承/第十四話:ムシムシ尽くし(其の壱)
額から全身からにじみでた汗の滴が、荒い吐息と共に零れ落ち、
「ぼボク、もう、がまん、でできないよぅ、で出るぅ」
苦しげ悩ましげに表情を歪めて、ウサ耳ツインテイルをいまは二つのお団子に結い上げているバツは、最後にそう言うとイッてしまった。
かくいうオレも、
「壱さん……オレ、そろそろ死線を越えちゃいそう、で、す」
限界は既に突破していた。
「なにを言っているのですかぁ?」
グロテスクに沸騰する釜を引っかきまわす魔女がごとく、壱さんは口の端を薄く吊り上げて、妖艶で怖気すら覚える微笑を浮かべ、
「まだまだぁ! これからですよぉっ!」
ほとんどやけくそな投げっぱなしの言葉と共に、桶から焼け石に水をぶっかける。生肉に火が通せるほど熱せられた焼け石は、瞬時に水を蒸気へと変化させ、息を詰らせてしまいそうなモンモンとした熱さをつくりだす。
壱さんの暴挙により、三畳ほどの広さしかない密室空間はアッという間に熱い水蒸気で満たされ、体感温度が急上昇してゆく。
ああ、なんだか呼吸するのが辛くなってきた……。
オレはぼやけた意識の片隅で、
「エヘヘエヘヘ――」
と焼け石に水をかけてジョワジョワ蒸発する音を面白がりながらノンストップで熱さを生み出す、水も滴るどころか滝のごとく汗を噴く壱さんを見やった。このお人は熱さで頭がオカシクなっちゃったんじゃなかろうか、と思おうとしたやさき、
「――はふぅん」
「ちょっ! 壱さん!」
鼻からツーと赤い線を垂れ流して、彼女はぶっ倒れた。
まだどうにかオレは自分を保てていたので、白い湯浴み着に点々と血痕を染み付けてしまった壱さんを早急に風呂場の外へと運び出す。
先に退場し、庭にある井戸から水をくんでほてった身体を冷ましつつ洗っていたバツが、ぐったりした壱さんを見るや目を丸くして動転し、ツミさんとロエさんを呼びに慌て駆けて行く。
オレは風呂場の外壁に壱さんの背をあずけてから、彼女の茹で上がった身体を冷却するために井戸から水をくんで、それを頭頂からぶっかけてさしあげた。そして止血の為に、小鼻の柔らかい部分を親指と人差し指で両側から「これでもかっ!」というくらい強く圧迫する。
ゆでダコのように真っ赤っかな壱さんのお顔を拝見しつつ、
「なんだかなぁ……」
ステテコのような白い湯浴み着姿で、お人の鼻をつまんでいる自分の姿を思い、
「なんだろうこの状況は……」
壱さんの鼻血が止まるまで、状況整理という名の過去回想現実逃避をする事にしよう。
といっても、いまさっきの出来事なのだが――