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第1話 トランスパレンツ家へようこそ

無一文状態で街を出た怪盗オオカモメとその弟子スフィンクス。彼らは、透明人間になれる能力を持ったトランスパレンツ家の館に一夜の宿を求めた。館では今、先代が遺したはずの遺言状が見つからず、不穏な空気が漂っている真っ最中。翌朝、無遺言相続人で一番利益を得るはずだった長男が他殺体で発見され、オオカモメたちは探偵役を買って出ることに。現場の状況から、犯人は被害者の目に見えなかったようなのだが……。


ミステリー度 ★★

 オカルト度 ★


【登場人物】

ハンナ 主人公。とある事情で自分の世界を追い出されて異世界を放浪中。

スフィンクス ハンナに弟子入りしている猫耳少女。


ヨハン 電球を発明したトランスパレンツ家の前当主。

ヤコブ ヨハンの長男。

ハンス ヨハンの次男。

マシュー ヨハンの三男。

リンケ トランスパレンツ家に仕えるメイド。

フランケン 執事。

 あたりは夜。闇の向こう側で、梟がホォホォと鳴いていた。長い長い逃亡劇を繰り広げたふたりは、へとへとになって、閑散とした森の小径をさまよっていた。右へ折れては行き止まり、左へ折れては獣道。どこへ向かっているのか、彼ら自身にも、さっぱり見当がつかないありさまだった。

「あのさぁ……なんで全部捨てちゃうわけ……?」

 目付きの鋭い金髪少女が、肩を怒らせながらそう尋ねた。彼女こそ、鳥の仮面を外した昼間の怪盗少女、オオカモメそのひとだった。オオカモメの小言を受けて、となりを歩いていた猫耳娘は、ハァとため息をついた。

「それはこっちの台詞ですニャ……」

 あのあと、追っ手を振り切ったふたりは、町外れにある森の中へと逃げ込んだ。人目につかない宿を探していた矢先、自分たちが無一文であることに気付いたのだ。ろくな打ち合わせもせずに、楽観的な大盤振る舞いをしてしまったことが、素寒貧の原因だった。

 あわてて町へ戻ろうとしたものの、全ては後の祭り。蟻一匹通さない警備が敷かれ、盗みを働けるような状態ではなかった。仕方がないので、この森を奥へとたどってみた。適当な民家も見当たらず、野生の獣が恐くて、おちおち眠ることもできなかった。まさに、踏んだり蹴ったりであった。

「オオカモ、じゃニャい、ハンニャ様……今夜は……」

「ハンニャじゃなくて、ハンナ」

「ハ、ハンニャ……ハンニャニャ……」

 スフィンクスはなんども滑舌をなおして、ようやく要領をえた。

「ハンナ様、今夜はどうするんですかニャ?」

 スフィンクスの質問に、オオカモメことハンナは、渋い顔をみせた。

「そうね……ここで野宿ってわけにもいかないし……」

 そのとき、ふたりのまわりを、薄いもやが包み始めた。

 ただの夜霧かと思ったが、すぐに彼らの表情は変わった。

「こ、これって、もしかしてッ!?」

「そ、そうですニャ! 世界の変わり目ですニャ!」

 スフィンクスの声に押され、ハンナは小径を駆け出した。

 世界の変わり目。それは、物語と物語をつなぐ、ゲートのようなものだ。ある物語の世界は、かならずどこかべつの世界に繋がっている。この不思議な事実を、ハンナたちは、わけあって知っていた。彼女たちは、自分たちが物語のなかの登場人物であることすら、とある出来事で聞き及んでいた。放浪の旅の理由も、そこにあるのだ。

 もやはだんだん深くなり、最後には一寸先も見えないほどの濃霧となった。

「ハ、ハンニャ様! どこですかニャ!?」

「ここにいるわよ。はぐれないように注意して……」

 そう言うが早いか、次第にハンナの視界が開けてきた。もやは引き潮のように消え、目のまえに新しい世界が広がった。森は、談合でもしたかのように、そこで終わっていた。

「や、やっぱりですニャ! べつの世界に出られましたニャ!」

「ふぅ……よかった……これですこしは望みが……」

 喜びに満ちたふたりの顔が、糊で固められたように強ばった。

 ふたりは矯めつ眇めつ、自分たちの前方を眺めた。

「……あれ、何?」

 ハンナは、夜道の遥か彼方に広がる、小さな光の群れを指差した。

「わ、わかりませんニャ……篝火(かがりび)ですかニャ……?」

「篝火にしては、ちょっとおかしいけど……」

 ふたりが見ている灯りは、ゆらめきもせず点滅もせず、不変の輝きを放っていた。

 首を傾げつつも、ハンナは先に歩き出した。

「ま、待ってくださいニャ! 置いてかニャいで!」

 あわてて追いすがるスフィンクスをよそに、ハンナは光の平原を目指した。足下の草むらは、靴底に確かな感触を与えてくれた。生きている。こうして、知らない世界で。その実感を得るたびに、ハンナは不思議な心地がするのだった。

 どのくらい距離があるのだろうか。早くとも一時間はかかりそうだ。目測でそう読んだハンナの視界に、大きな光の玉が現れた。滑らかな満月のようだった。

「あ、あれはニャんですかニャ?」

「気をつけて……魔法かも……」

 ハンナは腰の短剣に手をやり、ゆっくりと光の玉へ歩み寄った。それは金属製の細長い柱のうえで、燦々と輝いていた。

「す、すごいですニャ……昼間みたいに明るいですニャ……」

「スフィンクス、あれッ!」

 ハンナの声にうながされて、スフィンクスは視線を前方に伸ばした。

 するとその光の先に、大きな館の影が照らし出されていた。その建物を囲む庭にも、同じような光の玉が、ちらほらと佇んでいた。

「……ひとが住んでるのかしら?」

「ま、魔女の館かもしれニャいですニャ……」

 スフィンクスはそう言って、おどおどとハンナの腕を掴んだ。

「魔女か……入ってみましょう」

 スフィンクスはびっくりした顔で、ハンナに視線を戻した。

「ほ、本気ですかニャ?」

「本気よ……それに、あの平野に見える光も、多分ここのものと同じだわ。だったら、一軒家に挑む方が、街に出るよりは安全でしょう。ひとかお化けか分からないなら、敵は少ないほうがいいってこと。分かる?」

 ハンナはスフィンクスを説得して、門を塞ぐ鉄柵を押した。

 ギィというイヤな音を立てて、柵はハンナを受け入れた。

「ニャー……」

 びくびくとしっぽを丸めながら、スフィンクスはハンナの後に続いた。家が一件建ちそうなほどの広大な庭を通り抜け、ふたりは玄関の前に立った。とびらは、柵のところで見たよりもずっと高く、ハンナの背丈の倍はありそうだった。

 家主はもう寝ているだろうと思い、ハンナはできるだけ強く、とびらを叩いた。

「旅の者ですッ! 一夜の宿をお借りしたいのですがッ!」

 騒がしいノックの音が消え、庭先は静けさを取戻した。

「誰もいニャいですニャ」

「こんな広い屋敷だもの。迎えに出るまで、時間が掛かるんでしょ」

 ふたりは夜風に身を任せ、ひとの気配を待った。

 けれども、とびらはじっと、沈黙を守っていた。ひらく気配がなかった。

 ハンナは一層力強く、とびらをノックした。その音に驚いたのか、近くの林で、鳥の飛び立つ羽音がざわめいた。スフィンクスはおびえた表情で、その猫耳を塞いだ。

「……ダメね。本当に誰もいないみたい」

 諦めかけた瞬間、施錠の外れる音がした。ふたりはその場で飛び上がり、お互いの体を抱き合った。そして、すぐに離れた。くっつき合っていては、身を守ることもできない。

 ふたりは、それぞれ腰の短剣に手を伸ばして、音の正体を見極めようとした。そんなふたりのまえで、扉がゆっくりと開いた。ハンナは慎重に中を覗き込んだ。

 誰もいない。闇に満ちた玄関のホールが、おいでおいでとふたりを誘っていた。

「こんばんは……どなたかいらっしゃいますか……?」

 返事はなかった。

「こんばんはッ!」

 ハンナは腹の底から大声を出した。やはり返事はなかった。

 彼女は両腕を胸元で組み、ぶつぶつと悪態を吐いた。

 一方、スフィンクスは、体の震えが止まらないらしかった。

「ど、どういうことですかニャ……?」

「……入ってみましょ」

 スフィンクスの問いかけを無視して、ハンナは敷居を跨いだ。

「ハ、ハンニャ様!?」

 主従関係を優先したスフィンクスは、恐怖を振り払って、あとに続いた。

 中へ入ってみると、外観よりもさらに広い空間が、ふたりを出迎えた。目が慣れてくるにつれて、正面にある豪奢なドアと、左右に伸びるホールの全貌が明らかになった。相当な富豪であることは、ハンナにもすぐ分かった。

「どなたかいらっしゃいませんかッ!」

 ハンナは大声で尋ねた。少女の乾いた声が、壁に空しく木霊した。

「……誰も住んでないのかしら?」

 鍵が壊れていて、ノックの拍子に外れたのだろうか。

 ハンナは、もう一歩まえに進み出た。


 キャハハハ……

 

「ッ!?」

 ハンナとスフィンクスは、反射的に背中を合わせ、剣を構えた。

 あたりを素早く見回したが、人影はどこにも見えなかった。

「だれッ!? 出て来なさいッ!」

「そ、そうだニャ! 出てくるニャ!」


 キャハハハ……

 

 ハンナは、声の方向と距離を推し量り、その位置を見定めた。

 ところがそこには、空虚な闇が広がっているだけだった。

「からかわないで出て来なさいッ! こんなんじゃ驚かないわよッ!」

 ハンナが強気に出た途端、パチパチという拍手の音が、ホールの中に響いた。奇妙なことに、ハンナが目を向けているはずの場所から、足音が近付いてきた。

 何が起こっているのか、彼女には理解ができなかった。

「ごめんごめん……それにしても、よく逃げなかったね」

 闇が、そう語りかけてきた。

 ハンナが目を凝らしていると、何もなかったはずの空間に、透き通ったゆがみが現れ始めた。ゆらゆらと陽炎のように揺れるそれは、まるで幽霊のようだ。ハンナが切り掛かろうとした瞬間、またたく間に輪郭が定まって、寝間着姿の少年が姿をみせた。

「ようこそ、トランスパレンツ家の館へ。ひさしぶりのお客人だ」

 その少年……歳は、16、7だろうか、その少年は、もういちど拍手をした。

 小馬鹿にしているのか、それとも彼女たちの勇気を褒め讃えているのか。ハンナは警戒心をゆるめずに、少年をにらみつけた。

「あなたは、だれッ?」

「それは、こっちの台詞だよ。きみたちこそ、この館になんの用だい?」

「わたしたちは、旅人よ。宿を探しているの」

 ハンナの回答に、少年はくすくすと笑った。

「宿だって? ここが旅館にでもみえるのかい?」

 ハンナは頬を染めて、グッと歯を食いしばった。

「宿っていうのは、言葉のあやよ。泊まるところを探していたの」

「冗談だよ。きみって、すぐ熱くなるんだね。ナイフなんか持っててさ」

 ハンナは、自分の手元で光る短剣を、ちらりと盗み見た。

 そして、それを腰の鞘におさめた。

「ごめんなさい……夜盗じゃないわ。ほんとうよ」

「だろうね。夜盗が、わざわざノックするはずないからね」

 やはりからかわれているのではないか。ハンナは、急に腹立たしくなってきた。

「あなた、ここの住人? ほかに、ひとはいないの?」

 そのときだった。ひとつうえの階から、数人の足音が聞こえた。

 パッと室内が明るくなって、ハンナは飛び上がりそうになった。

「おまえたち、そこでなにをしているッ!」

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