表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

第5話 3人の容疑者たち

 検死が行われている間、ハンナたちは主要な参考人を控え室に呼び出し、一人ずつ事情を伺うことにした。

 初めに選ばれたのは、長男のヘステルだ。

 ヘステルは、上等なニス塗りの椅子にふんぞり返りながら、面倒くさそうにハンナたちの顔を順繰りに見比べていた。

「で、俺に何を聞きたいのかな、お嬢ちゃん?」

 挑発的なヘステルの態度を気にも留めず、ハンナはいきなり本題に入る。

「昨晩10時以降、どこにいらっしゃいましたか?」

「10時以降? ……そんなの覚えてねーよ」

 ヘステルは体重を前にかけ、今度は猫背気味にハンナの顔を見つめ返してくる。

 どうにもいやらしい視線だ。女だと思ってあからさに見くびられているのが分かる。

 それでもハンナは毅然として、質問を続けた。

「ヘステルさん、それはアリバイがないと受け取ってよろしいのでしょうか?」

「……アリバイ?」

 そこで初めて、ヘステルの表情が変わった。妙な真剣味を帯びてくる。

「親父は病死だろ……? 大方、心臓発作か何かに違いねえな」

「それは、医師が判断することです。昨晩のことについて、何か思い出しましたか?」

 ハンナの誘導に、ヘステルも諦めたように乗ってくる。

「そうだな……10時といやあ、部屋で酒を飲んでたかな……よく覚えてねえ」

 敢えて奇を衒わないところを見ると、どうやらなかなか抜け目がないらしい。嘘を吐くときは過度に整合性を気にしてしまい、それで墓穴を掘る人間も多いと聞く。無理にアリバイを作ろうとしないのが、ヘステルなりの賢さだろう。

 ハンナはヘステルの人物評を上書きしながら、先を続けた。

「今朝、デイ・ポッセさんの死体が発見されたとき、どこにいましたか?」

 今度は言い逃れができない質問だ。深夜とは異なり、人目につく時間帯。

 そんなハンナの思惑を見越したのか、ヘステルはあっさりと口を割る。

「食堂にいたさ。ホディエとクラスもいたな。あとは使用人も何人か」

 一見、完璧なアリバイだった。極めて検証性が高い。

 後で裏を取ろうと考えながら、ハンナは別の質問をぶつける。

「失礼ですが、お母様は?」

「おふくろなら、もう10年以上も前に死んだよ」

 なるほど、どおりでポッセの妻を見かけないわけだ。

 ハンナはそう納得し、最後の、そして一番重要な質問に取りかかる。

「ヘステルさん、この手帳をご存知ですか?」

 ハンナはテーブルの下に隠していた呪いの手帳を取り出し、ヘステルに見せた。

 それを前にして、ヘステルは何か合点がいったように、ニヤリと笑う。

「ははーん……それで俺たちを取り調べてるってわけか……病死なのに、警察がウロチョロしてるのは変だと思ってたんだが……」

「ということは、これが何かご存知なのですね?」

「ああ……子供の頃、親父が俺たちに見せてくれたからな……。と言っても、まさかそんなお伽噺を信じてるんじゃねーだろうな?」

 ヘステルは小馬鹿にしたように、大声で笑った。

 ハンナは黙って鉛筆を持ち、手帳の最初のページを開く。

「では、試しにあなたお名前を書かせていただきましょうか、ヘステル・ポッセさん?」

 ヘステルは椅子を鳴らして立ち上がり、顔を強ばらせる。

「そ、そういう冗談は止せよ……」

 ハンナはヘステルの瞳をじっと見つめ返す。

 彼の額には、大粒の汗が浮かんでいた。

「……失礼致しました。これで質問を終えます」


  ○

   。

    .

    

「このような無作法な真似をして、後で署長に掛け合わせていただきます!」

 ホディエの見当違いな脅しを無視して、ハンナは早速尋問を始める。

 どうせこの事件さえ解決してしまえば、ハンナたちは次の世界へ移るのだ。オフィーリアがどこから来ているのか、彼女にもイマイチ分からなかったが、やはりホディエの脅迫などどうでもいいという顔をしていた。

「今朝、ポッセさんが発見されたとき、どちらにいらっしゃいましたか?」

「今朝……? 皆で食堂にいましたわ……。それがどうかして?」

 ホディエは神経質な声でそう答えた。

「『皆で』というのは?」

「お兄様と弟と……それから召使いたちですわ」

 ヘステルの証言と一緒だ。ハンナはそれを記憶しておく。

「では次に……昨日の夜10時から朝食の時間までの行動を、簡単に説明していただけませんでしょうか?」

 ハンナのアリバイ探しに、ホディエはプイッとそっぽを向いた。

「答えたくありません」

 手のかかる女だ。そう思いつつ、ハンナは先に手帳を見せることにした。

 ハンナがテーブルの上に手帳を置くと、ホディエの頬がサッと青ざめる。

「そ、それは……」

「ご存知なのですね?」

「し、知りません……」

 ホディエはそう言って、視線を逸らせた。

 ハンナは追及の手を休めない。

「ヘステルさんは、これが何かご存知でしたが……あなたは記憶にないと……?」

 ホディエは素の性格が出てしまったのか、チッとあからさまに舌打ちをした。

 内心で兄のことを罵っているのだろうと推測し、ハンナは女の対応を待つ。

「……思い出しましたわ。名前を書くと人が殺せるとかいう、子供騙しの代物でしょう?」

「子供騙しですか……では、ここにあなたの名前をお書きしてもよろしいですね? 少し紙を切らしてまして……メモを取りたいのですが……」

 ハンナが言い終わる前に、ホディエは慌てて手帳に腕を伸ばす。

 だがホディエの緩慢な動作よりも、ハンナの方が素早かった。

 サッとテーブルから手帳を拾い上げ、テーブルの下に仕舞い込んだ。

「冗談ですよ……大事な証拠品ですからね……。ところで、昨晩何をなさっていたのか、そろそろ教えていただけませんでしょうか?」

 ホディエは歯ぎしりして、こめかみに青筋を立てた。自分のことを身分の低い女扱いしていたが、ホディエの方がよほど酷いではないか。ハンナはそんな評価を下す。

 1分ほど経って、ホディエは観念したように口を開いた。

「昨晩は、9時には部屋へ戻り……少し本を読んで寝ましたわ……。起きたのは、いつも通り6時で、着替えて化粧をしてから、食堂へ下りました」

「証人はいますか?」

「……確か、部屋を出たときに何人か召使いとすれ違いました。その者たちが証言してくれるでしょう」

 やはり夜中の行動は再現できないか。

 ハンナは少し肩を落としつつ、尋問を切り上げた。

「ありがとうございました。これで結構です」


  ○

   。

    .

    

「昨日の夜10時ですか? ……召使いの者と一緒に、研究室で薬剤の調合をしていたと思いますが」

 次男のクラスは、アリバイを淡々とそう説明した。

 ハンナもすらすらと質問を続ける。

「その召使いの名前を教えていただけませんでしょうか?」

 ハンナの問いに、クラスは2人の男の名前を挙げた。ハンナはそれを記憶し、今度は手帳を取り出す。

 手帳を前にしても、クラスは平然とした態度を崩さなかった。

「死の手帳ですか……父が死んだのは、それが原因で?」

「……驚かれないのですね」

 クラスはクイっと眼鏡を押し上げ、軽く溜め息を吐く。

「ええ……父が自殺するのではないかと、以前から心配していたもので……」

「自殺?」

 ハンナは思わず身を前に乗り出した。

 そんな彼女を他所に、クラスは平然と先を続ける。

「父は内蔵を煩っていましてね……おっと、なぜそんなことを知っているんだという顔をしてますね……。私はこう見えても医学生なのですよ。今日検死にいらしたアーツ先生は、私の師匠です……。そのアーツ先生の見立てでは、父はもう余命半年もないとのことでした。父の体調がおかしいのには、私もさすがに気付いていましたが……」

 老人自身の口から聞かされていなかった情報に、ハンナは戸惑いを隠せない。

「そうですか……ところで第一目撃者は、あなただと聞きましたが?」

「ええ、毎朝中庭で犬の散歩をしてるんです。ちょうどあの部屋の前を通りかかったとき、連れていた犬がいきなり吠え始めましてね。窓の方を威嚇していたので、てっきり室内にネズミでもいるのかと思い覗いたら、あの有様で……」

「窓から覗いたとき、ポッセさんが亡くなられていることに気付きましたか?」

 クラスは言葉を返す代わりに、首を左右に振った。

 ふたりの間に、沈黙が流れる。

「……有益な情報、ありがとうございました」

 ハンナがうつむき加減にそう言うと、クラスはあっさりと腰を上げ、部屋を出て行った。

 バタンとドアが閉まったところで、スフィンクスがぶつぶつと文句を言い始める。

「自殺だったんですかニャ……人騒がせですニャ……」

 スフィンクスが背もたれに寄り掛かり、両腕を後頭部に回したところで、ハンナがふいに自分の親指の爪を噛んだ。

 険しい顔付きで宙を見つめている。

「……その推理、ちょっと検証が必要よ」

「ニャ?」

 スフィンクスは体勢を戻し、ハンナを凝視する。

 ハンナは親指の爪を噛んだまま、身じろぎもせず物思いに耽っていた。

「自殺じゃないってことですか?」

 オフィーリアがハンナの集中力を乱す。

「分からないわ……確かに一番合理的な説明だけど……現場は密室だったし……。でも、それじゃ説明のつかないことがあるのよ。まずポッセさんは、なんであの空き部屋で自殺したのかってこと……鍵まで掛けて……。どうせ死ぬなら、密室なんて必要ないじゃない?」

「他の人に邪魔されたくなかったとか?」

 オフィーリアが思いつきのアイデアを出す。

 しかしハンナは、あっさりとその可能性を否定した。

「それなら、自室で死ねばいいでしょ? そもそも首吊りと違って、手帳に自分の名前を書くだけなんだから、誰も邪魔したりしないわ」

 うーんとオフィーリアは唸り、腕組みをして黙り込んでしまう。

 それでもハンナは独り言のように、疑問点を羅列していく。

「それに……こっちの方が問題なんだけど……ポッセさんはどうやって手帳を私たちから取り返したの? 例のコーヒーに睡眠薬が盛ってあったとしても、私たちの部屋は内側から鍵が掛かってたじゃない? しかも、外から開けられるタイプじゃないやつが……。部屋は3階にあるから、老人が窓から入れるとも思えないし……」

「金庫に最初から入れてなかったとか? あるいは、偽物を入れたとか?」

 一見尤もらしいアイデアだが、ハンナはそれも否定した。

「ポッセが金庫に入れた手帳は、これとマーブル紋が同じだったわ。この端っこの鳥目みたいになった模様とか、角がめくれてるところとか……私の記憶と完全に一致してるし……」

 ハンナの解説に、オフィーリアは考えることを放棄した。

 しばらく沈黙が続いた後で、ハンナがおもむろに口を開く。

「検死の結果を聞いて、それから他の使用人に聞き込みをしましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ