら”の場合は、壱さんが自ら“その状況”に首を突っ込んだことに少なからず“それ”を“向けられる理由”があった。しかし今回は、過去の“それら”とは決定的に違うところがある。

 ひとつは、壱さんが“能動”ではなく“受動”であること。

 そしてもうひとつは――

 壱さんは、シズさんのことを“友”と述べていた。なぜか過去形ではあったが、それでも知り合いであることには違いない。いままでは他者の事情に首を突っ込んでいたので、相手は全て他者だったが、今回の相手は、壱さんが知っているヒトなのだ。

 だからこそオレは、もっと平和的な、例えば飲食の料金を壱さんが強引にシズさん持ちにしたとか、そういう理由で、“つもる話”を拳で語り合うのだろうと想像していたのだが――

 いまここにある現実に、そのような“温さ/平和”は感ぜられない。

 いざとなったらジャパニーズピーポーの究極奥義な特技であるところの“ザ・土下座外交”を発揮して、あるいはこの場をどうにかしようと考えてみたりも一瞬したが、もはやそれが受け入れられるような寛容さのある雰囲気ではない。完全に。

「……壱さん、いったい“なに”やらかしたんですか?」

 状況的にあれなので、お耳に口を近づけて小声で訊いてみた。

「さあ」

 壱さんは肩をすくめ、

「思い当たる“なに”が多すぎて、さっぱりわかりません」

 軽いふうな口調で言って、

「――ところで」

 と転じて真面目な口調で、

「“ズンッ!”とされるのと、“ギュンッ!”とされるの、刀さんはどちらがよろしいですか?」

 なにぞよくわからないことを問うてくる。ちなみに、“ズンッ!”では拳を作った右の手で神速のボディーブローを放つような動きを、“ギュンッ!”では開いた右の手で“なにか”をわしづかみ天へ突き上げるような動きを、それぞれ見せてくれた。

 どうしてだろう。壱さんの“ギュンッ!”の動きに、“もうひとりのオレ”がガクガクブルブルと怯え震え縮み上がり、

「“ズンッ!”のほうがよろしいです」

 問いの“意”を脳ミソが理解するまえにオレの口は、そう返答していた。

 ――次瞬。

 オレは“ズンッ!”と“ギュンッ!”がどういう“意”の問いであったのかを、脳ミソではなく腹部で理解した。瞬と叩き込まれていた。えぐり込むように。捻り込むように。息ができなくなるほど強烈な一撃が。壱さんの拳が。

 そしてまだ腹部に喰い込んでいる拳に、全身で圧すようにして力が加えられ――

 オレは、後方へぶっ飛ばされる。

「――がっはぁっ、ぐぶ」

 またも“地べた”さんと望まぬ「こんにちは」をしてしまった……。

「どう……して…………」

 四肢が笑ってしまってうまく力が込められず、オレはうずくまりながら訊いた。というか、訊かずにはいられなかった。

「これは、私の“つもる話/問題”ですからね」

 壱さんはシズさんのほうに向き直るや一歩半、前へ進み出て、

「刀さんは、そこでお静かにしていてくださいな」

 背をこちらに向けて、そう述べ、

「――あ」

 そして思い出したふうに、

「どうしてもとおっしゃるなら、私の“あんな姿”や“こんな姿”を妄想してハァハァしてても、いいですよ?」

 真面目ふうな口調で、そんなことを言うてくる。からかう笑みの浮かぶ表情が、肩越しにちらりと見えた。

「それなら、手を出すまえに、“口/言葉”で述べていただきたかった」

 あえて言わずとも万人にご理解いただけることだとは思うが、ハァハァのことではなく、お静かにしていて、――のことである。

「“口先/言葉”では、容易く偽れてしまいますからね。ですから、これは確実さを求めた結果です」

 確実さを求めた結果が肉体言語って……。いや、そんなことはどうでもいい。どうでもよくはないけれど、どうでもいい。

 いま問題なのは――

 壱さんに“槍/殺すための道具”が向けられているという事実だ。そしてその壱さんが、いまに限ってほぼ常に持っている杖もなく、まったくの素手であるという現実だ。

 それら“事実”と“現実”を指摘すると、

「槍ですか……」

 けれど壱さんは、とくに驚いたふうもなく、

「それで私を“どうにか”できる、と?」

 どこから湧いてくるのかわからない余裕さで、言葉を投げる。

「いいえ」

 シズさんは、なぜか首を横に振り、

「自らの力量は重々わきまえているつもりですよ、壱さん」

 困難に直面しているヒトのような苦笑を浮かべて、言葉を返す。

 圧倒的優勢であるがゆえの“謙虚さ”かと思ったが、しかしシズさんからそういった部類の“いやらしさ”は感ぜられず。むしろ、山中で野生の熊と出くわしてしまった登山者のような、どこか余裕のないふうがあった。

「ですから今回は――」

 シズさんは恥じ入るように、ふっと地べたへ視線を落とす。――そして、なにかを決したヒトの眼で再び壱さんを見やり、

「――刃に、神経毒を仕込ませていただきました」

 言って、半身になって腰を落とし槍を構える。

 平和ボケしているヤツの希望的展開として――。武の道を歩む者がゆえの真剣勝負をして、そして決着という瞬間に最後の一撃をすん止めして、どちらともなくニヤリと笑みをこぼして再会を喜ぶ――。そんな熱い感じの展開になる可能性を、薄っすらと期待してみたりもしたが、槍の刃に神経毒を仕込んでいるというシズさんの言葉によって、それはさっぱりと消え去った。あるいは冗談を言っているという可能性も、まったくないとは言い切れないが、形容し難いこの場の雰囲気が確信さをともなってそれを否定する。


 シズさんは、壱さんの“いのち/生命”を奪うつもりだ。



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