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承/第二十五話:ムシムシ尽くし(其の十二)


 ――そんなわけで。


 畦道の脇――雑草の生ゆる斜面に腰を下して、ちょっと遅めの朝食タイムである。

「その……」

 なにやら心配事でもあるかのような表情で、

「お味のほうは、どう……ですか?」

 壱さんが訊いてきた。

 ――が、しかし。

 まだオレは一口も喰っていない。

 というか、おむすびはいまだもって壱さんの手中である。それなのに座った次の瞬間に味の感想を訊いてくるなんて……。

 まったく、江戸っ子もビックリのセッカチさんだ。

 ――なんてことを頭の片隅で思いつつ、葉の包みごと壱さんからおむすびを受け取り、ビッタリと身を寄せ合っちゃっている不恰好なおむすびのひとつを引っぺがして手に取る。

 そして、

「いただきます」

 唾液を分泌しまくって受け入れ準備万端な飢えたるお口へと運ぶ。

 ――が、堪えきれずに口の方から喰らいつきにいき、喰らいつく。

 じっくりと咀嚼して、しっかりと味わい、ゴックンと嚥下する。

 それはそれは――シンプル・イズ・ザ・ベストな“塩むすび”であった。

 なのでお味は可もなく不可もなく――

「――とっても美味しい」

 腹が減っているときほど、シンプルな食べ物の“真の美味さ”がよくわかるものだ。

 空腹という究極の調味料――その美味さ倍増効果、絶大なりっ!

「そ、そうですか?」

 我が味の感想を聞いた壱さんは、「えへへっ」と嬉しそうに表情をほころばせる。

 その瞬間、パッと世界が明るく華やいだ――ように思えた。そして同時に、我が心の栄養補給が急速チャージで完了した。

「これは、壱さんが握ってくれたんですか?」

 お味の感想を訊いてきて、その後に素敵な笑顔を見せてくれたことから察するに。

「だって、私が食べてしまいましたから――」

 壱さんは少々きまりが悪そうに、

「――刀さんの朝食」

 はにかんで言い、

「あ、ちゃんとお茶も淹れてきたんですよ」

 と思い出したように、フトコロから竹のような樹木を利用して作られた水筒を取り出す。

 ちょうどお口が水分を欲していたので、

「いただきます」

 ありがたく飲まさせてもらう。

 そんなかんじで、ちょっと渋めのお茶を味わっていたら。

 なにやら壱さんが、またもフトコロから笹の葉っぽい葉の包みを取り出していたので、

「……それは?」

 率直にお訊ねしてみた。

「これは――」

 言いつつ、壱さんは葉の包みを広げ、

「――私の分です」

 と不恰好なおむすびのひとつを手に取り、「いただきます」と流れる動作でそれをほおばる。

 ……まぁ、しっかり自分の分を用意しているあたり、じつに壱さんらしいと思う。

 一心不乱に喰らい過ぎて、米粒どころか米塊をほっぺにへっつけちゃってるところもね。

 慌てて喰わずとも、誰も取って喰やしない――と進言したところで、「全力で味わってるだけすっ」と口から喰ったモノを撒き散らして言い返される絵図らが容易に想像できるので、もはや多くを語るつもりはないが、

「ついてますよ」

 気になってしょうがないので、米塊だけは取らせていただく。

 取った米塊は捨てたらもったいないので、いたしかたなくオレが喰う。米一粒には八十八の神様が宿っていると聞くしね。それを塊で捨てられるほど、オレの心臓は幸い強くないのだ。


 ――とか、そんなぐあいに。


 滞りなく、ちょっと遅めの朝食タイムは終了した。

 食後は、とくに動き回ることもなく。

 オレも壱さんも雑草の生ゆる斜面に腰を下したまま、ぼぉーっとしていた。

 ときおり、やさしくなでるようにそよ風が流れ、その風になでられた地べたの雑草たちが、くすぐったがるように葉擦れの音をささやかに発する。

 ――と、不意に。

 そよ風と雑草の奏でる大自然のヒーリング音と調和するように、聞き覚えのあるメロディ・ラインが耳に流れ込んできた。

 なんとも聴き心地の好い、鼻歌バージョンの『見上げてごらん夜の星を』である。

 お耳が吸い寄せられるように意図せずして特定した音の発生源は、我がお隣にいらっしゃる――おむすび食べて元気百倍上機嫌な壱さんであった。

 これもオレと同じような境遇のヒトに教えてもらったのだろうか――なんて疑問は頭の隅に追いやって。いまは穏やかな表情で鼻歌を歌う壱さんの横顔に見惚れ、その鼻歌に聴き惚れるとしよう。


「ねえ、刀さん」

 歌い終わった鼻歌の尾を引く残響のよいんから続くなめらかな流れで、しかし壱さんは不意打ちのように、

「世界から空腹がなくなったら――」

 まるで世間話をするがごとき平常な態度で、

「――世界から争いごとが半分くらいなくなると思いませんか?」

 そんなことを言うてくる。

 あまりにもいきなりだったので、オレはとっさに返答を考えつけず、

「え、えぇ、まぁ……たぶん」

 申し訳なくも言いよどんでしまう。

 そんな我が惑いを鋭敏に察してくれたと思しき壱さんは、

「言うのが突然過ぎましたね、すみません」

 眉尻を下げて困ったふうな微笑みを浮かべる。謝るのは間違いだろうに。

「ただ、なんとなく思っただけなんですよ」

 と壱さんは、しかし真剣な表情でおっしゃる。

 どこか、ここではない遠い場所に想いをはせるがごとく。

「“夫婦大食い祝事”を楽しめるこの村くらい、世界が食に恵まれていたら、世界が空腹じゃなくて満腹だったら、きっと世界から争いごとの半分くらいはなくなるだろうなぁーって」

 それは旅人として少なからず世界の様々な表情を肌で感じたことのある壱さんだからこそ、身から出てくる言葉なのだろうと思う。うまく言い表せないけれど、壱さんの言葉からは“生々しい説得力”が感ぜられるのだ。世界が空腹だなんて、いままで実感したこともなければ考えるどころか想像したことすらない、とくに食べることで深刻なまでに困った経験のないオレからじゃ、どんなにがんばっても出てこない――“生々しい説得力”が。

「…………」

「…………なんて、ガラにもなくちょっと真面目なこと言ってしまいましたね」

 オレの無言をどう受け取ったのか、とたん壱さんはおどけたふうに「あはっ」と笑って、

「どうです? 刀さん?」

 有無を言わせぬ超高圧的な笑顔で、

「私の真面目で知性的な一面を知って、胸がキュンキュンうずいたりしちゃったりしましたか?」

 強引に、いまの話を冗談めかして終わらせる。

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