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承/第二十四話:ムシムシ尽くし(其の十一)

 オレ以外の面々は、すでに朝食を済ませたらしい。

 なして起こしてくれなかったのか、というあたりまえな我が問いに、

「だって――」

 と壱さんは困ったふうな微笑み顔でお答えくださる。

「呼びかけても、刀さん無反応を貫いて起きなかったんですもの」と。

 そんなの、まったく記憶にない。

 ――のは、まぁ、オレが爆睡していた証拠か。

 ちなみにオレの分の朝食は、

「私が美味しくいただきましたよ。残したら作ってくれたヒトに申し訳ないですから」

 という壱さんの善意によって、キレイさっぱり美味しく食されたそうな。ありがた過ぎて泣けてくるぜ、チキショーっ!

 というか、なぜにオレが起きてくるまでとっておくという発想がないのだろう……。

 ツミさんとバツは、“夫婦大食い祝事(決勝)”に提供するための蒸しまんじゅうを作るロエさん率いるメムス屋の方々を手伝うために、いまは戦場と化している炊事場へ出陣しているらしい。

 一宿一飯どころか四、五、六飯ぐらいの恩があるのだから、オレや壱さんも手伝ったほうがいいんじゃなかろうかと思うのだが、

「私もそう思いましたけど」

 壱さんいわく、

「“夫婦大食い祝事(決勝)”に出場する新婚夫婦さんに手伝わせるなんて、そんなバチあたりなまねはできません」

 とロエさんに強くお断りされたとのこと。

 バチあたりなのは、夫婦だとウソぶっこいて“夫婦大食い祝事”に出場しちゃってる、こっちのほうなのだけれども……。しかしその事実を述べても、祝い事をやっているがゆえか、好いほう好いほうへ物事を解釈されてしまい――結果、いまさら後には引けないところまで来てしまって……とりあえす、いまは心の中で全力土下座の謝罪をしておこう。

 というか、忘れていたが――いや、無意識のうちにあえて忘れようとしていたのかもしてないが、そういえば本日は、壱さんの望まれぬご活躍によって出場することが決定した“夫婦大食い祝事”の決勝戦がおこなわれる日であった。

 だからなのか、朝っぱらから村の方々のテンションは熱を帯びて高い。こちらの姿に気がつくと決まって「がんばれよー」とか「応援してるぞー」とか「お幸せにー」という力強いご声援を飛ばしてくれる。

 やましい事実があるので、とっても心苦しく申し訳ない。

 ご声援に応じると同時に、心の中では土下座の連続である。なので、あまり強くない我が精神ライフポイントは、どこぞの毒沼を移動するがごとくゴリゴリ減少してゆく。

 あまりにもいたたまれないので、挙動不審と警戒されるぐらいチャキチャキ歩いて、いまは壱さんご希望の散歩コース――昨日の夕時に歩いた畦道である。

 いたたまれない状況と村の人々の熱気から遠ざかって、あらためて感じる早朝特有の爽やかで清々しく冷たい空気は非常に心地好く、呼吸するたびに吸い込む空気には都会のそれと違って混じりっけなしの新鮮さがあり――我が人生において初めて、ただの空気をとても美味しいと思った。

 眠気がぶっとぶ爽やかさ。

 脳ミソがシャキッとスッキリする清々しさ。

 ――とでも言おうか。

 せっかくなので、喰いっぱくれた朝食の代わりにたらふく味わうことにする。

 …………ちくしょうっ! なかなか満腹にならないぜっ!

 ――と、全力で空気を味わっていたら、

「……あの…………刀さん」

 そよ風に遊ばれて流れる、肩口でテキトウにぶった切った漆黒の髪が口に入らないよう片手で押さえながら、壱さんは遠慮がちに――というか、ちょっと引き気味に訊いてきた。

「なにを、そのう……さっきから、すぅはぁすぅはぁしているのですか?」

 シャキッとスッキリ覚醒した脳ミソがですね、働くのに必要不可欠なエネルギーをですね、欲しておるわけですよ。ブドウ糖をね。それを摂取するための朝食をねっ!

 でもそれは、アナタ様に喰われてしまって叶わぬ願いなので、

「この美味しい空気をいっぱい吸い込めば、少しくらいはお腹膨れるかなぁ、と思いまして」

「空気を吸い込んで膨れるのは、どーがんばっても肺だと思いますけど……」

 いりませんよ、そんな当然のご指摘とか。

「……もしかして刀さん、お腹空いたんですか?」

 なにぞ確認するように問うてくる壱さんが、ちょいと恨めしい。

「もしかしなくても空腹ですっ」

 オレは少なからず憤怒の念を込めて返した。

 ――のだが、

「じゃあっ」

 と壱さんは嬉々としたご様子でパチンとひとつ拍手を打つ。

 こっちが仰天するほどの空間把握認識力をお持ちなのに、どうして場の空気は読めないんだろう――と思ったのは一瞬のこと。

「この辺で、ちょっと遅めの朝ごはんにしましょうか。ね、刀さん」

 おっしゃっている言葉はわかるけれども、

「それは、えっと……どーいう意味ですか?」

 そんな我が問いかけに、

「なっ! なんということでしょうっ! あまりにもお腹が空き過ぎて、刀さんの頭がとっても残念なことにっ!」

 ガガーンッ! という効果音が聞こえてきそうなほど、壱さんは大げさに芝居がかって驚きわななく。

 まったく失礼極まりない。

 ちょっとカチンときたので、物理的制裁措置を発動することにする。

 右掌を壱さんの顔前に向け、左手で右手中指を後方へ反らし――ぶっ放す。

「アタッ!」

 ベチンッという地味な音を発して、我が右手中指の腹は壱さんの額に打撃を加えた。

「もうっ! そんなことする悪い子には――」

 いたわるようにおでこをさすりつつ、

「――朝ごはんあげませんよっ?」

 とってもご立腹と語るがごとく、壱さんはぷくっとほっぺを膨らませる。

「あげませんよ――って言う以前に、壱さん手ぶらじゃないですか」

 そう、壱さん「朝ごはんにしましょうか」と言っておいて手ぶらなのである。だからこそ、さっきオレは「どーいう意味ですか?」とお訊ねしたのだ。ともすれば「これから新鮮な朝食を狩りに――」とか言い出しても不思議ではないのが壱さんというおヒトである。万が一にも朝っぱらから野性味溢るる現地調達へ「いざ、出陣っ!」するのは、せつにご遠慮願いたい。せめて、せめて昼過ぎからにしてっ。

「手ぶらですけど、朝ごはんは――」

 ちゃんとここに、と壱さんは胸元のちょっと下なフトコロから、なにか笹の葉っぽい植物の葉で包まれたモノを取り出し、

「――ありますよっ」

 と、その葉をとじているヒモの結びをほどいて中身をあらわにする。

 なんとも不恰好なおむすびが、三つあった。

 解放させるこの瞬間まで壱さんのフトコロでギュウギュウと圧迫されていたがゆえか、とっても窮屈そうに身を寄せ合っちゃっている。

 ――というぐあいにその存在を認識したとたん、「ぐぅ〜」と切なげにお腹が鳴った。どうやら腹の虫は、どんなにがんばっても自分の気持ちにウソがつけない真っ正直なヤツのようだ。

「くっぷっふふ――」

 我が腹の虫の鳴き声に、デコピンかまされて少々ムスッとしていた壱さんは顔面筋を緩ませ、

「――刀さんたら、そんなにお腹空いてたんですか?」

 おもしろ楽しそうに堪えきれぬ忍び笑いを漏らしつつ、愚問と言うべきことを訊いてくる。

 それに対して、真っ正直な腹の虫が、

「ぐぅ〜」

 と大声で、オレの代わりに返答してくれた。

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