エピローグ
「いやー、ほんと助かりましたよー、ハンナさん!」
ポッセの身柄を仲間に引き渡したオフィーリアが、満面の笑みでハンナに礼を述べた。
それとは対照的に、ハンナは渋い顔で、オフィーリアを見つめ返している。
「あのさ、お礼は嬉しいんだけど……何か忘れてない?」
「へ?」
オフィーリアは、笑顔のまま首を右に傾げた。
「何をですか?」
「報酬よ、報酬……。三回事件を解決したら、何かくれるんでしょ?」
忘れてましたと言わんばかりに、オフィーリアはポンと手を叩く。
「はいはい、もちろんですよ。で、何がいいんですか?」
「……こっちで決めていいの?」
「ええ、何でもいいですよ!」
そう言われても、ハンナは彼女を信用することができない。
そんなうまい話があるわけないのだ。
念のため、ハンナはカマをかけてみることにした。
「じゃあ……世界征服とか……?」
「あ、それはダメです」
ハンナは、思わずずっこけそうになる。
「さっき何でもって言ったじゃない!」
「何事にも限度があるんですよ、少しは自重してください」
予想通りの結末に、ハンナは呆れてものが言えない。
とはいえ、本気で世界征服などを考えていたわけでもなく、落胆はしていなかった。
人間、そんな高望みをしても仕方がないのだ。
少なくとも、自分自身の手には余ると、ハンナは願い事のランクを下げる。
「あのさ……チキュウって世界を知ってる?」
「チキュウ? あの地球のことですか?」
微かな手応えに、ハンナの鼓動が速まる。
「えっと、私はそれがどこか知らないんだけど……あるのね?」
「はい、何て言うんですかね、全ての物語の中心みたいな世界ですよ」
「そ、そこに行くことはできない? それが私の望み」
ハンナの期待に満ちた問い掛けに、オフィーリアは困ったような顔をする。
「そう言われても……地球には二百近い国があるんですよ?」
「え……そんなに広い世界なの……?」
今までにない規模の大きさに、ハンナは圧倒されてしまう。
「ええ、ですから、具体的に場所を指定していただかないと……」
オフィーリアの出した条件に、今度はハンナが困ってしまった。
知らない場所をどうやって指定しろと言うのだろうか。
「場所って言われても……町の名前とか全然……あ、そうだ!」
ハンナの思考回路が、うまい抜け道を思いつく。
「あのね、キリヤとかチハルっていう名前の人間が住んでる地域を知らない?」
「キリヤ……ですか……」
オフィーリアは視線を空に向け、しばらく頭を揺らしていた。
そして、自信なさげに返事を返す。
「うーん……キリヤは分かりませんが……チハルは日本人じゃないですかね?」
「ニホンジン?」
「ええ、日本という国に住んでる人のことですよ。私の担当もそこですし」
閉ざされていた扉から、再び光が漏れ始める。
ハンナは、最後の一撃を加えるように、オフィーリアに詰め寄った。
「そのニッポンっていう場所に連れてってくれない? ……会いたい人がいるのよ」
「会いたいと言われても……居場所が分からないと……。あれ、そう言えば……」
オフィーリアが、ハッと口元に手を当てた。
「何か思い当たることがあるの?」
「い、いえ、ただ同期のトトちゃんが、アキハバラってところに観光に行くって言ってたのを思い出しました。何か関係があったり……?」
トトという名前に、ハンナは聞き覚えがあった。
キリヤと一緒にいた、褐色肌の女だ。
「オッケー、とりあえずそこでいいわ。後は、自分で探すから」
どうせ流浪の身だ。すぐに会えなくても構わない。
それが、ハンナの心からの想いだった。
「では、本庁に問い合わせますので、しばらくお待ちください」
オフィーリアは黒い箱を取り出すと、何やら独り言を呟き始めた。
どういう仕組みなのかは分からないが、あの箱で遠くの人と会話できるのだ。
ハンナは、息を潜めて結果を待つ。
「はい……ええ、キャラクターが地球へ、です。地球人が物語の中へ、ではありません。はい……あ、そうですか、分かりました。では、報酬を執行します。はい、ありがとうございました」
オフィーリアが箱から耳を離し、ハンナに笑顔を向けてくる。
それに合わせて、ハンナの顔も綻んだ。
「オ、オッケーなのね!?」
「はい、すぐに転送するそうです」
ヤッターと、大きく空中でガッツポーズをするハンナ。
その隣で、スフィンクスが慌てながらオフィーリアにすがりついてくる。
「オ、オイラはどうニャるんですニャ!?」
「あ、猫ちゃんもプレゼントが欲しいんですか? いいですよ、干物一年分とか?」
ふざけるなと言った顔でスフィンクスが口を開こうとしたとき、ハンナが先に口を開く。
「スフィンクス、あなたとは、ここでお別れよ。好きなものを頼みなさい」
ハンナの唐突な宣告に、スフィンクスは手を振り回しながら抗議する。
「ニャ、ニャんでですかニャ!? オイラもついて行きますニャ!」
「別に私はあなたの主人じゃないし、それに、アキハバラってところがどんな場所なのか、見当もつかないのよ。危険な世界かもしれない……。だから、ここでお別れ」
ハンナの説得に、スフィンクスが怒ったように言い返す。
「ハンニャ様は、オイラの大切な友達ですニャ! 一人では行かせませんニャ!」
真剣味を帯びたスフィンクスの言葉に、ハンナはそっと目を閉じた。
「ありがとう……スフィンクス……」
二人のやり取りを眺めていたオフィーリアは、もう一度箱に指を触れる。
「じゃあ、猫ちゃんもアキハバラへ行きたいんですね?」
「ニャハ! お願いしますニャ!」
オフィーリアはさっと連絡を済ませ、それからうーんと大きく背伸びをした。
「あー、疲れました。では、お二人ともお気をつけて!」
オフィーリアの台詞に合わせて、ハンナとスフィンクスの体が透け始める。
転送が始まったのだ。
二人はお互いに頷き合い、心の中で今後の無事を祈る。
「待ってなさいよ、キリヤ!」
こうして、ハンナたちの新たな旅が始まった。
だが、それはまた別のお話。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
最後に、エピローグについて若干補足させていただきます。
本作から入られた方には、エピローグでの会話が意味不明なものとなってしまった感があるのですが、本作はもともと『警視庁恋愛課乙女組』のスピンオフ作品となっております。ハンナは第1作『水の女』で登場したヒロインの一人で、秋葉原は第2作『方舟キーテジ号出航』のエピローグで主人公の霧矢たちが訪れる場所です。
つまり、『怪盗オオカモメの事件簿』は、この2作を繋ぐ構成として書かせていただいたものです。当初は3万字程度の予定だったのですが、6万字超えとなりました。
いずれにせよ、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです^^




