承/第十八話:ムシムシ尽くし(其の五)
そんな感じに歩みを止め、縁側で少々くっ喋っていたらば、
「ちちゃんと、っついて来てよう」
ちょっと涙目になったバツが駆け戻ってきた。
「え、ああ、ごめん」
オレは詫びてから、自らの腹部にめり込んだ壱さんの手をとって、
「段差あるから気をつけてください」
縁側を降り、案内役たるバツの頭にある二つのお団子を目印に、改めてお風呂へ向かうことにする。と言っても、見わたす限りに広大な庭というわけではないので、バツが案内し向かう目的地はさっきから認知できていた。
丸太をログハウス風に組み上げて作られた、しかしお風呂場というよりは、少し大きめの物置という印象の建物だ。入り口と思われる木製扉の正面延長線上には、村の広場にあったモノよりは小規模な井戸がある。ここから水を汲んで湯船に注ぐとは、ひとっ風呂浴びるのも肉体労働だなぁ……蛇口をひねるだけで事足りる現代文明のありがたさが、身から遠退いて改めて身に染みてくる。なんてことをしみじみ思いながら、物置風お風呂場へ一歩足を踏み入れ、
「ん?」
想像していたモノとは違う光景がそこにあり、一瞬だけ思考が停止しする。疑問で眉間にシワを刻む間の後に、再起動した我が脳ミソは速やかに目前と類似する情報を記憶から検索して探し出す。
「これはお風呂というより、サウナ?」
ムワッと暑い部屋の中心には、大小の黒い石がぎっしり詰まった金属質な円筒形の入れ物と水の注がれた桶が設置されており、それを囲むように壁を背もたれ代わりにした木製の長椅子が置かれていた。身体を湯に浸からせることができるようなモノはない。五右衛門風呂のようなモノがあると勝手に予想していたのだが、見当違いだったようだ。
「なんですか? “さうな”って」
我が手をちょいちょいと引っぱり、壱さんが問うてきた。
「えーと、こういう“お風呂”のことを、オレの生まれた所では“サウナ”って言うんですよ。“ミストサウナ”とか“スチームバス/蒸し風呂”っていうのもあったりしますけど」
「刀さん御出生の地では、お風呂にも様々な呼び名があるのですねぇ……面倒臭いですね、こと細かくて」
興味を懐いたふうを装って、ずいぶんとバッサリな物言いをしつつ、壱さんはズイズイと室内へ歩みを進める。
そして手探りで長椅子の位置を確かめてから、
「お風呂はお風呂でしょうに」
と呟きつつ腰を下した。
「まぁ、否定はしませんけど」
オレが言葉や名称を決めているわけではないので、めんどいと言われましても、どうにもできません。
壱さんは腰を落ち着けると、「ふぅ~」と一息吐いてから、左手で自身の左隣をポンポンポンポン叩き始めた。それはなかなかどうして終わりを見ないので、
「この形式の“お風呂”に入ったら、ひたすら左手でイスを打ち鳴らす、のが“しきたり”だったり“あたりまえ”だったりするんですか?」
知らぬ世の疑問を自問自答してもどうしたって答えは出てこないので、単刀直入にお訊ねする。
「…………」
だがしかし、壱さんは答えてくれるどころか、ポカンと口を半開きにして、手の動きと一緒に全身の動きを止めてしまう。
なんだこの無言の間は……。
訊いちゃいけないことを訊いちゃったのかな?
無言の圧力にオレが不安を感じ始めたとたん、
「っぶぁはははははははははははははははははははは――」
いままでお地蔵さんのごとく固まっていた壱さんは、土石流みたいに豪快な勢いで腹抱えて笑いだした。それに誘われるように、我が背後で慎ましやかにしていたバツまでもが「くっくふふふ」と忍び笑いしてくれている。
なんだか、目の前でバスが出発しちゃって、ぽつねんと独りバス停に取り残されたときのような物悲しさを感じて、まったく二人のように笑えないのだが。
「――ははははっくっふぅ……はぁはぁ…………っくくっ……い、いやはぁスミマセン」
どうにかこうにか“笑い虫”を抑えこんだらしい壱さんは、それでも頬をピクピク震わせつつ、
「刀さん、突然、あまりにも真面目に奇抜な事を言うんですもの、ツボに入ってしまって」
惚れ惚れするぐらいのとってもイイ笑みを顔面いっぱいに浮かべて、イスを打ち鳴らしていた理由を教えてくれる。
「私の隣にお座りなさいな、ってそれを刀さん、くっふふふ」
なんてことはない。それだけの事を、オレは深読みして、不覚にも“笑いの種”を提供してしまったのか。
冷静になると、もっすごく恥ずいっ!
顔を真っ赤にするどころか、全身が熱っちゃって汗がダラダラ滴っているのは、ここがサウナだからというだけではないだろう。
そんなわけで、オレだけ三倍速で発汗していたら、
「あまり温かくないですね、もっとアツアツにしましょうよ」
壱さんは額にじわりと水分をにじませて、何かを探すように手をさまよわせる。
「そうですか? オレは十分にアツアツだと思いますけど。で、なにをお求めですか」
室温と羞恥心をあわせて超ホットな我が身体的には、もう満ち足りているんですけれどね。
「焼け石に水を注ぎたいので、“ひしゃく”を」
水蒸気を発生させて体感温度を上昇させる、という壱さんのご要望にお応えして、オレは彼女に“ひしゃく”を握らせて、水の注がれた桶の位置と、焼け石が詰まった円筒形の入れ物の位置を教えた――のだが、後悔は先に立たないというか、未来は知れないというか。
桶から“ひしゃく”で水をすくい、焼け石にぶっかけ、その蒸発する音を聞いたとたん、壱さんは何か面白いモンをめっけちゃった幼子みたいな雰囲気を満面に浮かべた。そのお顔を拝見した瞬間に、オレは「ああ、なにぞいらん事を思いつきやがったな」と悟ったのだが、時すでに遅し。
「根競べしましょうよ」
オモシロ楽しそうにニタニタしながら、壱さんは“ひしゃく”を握りしめて言った。
壱さん主催“その場の思いつき根競べ”には拒否権なんて最初から用意されておらず、彼女は右手に“ひしゃく”を握り、左手で逃げられないようにオレの腕を固定し、どう頑張ったって身体の毒にしかならないような競技を強行し――