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プロローグ

 自分の住んでいる世界とは違う世界に行けたら、どんなに素敵だろう。ひとならばだれでも感じたことのある想いに、少女はふけっていた。川縁の水に手をひたすと、冷たい心地がした。少女は泳ぎ回る魚を見つめ、魚は息を呑む少女を見つめた。ふたつの生き物のあいだにある水面は、ふたつの世界をへだてる壁のようであった。

 少女は思う。魚は恋をするのだろうか。もし恋をするなら、この銀面を越えて、水のなかに住まってもいいかもしれない。ただ、その恋の相手が人間であれば、の話。異世界に消えた少年の面影を、彼女はつれづれに追った。彼女の初恋の相手。彼はいま、どこの世界で、なにをしているのだろうか。それを想像してみるのも、恋する乙女には楽しい。

 少女は、白いマントと、くるぶしまである、それでいてゆったりとした木綿のズボンを身にまとっていた。風が(すそ)を揺らし、金色の美しい髪を揺らした。肩のうえでバッサリと切られたそれは、彼女の強い決意を表しているようだった。その決意は、彼女の鋭い目つき、切れ長というにはやや鋭過ぎる目つきにもにじんでいた。

「ハンニャ様、ニャにしてるんですかニャ?」

 彼女の詩的な気分を、のんきなダミ声が台無しにした。振り返ると、真っ赤な龍騎兵の服を身にまとった、背丈の低い少女が立っていた。帽子の両端からは、茶色い猫耳が、くちびるからは、ちょっとばかり長い犬歯が覗いていた。

「スフィンクス、町の様子は?」

「タレ込みのとおりでしたニャ。警備がうすくニャってますニャ」

 ハンナは靴ひもを結びなおすと、スッと立ち上がった。

 芝生のうえに放り投げておいた帽子を拾い、ふところから奇妙なお面を取り出した。それは鳥のくちばしを持った仮面で、真っ白なカモメのようにみえた。

「ハンニャ様、どういう作戦でいきますかニャ?」

「ハンナじゃなくて、オオカモメと呼びなさい」

 猫耳少女は、はいと答えた。オオカモメとは、ハンナの異名。彼女が怪盗家業をするときに使う、コードネームのようなものだった。ただのコードネームではない。オオカモメと言えば、この国で知らない者のないほどの、大怪盗。手練手管で、金持ちからせしめては、貧乏なひとびとに配るという、義賊の象徴であった。

「スフィンクス、馬車が通るのは、中央広場の東側なのね?」

「間違いニャいです。先頭はおとりで、真ん中に金樽がありますニャ」

 ハンナは、オオカモメは深くうなずくと、腰の短剣を確認した。さきほどまでの感傷的な気分を振り切って、川辺の坂をのぼり始めた。彼女の念頭にあるのは、失われた片思いの行く先ではなく、これから手がける犯罪の青写真だった。

「それじゃ、行くわよ、スフィンクス」

「はいニャ」

 ふたりは颯爽とマントをひるがえして、真昼の小径を下って行った。

 彼らは、これから起きる不思議な事件の数々を、まだ予見してはいなかった。

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