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第二話 亡国の姫 第二節

とりあえず、利用できるものは親でも利用する。

オーバーロードはそんな男だった。だから、彼のことを世間や敵、そして味方さえも「魔王」とか「鬼」とか読んだりする。ただ、それで彼は満足だった。

だって、俺は世界征服をするのだから! それくらいの気概がなくて、どうするってんだ!?

幼いころからそう言ってはばからない。今思えば、なんと性格の悪い子供だったのだろうとも思う。かといって、その考えを改める気などさらさらないわけだが。

それでだ・・・・・・。

彼は今、再度利用するべき人間を目の前にして特大のスタンガンを構えているわけだ。

「と、いうのが作戦だ。なわけで、お前にはもう一度気絶しても―――」

「待て! とりあえず待てって! 何で俺がそれで気絶してやらなくちゃならない!?」

「お前が一番手っ取り早いからだよ。ほら、お姫様と同盟結んでちゃちゃっと反乱でも起こしたくないか? ここの連中はまだ教皇軍に不満たらたらだし、お前の軍勢や他の地域から来たやつらだってそうだろう? ほら、今のうちだぜ。乗るか反るかだ」

「そうは言ったって、少し考える時間を・・・・・・!」

「いや、まぁ。そんな時間与えるつもりなんてねぇんだけどな」

強烈な電撃が体に走り、シラドの意識が途絶えた。死んだわけではない。気絶しているだけだ。ただ、多くの人が気絶する量よりは多少高めの電圧をかけてやったのだが。

(こいつ見た目に反して丈夫そうなんだよな。とりあえずこういうやつは通常より電圧を多くしておいて長い時間気絶させておくに限る)

どことなく宿敵と同じ匂いを感じる目の前の青年。見た目は細身で金髪。まさにおとぎ話に出てきそうな甘いマスクをしている。

「まったく、どこまでおとぎの世界なんだよ。ここは」

自分がここにいることへの違和感はぬぐいようがない。本当はこんな鉄の塊のような人間が、ここにいていいはずがないのだ。

しかし、約束してしまった。マルガレッタを助け、クブルの谷に届けるということを。そして、その中でいろいろと試してみるという、自分の出来心を抑えることもできなかった。

気づき始める。

この世界には、自分の望んでいた全てがあるかもしれない。

そんな相反する心を持ちながら、オーバーロードは今目の前にあることに集中することを忘れなかった。

「さて、マルガレッタ。少し手伝ってもうぜ。さっきの通りセリフを言え。それだけで敵に大打撃を与えること間違いなしだぜ」

「どこまで本当なんだか。それよりも、あなたの策が外れたときはどうするの?」

「お前とこいつが死ぬだけさ」

あまりの物言いに、マルガレッタは絶句する。そして、オーバーロードを睨み付けた。しかし、再び黒い鎧に身を包んだ彼は、赤い目をマルガレッタに向けただけだった。その無機質な瞳の色からは想像できない、歓喜に震えた声で、さも愉快そうに言う。

「でも、お前は俺に従うしかないだろう? まぁ、ここで死んだらそれまでの運だったと思ってあきらめるんだな」

「そんな・・・・・・!」

「それくらいの覚悟がないと、自分の国を守るなんてできないんだぜ? 俺は何度も死にかけて、何度も自分の国を、領土を、心を守ってきた」

マルガレッタは気づく。自らの父が、どういう気持ちで国を守ってきたか。そして家族を守ってきたのか。その答えは、今目の前の「魔王」と呼ばれる人間の中にあった。

「さぁて、そろそろ到着だ。舞台が上がるぜ!」


「ったぁく! 面白くないぜ!」

咆哮しているのは、白い獅子の顔を持った男だった。大音声で叫びながら、周りにある木箱に当たり散らしている。手に持つ獲物は巨大な戦斧。柄の長いそれは重圧感もさることながら、凶悪な外見から数多くの血を吸ってきたことを容易に想像させる。実際、遠心力を持って繰り出される一撃は、民家を支える柱すら簡単に叩き壊した。

「若! 若! どうぞ、お静まりください!」

そう言いながら白い獅子を宥めているのはコヨーテの顔をした男だった。だいぶ歳をとっているのか、その顔は白いものが混ざっていた。困りきった顔で、若い獅子を宥めているのだが、その効果はあまりないようだった。

らんらんと光る金色の瞳をコヨーテに向けながら、獅子はなおも吠えた。

「爺! そんなに教皇が恐ろしいか! あんな奴、目の前にいればこの俺が一瞬で肉塊にかえてやろうものを!!」

「落ち着きなされ! あなたが今下手な行動をとれば、あなたの婚約者も命を奪われるのですぞ!」

それでもコヨーテは怯まない。彼は獅子のいる国では最も賢しい部族の出自だった。その腕を買われて国家に仕えて数十年。今は若い支配者のお守である。彼はその境遇を不満に思っていたが、それを顔や口に出すほど愚かではなかった。だから論で目の前の若い男を鎮める。

「・・・・・・ちっ!」

ようやく落ち着きを取り戻した若獅子。彼はぽつりとコヨーテに問いかけた。

「国を出て、何年になる?」

「はっ!?」

「国を出て、何年になるかと聞いている! もう五年だぞ! その間、俺の婚約者の様子は知れず、少しも目にすることはない! 奴らの要請では一年の予定だったはずだ!」

彼は獣人と呼ばれる部族。誇り高く、力強く、人間など足元にも及ばない強大な部族の長であった。しかし、今や教皇の犬となりさがっている。彼らは力はあれど、外交や政治的な力が極端に弱い部族であった。その点はコヨーテも知っている。

「耐えてください。どうか。わが君、ゴライアス・ベルタス」

ゴライアス・ベルタス。人と獣人の間に生まれた、二つの種族の懸け橋となるはずだった聡明な若い王。しかし彼の目は今や曇り、怒りに濁っていた。彼の心には常に憎悪が渦巻き、怒り狂う嵐に覆われたままだ。

「畜生! 俺は奴らに騙された! 俺に、俺にもっと力があれば!」

自らの力のなさも、彼の怒りの中にあった。

もっと自分に力があれば、そう、腕っぷしだけではなく先を見通す力があれば・・・・・・。そうすれば他国の人間を殺すこともなく、仲間を無理に戦場に駆り出すこともなく、そして幸せに人生を送れただろうに。そして、何より、婚約者を幸せにできた。それができなかった自分に、何より腹を立てていた。

何かきっかけさえあれば。そう、きっかけさえあれば、彼は再起をかけて戦うつもりだった。

失われた祖国を取り戻すために。

しかし、そんなことを望んだとして、誰が助けてくれるというのだ? 結局はチャンスを待つしかないのだ。いつになるかわからない、逆転のチャンスを。

「若!」

慌てた様子でやってきたのは、鷹の顔と翼をもった配下の獣人だった。この男は偵察任務を主に請け負っている。

「どうした?」

ただならない兵士の様子に、戦場で鍛え上げられたゴライアスの嗅覚が異変を告げる。それがいつもと違う匂いをしていることに、彼はまだ気づかなかった。

「広場に! 今すぐ広場に行ってください!」

「何事なのだ!?」

「もしかしたら、若の言うチャンスかもしれません」

「・・・・・・!」

コヨーテが止めるのも聞かず、ゴライアスは広場に走る。確かあそこは、今から亡国の有力者が処刑されるはずだ。本当なら胸糞悪い光景は見たくない。だが、今回はそうならないという確信が胸の中で芽生えつつあった。


広場は恐慌状態だった。

先ほどまで支配を継続しつつあった教皇軍が、何かに取りつかれたかのように潰走を始めている。それを追うのは民衆であり、同じ教皇軍である。違いは肌や言葉の違いというところだろうか。

どうしてこのような事態になったのか。

話は少し前に遡る。


「ショータイムだ、この野郎!」

黒い鎧に身を固めた男が現れたのは、まさに処刑が敢行されようという数分前だった。瞬く間に処刑執行人たちを素手で殺し、その心臓を体外に取り出して握りつぶした。

「な! 何だあいつは!」

教皇軍の将校が取り乱すのも当然といえた。彼らは報告で、既に魔王が死んだと聞いていたのだ。しかし、目の前にいる者こそ、魔王そのものではないか!

「静まりなさい!」

そこに現れたのが、世界第五の巫女、マルガレッタである。彼女は黒いドレスを身にまとい、悠々とその場に現れる。処刑されるはずだった人々も、そして亡国の人民もその姿に目を奪われた。

「マルガレッタ様! 姫様! 御無事で!!」

「臣民よ、兵よ、そして臣下の者どもよ。よく聞きなさい。ここにいる者は、私の父が呼び寄せた正真正銘の魔王」

オーバーロードはマルガレッタのもとに膝をつき、忠義の姿勢をとって見せる。

「私の父は死にました。ここに宣言する! 王は死んだ!」

亡国の民がざわめく。中には卒倒するものや泣き崩れるものもいた。そして教皇軍はその宣言にほくそ笑む。しかし、その次の発言で状況は一変した。

「だけど、私がいる! これからは私がこの国の王よ! そして私が一端の王となるまでは、魔王オーバーロードが私と国家を守る!」

オーバーロードが立ち上がり、体中から禍々しい黒い煙を立ち上らせた。そして肩から伸びた筒状のそれから、青白い槍を突き出す。それは地面に突き刺さるなり大爆発を巻き起こして、教皇軍を木端微塵に吹き飛ばした。

「聞け、愚かな人間ども」

オーバーロードがどさりと、シラドの体を地面に横たえる。その動作は敬意に満ちており、侮蔑のかけらもなかった。

「この者は最後に告げた。自らの国の復興を。そして我が姫とともに戦うことを誓った。教皇軍に反旗を翻し、いつかは国家を再建するのだと。しかし志半ばで逝った。教皇軍のてによってな!」

このとき、オーバーロードは教皇軍の兵士の一部に、憎悪の方向が変わった空気を読み取った。

(よし、いいぞ)

「貴様も教皇軍ではないはずだ。そして、貴様も。獅子の顔をした、そちらの御仁もそうだろう?」

その場には呆けたような顔をしたゴライアスの姿もある。しかし、彼はオーバーロードに問いかけられると即座に目の中に力を取り戻し、吠えた。

「そうとも! 俺たちを教皇軍なんぞと一緒にしてくれるな! 俺たちは国家をつぶされ、それでも誇りまでは失っていない戦士よ!」

この言葉が、結果的に引き金となった。

周りで教皇軍を取り囲むかのように、鬨の声が上がる。

「お前たち、先祖に詫びる言葉は持っているか? そして子孫に語る言葉を持っているか? 死してあの世に持っていく言葉はあるか? 子孫が語る物語を紡いだ自信はあるか?」

オーバーロードは畳み掛ける。

「今なら、国を取り戻すために死んだといえる。死んだ者にも、子孫にも」

それは反旗を翻させるためには十分な言葉だった。憎悪が正義に変わり、恐慌は整然として敵に降りかかり始める。多くの教皇軍兵士が、人の波に潰され始めた。

そのなか、予備軍が投入された映像を、鷹の目より遠くを見渡せるオーバーロードが捉えた。

「始まったか。魔女の窯か、地獄の入り口か・・・・・・。どちらでもいいが一言だけ言わせてくれ」

オーバーロードが手を眼前に突き出した。そこに紫色の光が球体を象る。それはバスケットボール大の大きさを持ち、バチバチと周りに稲妻を宿していた。

「一切の望みは捨ててくれ。そして、ただ泣き叫べ!」

放たれた光の玉。それが増援部隊に到達した瞬間、轟音、閃光、衝撃波、全てが一緒くたになった。人々が目を開けるようになったときには、そこには巨大な穴が開いており、増援の兵士は跡形もない。

「チャンスだ! 一気に攻めたてろ!」

ゴライアスの号令で教皇軍を遥かに超える人数の人々が殺到する。彼らが全滅に近い被害を受けるまで、さほど時間はかからなかった。

後には歓声が残り、オーバーロードの乾いた笑いが響き渡る。

「案外脆いものだ。これでは張合いもないというものだな」

その中にため息が混じっていたことを、マルガレッタは聞き逃さない。

「本当の魔王なの? あなた?」

「いいや、魔法は使えない。ただ、お前ができないことなら、俺は簡単にやってのけるぜ。残酷性も、凶悪性も持ち合わせているからな」

このとき、マルガレッタは自分がとんでもない男を味方に引き入れたのではないかと少し不安を感じていたのだった。

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