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第1話 日照りの村

光溢れる都会を離れ、寂れた漁村に辿り着いてしまったオオカモメとスフィンクス。再び世界の変わり目を探そうと山に登ったところで、我が侭な領主の息子イルジオの目付役を押し付けられてしまう。そのイルジオは、オッター湖に潜むという幻の水棲獣オッシー狩りの最中だった。いるのかいないのかも分からないUMA探しに付き合わされ、うんざりしていたオオカモメの前で、イルジオが死体が発見される。現場の状況から、オオカモメが疑われてしまうのだが……。


ミステリー度 ★

 オカルト度 ★★★

 温かい潮風を受けて、ハンナは青い海を見下ろしていた。

 砂浜と森の境にできた小高い丘。その木陰で、束の間の休息を取る少女。

 海岸から漂って来る独特の臭いが、少女をわずかばかり不快にさせていた。

「ニャハー! ハンニャ様! 大漁ですニャ!」

 紐吊りの干物を手に持ち、スフィンクスが笑顔で駆けて来る。

 目の前に辿り着いたところで、ハンナはスフィンクスにげんこつを喰らわした。

「ニャにするんですかニャ!?」

 頭を押さえ、犬歯を剥き出しにするスフィンクス。

 ハンナも負けず劣らずの形相で、彼女を叱りつけた。

「一般人のものを盗むなって言ってるでしょ! 私たちは一応義賊なんだからね!」

「ニャニャ……ごめんニャさい……」

 涙目になりながら額をさするスフィンクス。

「だけどもう丸一日、ニャにも食べてませんニャ……」

 そう呟いた猫耳少女の前で、ハンナの腹が盛大に鳴った。

 それに引きずられたのか、スフィンクスの腹も鳴る。

「はぁ……なんだか大変な世界に来ちゃったわね……」

 トランスパレンツ家で事件を解決したハンナたちは、街中で散々金持ちから盗みを働いた後、再び世界の変わり目にぶつかり、この海岸に飛ばされてしまった。

 いざ新しい獲物を探そうと息巻いたところで辿り着いたのが、この寂れた漁村である。

 名もなき村で名もなき人々が苦しい生活を送る、義賊などとは無縁な社会だった。何か盗もうにも、盗む相手がいないのだ。貧乏な人々から物を奪うのは、ハンナのプライドが許さない。だがプライドで腹が満たされるわけもなく、こうしてひもじい思いをしていた。

「ここじゃ私たちの出番なんかなさそうね。……移動しましょうか?」

「ニャハ、それは名案ですニャ」

 ハンナの意見に、スフィンクスが嬉しそうに同意した。

 しかし、すぐさま首を傾げる。

「……でも、どこへですかニャ?」

 スフィンクスの質問に、ハンナは困ったような顔をした。

 行く宛がないのである。彼女とて、好き好んでこの漁村に留まっているわけではない。他に町が見つかれば、喜んで移動するつもりだった。ところが海岸沿いに移動しても、この漁村以外には、集落ひとつ見当たらないのだ。

 ハンナは途方に暮れる。

「あんたら、そこで何しとるかね?」

 突然聞こえた老人の声に、ふたりはぎくりと肩をすくめた。

 スフィンクスは干物を素早く背中に隠し、ハンナは作り笑いを浮かべて、声の主へと顔を向ける。

 よれよれのシャツにサンダルを履いた老人が、じっとこちらを見ていた。

「こ、こんにちは」

 ハンナの挨拶にも、老人は微動だにしない。

 口元を結び、ハンナの瞳を凝視している。

 ハンナがもう一度声を掛けようとしたところで、ようやく老人は口を開いた。

「あんたら、旅の人かね……? 見かけん顔だが……」

「そ、そうです……ちょっと道に迷いまして……」

 ハンナの見る限り、老人から敵意のようなものは感じ取れなかった。

 とはいえ、友好的であるとも言い難い。ひたすらに訝しむようなオーラが、老人の体を渦巻いている。それは、閉鎖的な共同体にありがちな、部外者に対する警戒心のようなものだと、ハンナはすぐに察しがついた。

「あの……街へ出る道を教えていただきたいのですが……?」

 街という言葉に、老人は皺だらけの顔をしかめる。

「街へは行かん方がええ……流行病(はやりやまい)で人が死んどるっちゅう話じゃ……」

 無味乾燥な口調で、老人はそう答えた。

 流行病。ハンナの顔が曇る。

「最悪のタイミングですニャ……」

 ハンナの後ろで、スフィンクスが怯えたようにそう呟いた。

 弟子の意見に同意しつつも、ハンナは別のことを考えていた。街へすら出られないとなると、この世界でできることは、ひとつしかない。ハンナは唇を動かす。

「すみません、この辺りで……人が消えたとか……あるいは奇妙な出来事が起きたとか、そういう話はありませんか……?」

 ハンナの風変わりな質問に、老人は眉間に皺を寄せた。

 そしてふと何かを思い出したように、老人は黄ばんだ歯を見せて答える。

「……ワシがまだ子供の頃じゃったな……この村に一滴も雨が降らんでの……村が死に絶えそうになっとったとき、ひと組の夫婦が山へ行って……それっきり帰ってこん……」

「……つまり、神隠しに?」

 ハンナの問い掛けに答えることなく、老人は背を向けた。

 黙ったまま丘を下り、遠くに見える小屋の群れへと消えて行く。

 木陰には波の音だけが鳴り、ハンナたちは呆然と老人を見送った。

「……ハンニャ様、この山に、世界の変わり目があるんですかニャ?」

 ハンナは向きを変え、海岸沿いからせり上がる深い山を見上げた。標高こそ高くはないものの、難所であることは一見にして明らかだ。

 ハンナは腕を組み、足下の砂粒を見つめながら考えに耽る。

「……何とも言えないわね」

「ニャー……ちょっと危ニャそうですニャ……」

 スフィンクスはそう言って、山頂とハンナの顔を交互に見比べる。

 そんな中、ハンナは目下の状況を分析し、ある結論に達した。

「物は試しね、登ってみましょう」

「ハニャ? でもニャにも準備してニャいですニャ。迷子にニャりますニャ」

 ハンナは海岸沿いに視線を滑らせる。

 淡水と海水の入り交じる河口が、数百メートル先に光って見えた。

「川沿いに登れば、帰り道に困らないでしょ。明日の朝、一番で出るわよ」


  ○

   。

    .


 翌朝、河口を出発したふたりは、鬱蒼とした木々に囲まれながら、狭い河原を上へ上へと登って行った。勾配がそれほどないとは言え、空きっ腹には過酷な重労働である。3時間ほど歩いたところで、ついにスフィンクスが音を上げてしまった。

「ニャー! もう歩けませんニャ!」

 スフィンクスはバタリと河原に身を投げる。

 ハンナもハンナで、足腰に限界が近付いていた。

 少し軽率な行動だったかと、ハンナは今まで来た道を振り返る。途中で食べられるものが見つかるのではないかとも思ったが、全くの見込み違いだった。この日照りでは、植物たちもろくに実をつけられないようだ。川には魚もいるが、捕まえられそうにない。

「どうする? 出直す?」

 ハンナは、河のせせらぎを目で追いながら、スフィンクスにそう尋ねた。

「ニャハ〜……もう帰る気力もありませんニャ……」

 完全にギブアップという感じのスフィンクス。ハンナが励まそうとしたところで、ふいに川上から、男たちの賑やかな笑い声が聞こえた。

 見れば上流から、ふたりの武装した兵士たちが、こちらへ降りて来るのが見える。

 なぜこんなところに兵士が。ハンナが疑問に思っていると、男たちもハンナの存在に気が付いたらしい。急に談笑を止め、大声を出す。

「そこの女! ここで何をしている!?」

 泥棒でも見つけたかのような態度に、ハンナは機嫌を損ねた。無論、泥棒なのだが、この世界ではまだ何も盗んではいない。魚の干物以外は。

 ハンナが男たちを睨みつけると、先頭にいた若い男がその足を止めた。しかしもうひとりの方は怯まず、どんどんハンナたちに近付いて来る。

「こら、質問に答えんか! ここで何をしている!?」

 年配の兵士が、ハンナに同じ質問を繰り返した。

 面倒なことになったと思いつつ、ハンナは自分を落ち着かせる。

「……山登りをしていたら、道に迷ってしまいました」

 ハンナの適当な言い逃れに、兵士たちは顔を見合わせた。

「……山登りだと? ここがヴッハー家の領地だと知ってのことか?」

 聞き慣れぬ家名を耳にし、ハンナの背中に緊張が走った。どうやら彼女たちは、他人の土地にうっかり入り込んでしまったらしい。山だから公共物だろうと、勝手な推測をしていたのだ。

 不味いことになったと思いつつ、ハンナは物腰を柔らかくする。

「これは失礼致しました。旅人の身分ゆえ、この山がどなた様のご領地か、存ぜずに足を踏み入れてしまった次第です。どうかお赦しください……」

 ハンナの急変した態度に、兵士たちは目を丸くした。

 だがすぐに気を取り直すと、年配の男が再び口を開く。

「失礼ですが、どちらか高貴な家柄のお方でしょうか? お見受けしたところ、その立ち振る舞いと言い話法と言い、とても卑しい身分のものとは……」

 これは話が簡単になったと、ハンナはさらに居住まいを正す。

「はい……お察しの通りです……。わけあって身分を隠し、従者のスフィンクスとともに、流浪の旅をしております……」

 兵士たちはお互いに目配せした後、ハンナたちから離れて木陰に潜み、小声で相談を始めた。話の内容は聞き取れないが、ハンナにはその見当がついていた。大方、自分を出自の良い家出娘と判断して、その対応を考えているのであろう。

 この場をあっさりやり過ごせるだけでも好都合だ。そんなことを考えていたハンナに、若い方の男が走り寄って来る。

「さきほどは、失礼致しました。しかしながら、この山をご婦人だけで越えられるのは、大変危険です。我らが主、ヴッハー家のご子息イルジオ様が、この先のオッター湖にご逗留なさっています。そちらへ一度、お寄りいただけませんでしょうか?」

 まさかの展開に、ハンナは内心小躍りした。

 食事にありつけるかもしれない。ハンナはお腹が鳴らないように祈りながら、丁寧に礼を述べる。

「お心遣い感謝致します。ぜひそのようにさせていただきます。ところで……」

 ハンナは頭を下げながら、上目遣いに男の顔を覗き込む。

「そのイルジオ様は、狩りか何かでこちらに……?」

 ハンナの素朴な質問に、男はなぜか動揺を見せた。

 ただ目的を尋ねただけなのだが、答え難そうな顔をしている。

 少し不味い質問だったか。ハンナが心配したところで、男はようやく返事をした。

「い、いえ。街で病が流行っており、こちらへ避難なされているのです」

 男の尤もらしい説明に、ハンナは疑念を抱く。何か隠している。そんな気がしたのだ。

 もっとも、領主の一族ともなれば、隠し事のひとつやふたつはあるだろう。そう考えたハンナは、己の疑念を胸の奥に仕舞った。

 ハンナがそれ以上追及しなかったので、男も気を取り直し、先導を開始する。

「では、案内させていただきます。こちらへどうぞ……」

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