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第4話 完全密室

「で、なんであんたがここにいるわけ、オフィーリアさん?」

 ハンナが切れ長の目を向けた先。そこには例の奇妙な警官服を着た金髪ポニーテールの女刑事、オフィーリアが立っていた。毎日顔を突き合わせているかのような馴れ馴れしい笑みを、オフィーリアはハンナに振りまいてくる。

「事件ですからね。しかも殺人事件ですよ。こうなったら、検史官の出番に決まってるじゃないですか?」

 オフィーリアの自己弁護に、ハンナは顔をしかめた。

「殺人……? まだ殺人だとは決まってないでしょ?」

 そう言ってハンナは、足下に視線を落とす。

 板張りの床の中央。そこに横たわっているのは、就寝用のガウンから骨張った四肢をさらす、デイ・ポッセの死体に他ならない。激しい胸痛に襲われたのか、心臓の位置を鷲掴みして、目と口を開いたまま絶命している。思わず目を背けたくなるような死に顔だ。

 ハンナは良心の呵責を感じながらも、今自分にできる最善の行為に取りかかる。

 真相の究明だ。

 ハンナは膝を折り曲げ、ポッセの死体の上へと身を屈めた。

「……一見して、病死に見えるけど」

「そうですね。心臓発作か何かかもしれません」

 オフィーリアの変わり身の速さに、ハンナは不可解な眼差しを向ける。

「……さっきは殺人だって言ってたけど、それは撤回するわけ?」

「いえいえ、これは殺人ですよ」

 ハンナは膝を伸ばし、人差し指でオフィーリアの胸を小突く。

「何よそれ? 矛盾してるじゃない」

「いえいえ、矛盾してませんよ。これは、病死に見せかけた殺人だと思います」

 そのときハンナは、ある可能性に思い至った。

 なぜもっと早くそれに思い至らなかったのか、不思議なくらいだ。

「まさか……呪いの手帳……?」

 ハンナの囁きに、オフィーリアが訳知り顔で頷き返した。

「そうですよ。犯人は呪いの手帳を使ったに違いありません」

 今度ばかりは、ハンナも反論しない。ただひとつ、納得のいかない点を除けば。

「で、でも、なんであんたが手帳のことを知ってるの? アレは秘密のはず……」

 チッチッチッと、オフィーリアは人差し指を振りながら舌打ちをして見せた。

 ムッと口元を歪めるハンナに、オフィーリアは答えを返す。

「検史官の情報収集能力を甘く見てもらっちゃ困りますよ。これでも、今回のゲーム内容はちゃんと予習して来たんですから」

 《げえむ》なる聞き覚えの無い単語をスルーして、ハンナは別のところに食って掛かる。

「ってことは、本当にあの手帳で人が殺せるって言うの?」

 オフィーリアは胸を張って、首を縦に振った。

「ええ、あれは本物です。殺したい人物の名前を意識しながら書けば、その人は10分後に死んでしまうという、恐ろしいアイテムなんです。実はですね、このゲームのクリアに必要なキーアイテムで、あれがないと物語がメチャクチャに……」

 話がよく分からない方向に逸れ始めたところで、ハンナはスフィンクスに向き直り、相棒に声を掛けた。

「スフィンクス、昨日は誰も部屋に入って来なかったの?」

「ね、寝てたから分かりませんニャ」

 スフィンクスはびくりと肩をすくめ、申し訳なさそうにそう答えた。

「何時頃に寝たの? それも覚えてないとか?」

 なぜか事情聴取を受ける側に回ってしまったスフィンクスは、容疑者よろしくおどおどと昨晩の出来事を思い起こす。

「……ね、寝たのは10時過ぎだったと思いますニャ」

「10時過ぎ? それは確かなの?」

「ま、間違いありませんニャ……だって……」

 そこでようやくスフィンクスは、ことの顛末を詳細に語り始めた。眠気覚ましにコーヒーに口をつけたこと、そして猛烈な睡魔に襲われてしまい、そのまま意識が飛んでしまったことを白状する。

 それを聞き終えたハンナは、右脚でどんと床を踏み鳴らした。

「だから飲むなって言ったでしょ!」

 大声を出したハンナの前に、オフィーリアがススっと割って入る。

「まあまあ、そう怒ると、血圧が上がって老化が早くなっちゃいますよ?」

 一言余計なオフィーリアの慰めに、ハンナは唇を噛んだ。

 オフィーリアはそれを無視して、さらに言葉を継ぐ。

「それに、事件を解決するの先決です。時間がありません」

 そうだ。事件を解決するのが先だ。そう自分に言い聞かせようとしたハンナは、ふと最後の一文に躓く。

「時間がない? 何で?」

「ポッセさんが死んだことにより、王都から使節が派遣されるそうです。警察署で盗み聞きしました。到着は、明日の午後だとか」

「……まずいわね」

 王の使節。それが何かははっきりしないが、相続絡みであることは間違いない。ポッセの話が正しければ、王は殺された貴族の土地を没収できる。ポッセほどの金持ちともなれば、ここぞとばかりに没収されてしまうだろう。

 突然のタイムリミットに、ハンナは親指を噛んだ。ポッセの死体へと視線を戻す。

「それまでに事件を解決すれば、世界は元通りになるのね?」

「はい、それが私たちのお仕事ですから」

 ハンナは大きく息を吐き、自分を落ち着かせる。

 一旦引き受けた仕事だ。それに失敗した以上、後始末をしなければならない。彼女はそう思う。

「……じゃあ、早速始めましょう」

 とは言ったもののハンナは、死体の検分をするか室内の検分をするかで迷った。

 オフィーリアに顔を向け、質問をひとつ投げ掛ける。

「医者はまだ控え室で待ってるのね?」

「ええ、私たちの調査が終わるまで、解剖は始めないそうです」

「そう……それなら死体はその人に任せて、私たちはこの部屋を調べましょう」

 ハンナたちは手分けして、現場の調査を開始した。幅、奥行はそれぞれ5メートル弱、天井までの高さは2メートルそこそこしかない、小さな空き部屋だ。部屋の隅に放置された木箱がふたつあるだけで、他には家具も何もない。

 箱の中身をあらためる作業はオフィーリアとスフィンクスに任せて、ハンナは奥の壁に備え付けられた小窓へと向かった。分厚い石壁に穿たれた30センチ四方の窓には、太い鉄格子が嵌められており、人が出入りできそうには見えない。

 ハンナは鉄格子を握り、前後に揺さぶってみる。びくともしない。

「……ここから犯人が入ったわけじゃなさそうね」

 ハンナの独り言に合わせて、後ろでスフィンクスが声を上げた。

「ハンニャ様、こっちにはニャにもありませんニャ。全部ガラクタですニャ」

「こっちの箱もです。ゴミばかりですね」

 ハンナはもう一度室内をぐるりと見回す。ハンナたちが入って来た扉以外に、人が出入りできそうな隙間は見当たらない。

 ハンナは念のため、壁や床を叩いたり、天井を突き上げたりしてみたが、抜け道らしきものは見つからなかった。

「……オフィーリアさん、あの扉が最初に開けられたときは、内側から鍵が掛かっていたのよね?」

「ええ、使用人が数人、体当たりで開けたそうですね」

 死体を発見した使用人たちが口を揃えて言うには、彼らは現場に指一本触れておらず、そのまま医者を呼びに行ったらしい。そして、近所の医者がポッセの死亡を確認したところには、ハンナも居合わせていた。

 こういうことに手慣れているのか、医者は警察へ連絡するように指示し、この部屋を厳重に封鎖した。それからオフィーリアが現れるまで、ハンナが入口を、スフィンクスが小窓を監視しており、人が出入りしていない保証がある。

「使用人がドアを破ってから、私がここへ呼び出されるまで、5分と掛かってないはずよ。彼らが嘘を吐いていなければ、の話だけど……」

 とはいえ、使用人たちが嘘を吐いている可能性は、ほとんどないように思われた。以上の出来事を聞き出すにあたって、彼らの証言は何一つ食い違ってはいないのだ。

「でも……そうなると……」

 ハンナはその先を躊躇った。

 代わりに、オフィーリアが言葉を継ぐ。

「完全な密室……ということになりますね……」

 ハンナはもう一度室内を見回し、さらに質問を続ける。

「第一発見者は誰なの? ドアが開いてたのに、どうしてポッセさんのことが?」

「ああ、それは単純です。あの窓ですよ」

 オフィーリアは、さきほどハンナが調べた窓を指し示す。

 なるほど、あそこから覗き込んだわけか。しかし、それでも腑に落ちない点があった。

「誰があの窓から覗いたの? 何のために?」

「覗いたのは、次男のクラスさんですよ」

 クラスの名前に、ハンナが驚きの表情を浮かべる。

「クラスさんが……? どうして?」

「さあ、そこまではまだ調べてません」

 オフィーリアは肩をすくめて、ひょうきんなポーズを取る。一方でハンナは、例の窓辺へもう一度歩み寄った。窓ガラスから外を見ると、奇麗な中庭が見える。主人が死んだばかりだと言うのに、ひとりの庭師がせっせと枝切りの仕事に精を出していた。

 ハンナはスフィンクスたちのところへ戻り、両腕を組んで眉間に皺を寄せる。

「うーん、これだけじゃ全く見えてこないわね……まずは事情聴取を……」

 ハンナたちが状況を整理していると、ふいに入口の方でノックの音がした。

 3人は一斉に振り返る。

「誰?」

 ハンナの声に、ドアがスッと開く。廊下に立っていたのは、背の高いあご髭を生やした初老の紳士。今回の事件で呼び出された、街の名医だった。

「申し訳ないが、そろそろ死体の検分を始めさせてもらえないだろうか? 私も、一日中ここへ拘束されるわけにはいかないのでね」

 医者のやや苛立った声に、ハンナは詫びを入れ、調査を中断することにした。検屍をしてもらわなければ、死因が何かも分からないのだ。ひょっとすると、本当に病死で、何もかもが杞憂に終わる可能性すらある。ハンナは現場を医師に委ねることに決めた。

 オフィーリアとスフィンクスが先に廊下へ出て、ハンナがそれに続く。

 ところが彼女の前に、当の医者が立ちはだかった。ハンナが首を上に向けると、彼は一冊の手帳をポケットから取り出し、ハンナの鼻面に突きつけた。

「呼吸の有無を調べたとき、床で拾ったものだ。ただの手帳のようだが……。ポッセさんの私物なのか、使用人が落としたものなのかは、分からないがね」

 ハンナは言葉なく手帳を受け取り、震える指で最初のページを開く。

 そこには、デイ・ポッセの名前が綴られていた。

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