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第2話 予告されたトリック

「紹介しよう。こちらが、今日からワシの身の回りの世話をしてくれるハンナさんじゃ」

「はじめまして、ハンナと申します。お見知りおきを……」

 メイド服姿のハンナが頭を下げると、そのつむじに6つの瞳が降り注ぐ。

 ハンナは不快な視線一身に受けながら、ゆっくりと頭を上げた。

 20代くらいの男女3人が、一列に並んでテーブル越しにこちらを見ている。向かって一番左、口髭を生やした少しがさつそうな男が、ハンナを睨みながら口を開いた。

「親父、この前のメイドの何が不満だったんだい? 年齢かい? せっかく俺たちが斡旋所で選りすぐってやったのに……」

 ハンナは隣に座るポッセ老人を、横目で盗み見る。

 この老人が、目の前の男の父親だと言うのだろうか。今喋っている男は、どう見積もっても20代半ばにしか見えない。それに対してポッセ老人の方は、既に70を超えているように思われた。

 ハンナが生まれた水の都の家族観からすると、あまりにも年齢が離れ過ぎている。そんなハンナの疑念を他所に、ポッセは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「おまえたちの雇い人など、信用しておらん……。いつ毒を盛られるか、分かったものではないからな……」

 露骨な嫌みにドキリとするハンナ。これが親子の会話だろうか。

 だが口髭の男は、特に動じた様子もなく、肩をすくめて見せた。

「またその話かい。いい加減にしてくれよ。そこの……ハンナさんだっけ? ハンナさんもビビってるだろ? なんで俺たちが、親父の命を狙わなきゃならないんだい?」

 ポッセ老人は、ふんと嘲笑うように鼻を鳴らす。

「金に決まっておるじゃろ……ワシの莫大な財産……。心当たりがないとは言わせんぞ、ヘステル?」

 ヘステル。どうやら、それが長男の名前らしい。

 そのヘステルは、話にならないと言った態度で頭を掻きむしると、議論を打ち切った。

 すると今度は、ヘステルの隣に腰掛けていた女が唇を動かす。無気力そうな垂れ目の、口元にホクロのある女だった。ポッセに似ていないところを見ると、母親譲りなのだろう。

「お父様、そのご年齢で若い娘を雇うなど、世間体に関わります。そもそもこの娘、どこから連れてきたのですか? まさか卑しい身分の者ではないでしょうね?」

 元貴族としての沽券に関わるのか、ハンナは少しばかりムッと口元を歪めた。生まれ故郷では、ハンナの一族に逆らえる者など誰もいなかった。無論過去の栄光だが、それでも彼女にはプライドというものがある。

 だがそんな怒りは、今の状況には相応しくない。ハンナは澄まし顔へと戻り、お行儀良く居住まいを正す。

 押し黙ったハンナに代わって、ポッセ老人が女の疑問に答えた。

「そんなことはどうでもよかろう……。ホディエ、おまえとて、元を辿ればワシ……つまりゴミ拾いの娘なのだぞ? 他人の血筋がどうこう言える義理ではあるまい……」

 ホディエは顔を真っ赤にすると、それっきり口を噤んでしまった。

 ハンナは少し顎を引き、今しがたのポッセの台詞を吟味する。

 ゴミ拾い……。ということは、ポッセ老人は貧民の身から一代で、ここまで成り上がったことになる。言葉遣いや立ち振る舞いに粗雑な点が見られるのも、納得がいった。

 同時にハンナは、あらためて老人の力量に驚嘆せざるをえなかった。いったいどうすればここまで財産をなすことができるのか、商売感覚のない彼女には分からない。以前訪れたトランスパレンツ家のように、発明の才能でもあるのだろうか。そうは見えないが……。

 ハンナの好奇に満ちた視線を無視して、老人は3人目の一番若い男に話し掛ける。

「クラス、おまえは反対せんのか?」

 痩せ身で眼鏡を掛けた学者風の男が、無表情にハンナの顔を見た。それから眼鏡を中指で押し上げ、ゆっくりと落ち着いた口調で答える。

「いいえ……父さんの好きなようにどうぞ……」

「ほお……なかなか親思いな奴だな……だが……」

 老人はクラスの眼鏡の奥を、探るように覗き込む。

「そんなことをしても、相続分は増やしてやらんぞ……。何だその目は? ワシはな、金目当てでおまえたちがおべっかを使うのが嫌なのじゃ。ワシは一代で身を立てた。おまえたちも、同じように生きてもらう。それがワシのモットーじゃて……」

 薄々勘付いていたが、この老人、相当性格が捻くれているらしい。

 依頼を引き受けたことを、ハンナは若干後悔し始めていた。

「まあよい……おまえたち、もう下がっていいぞ……」

 ポッセ老人の言葉を合図に、3人の子供たちは席を立ち、部屋を出て行った。

 部屋には、ハンナとポッセだけが残される。

「……ずいぶん、仲が悪いのね」

 開口一番、ハンナは正直な感想を述べた。

「ふん、どいつもこいつも甘えよって…。親の特殊な能力というものは、子供には遺伝せんらしい……。事業も興せん、相場でも儲けられん……。自分で糊口を凌げんような子供に育ては覚えはないんじゃがな……」

 ハンナはそれ以上、他人の家庭事情には口出ししなかった。赤の他人が介入しても、話がややこしくなるだけだ。

 そう考えたハンナは、すぐさま本題に入る。

「で、私にボディーガードをして欲しいってことだけど……どうすればいいわけ? 四六時中、身辺を見張ってろってこと?」

「その必要はない……」

 ハンナは老人の返答に目を細める。

「必要ないって……それじゃ、殺されても文句は言えないわよ? 私だって自惚れ屋じゃないもの。遠距離からのガードは引き受けられないわ」

 抗議するハンナ。依頼条件になかったのだから、当然に文句を言う権利がある。ハンナはそう考えていた。

 ところが老人は、彼女の予期していない答えを返してくる。

「実はな……ワシは見えない壁に守られておるんじゃよ……」

「見えない……壁……?」

 思わせぶりに数秒間を置いた後、老人は先を続ける。

「法律じゃよ」

 ハンナは呆れたように、頭のカチューシャを撫でた。

 大きく溜め息を吐き、首を軽く振りながら唇を動かす。

「あのさあ……この国で殺人罪がどれくらい重いのか知らないけど、それは楽観的過ぎるんじゃない? いくら極刑にしても、殺人自体は無くならないのよ?」

「そうではない」

 老人のしれっとした一声に、ハンナはカチューシャから指先を離した。

「……どういうこと?」

「相続法じゃよ……。この国ではな、貴族の地位にある者が家族に殺された場合、国王がその領地を没収することになっておる……。無論、領地だけじゃが、ワシは不動産にかなり投資しておっての……財産の相当な割合は、土地ということになっておる……」

「あなた、貴族なの?」

 ハンナの質問に、老人は黙って頷いた。

「ワシほどの富豪ともなれば、国王から勝手に称号が下りて来るもんじゃ……。まあ、鼻薬を嗅がせなかったと言えば、嘘になるが……。ともかく、この法律のおかげで、子供たちは誰もワシに手が出せんし、むしろお互いに監視し合ってくれる次第じゃ……」

 老人の説明に、ハンナはますます思考がこんがらがってきた。

 これでは全く話が見えてこない。

「ちょっと待って……だったら、私の護衛は必要ないでしょ?」

 殺せば遺産はパー。そんな状況で、敢えて親を殺す人間はいないだろう。それがハンナの結論だった。

 しかしポッセは深く溜め息を吐くと、ハンナの鋭い瞳を捉え返す。

「そうはいかんのじゃよ。この法律にはな、ひとつ欠点があっての……。殺人の疑いがない場合は、当然適用されんのじゃ……たとえ本当は、他殺であってもな……。逆に、疑いが濃い場合は、犯人が挙がらずとも、一族連帯責任ということになるが……」

 ポッセの但し書きに、ハンナはようやく合点がいった。

「つまり、事故死に見せかけるってこと……?」

 老人は正面に向き直り、首を縦に振った。

 ようやく事態が飲み込めてきたハンナだが、それでも納得がいかない。

「でも……事故死に見せかけるなんて、そう簡単には……」

 すると老人は、無言で胸ポケットに手をやり、一冊の古びた手帳を取り出した。

 時代がかったマーブル紋のそれを、老人はそっとテーブルの上に置く。

「これがトリックの種だ」

「トリック?」

 手帳と老人の顔を、ハンナは何度も見比べる。話が再び暗転してしまった。

「これはな、昔ワシがとある行商人から買い求めたもので、死の手帳という呪いの道具なのじゃ……」

 唐突な話の展開に、ハンナはついて行くことができない。

 手帳を凝視しながら、黙ってポッセの話に耳を傾ける。

「この手帳に殺したい人物の名前を書くと、その人物は10分後に死ぬのじゃ……」

「はあ?」

 ハンナは慌てて口元を押さえた。

 老人は首を曲げ、ハンナに意味深な笑みを投げ掛けてくる。

「信じられんかね?」

 ハンナは自分の胸に訊くまでもなかった。

「信じられないわね」

 ハンナの率直な感想に、なぜか老人は満足そうに微笑む。

「そう……それが問題なのじゃ……。息子たちのうちの誰かが、この手帳でワシを殺害したとしても、誰も呪いだとは信じぬじゃろう……発作か何かで話が片付いてしまう……」

 ここまで説明されて、ハンナにもようやく依頼の全体像が見えてきた。二転三転、迷走し続けた話の筋も、彼女の中でひとつにまとまっていく。

「要するに、こういうわけね。あの3人のうちの誰かが、この呪いの手帳を使ってあなたを殺害する。全ては事故死で片付けられ、法律に触れることなく遺産がめでたく転がり込んでくる、と」

「うむ……ようやく理解できたようじゃな……」

 説明なしで分かるわけがないだろう。ハンナは内心悪態を吐いた。

「で、その呪いは本当に効くのね?」

「それは保証する」

 老人の力強い断言に、ハンナはぞっとしたものを感じる。

 まさか、試したことがあるのではないだろうか……?

 そんな疑念を胸に秘め、ハンナはもう一度手帳に視線を移す。

「……で、この手帳をどうすればいいわけ?」

「これを金庫に入れ、君の部屋でしばらく預かっていて欲しい。もちろん鍵は渡さんし、番号も教えんがな」

 呪いのアイテムを保管する……こんな奇妙な仕事があってもいいのだろうか……。

 いや、昔はもっと奇妙なことを経験したと、ハンナは自分に言い聞かせた。

「分かったわ。私に任せてちょうだい。指一本触れさせないから」

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