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傍観者の憂鬱

作者: 翳目

この作品にそのような表現は含まれてませんが、この短編を含む『Raison D'être』は、大人向け(女性向け)表現を含む場合があります。



身を焼くようだ、と、コクヨウは思う。

葺き抜けの高い天井にあつらえた豪華な装飾が、西日を受けて鬱陶しいほどに反射する。

必要性を微塵も感じさせない壁の装飾、無駄に広い廊下、何故これほどに、細部を目立たせようとするのだろう。


床には窓枠の影が細部まで浮かび上がり、この建物の内部自体が、この国の在り方を誇示するようだった。

そしてこれほど巨大であるにも関わらず、その役目はただの会議場である。ことに、年に数えるほどしかない大規模な会議の為だけの。

それがこの国の普通なのだ。生まれついて持った立場を自力で覆す能力がないのなら、権力者の足元にひれ伏す以外、道はない。

大陸中が西の風に促され、王による共和制政治――発展途上とはいえ――平等の名を借りようとし始めている中、ただ一つ「帝国」の名を掲げたままの大国。

―――サンヴァール帝国は、周囲のどこの国とも相容れぬ、絶対的な国の特性を根底に持つ。



「あっ、いたいた。コクヨウ」


耳慣れた声が、広いフロアに反響する。振り返ると、中央の階段の上から、上司がこちらに手を振っていた。

童顔で小柄―――彼女が一国を支配する立場にある者なのだと言って、誰が頭から信用するだろう。

ヒスイ・エラッド。西の島国リヴァリスタ海皇国(かいおうこく)を統べる領主であり、コクヨウの上司だ。


「やーっと終わったよ〜、もうお腹すいた〜。あっそうだ!ヴァールの帝都って食べ歩きできるらしいからさ、今から行かない!?」


ついでに言うなら、正確に少し難がある。今年で四十を越えるくらいだが、彼女の場合は外見だけでなく中身も若干、いやかなり幼いと言っていい。

これでも、一つの国の政治を手にとっているのは明確な事実だ。時々疑いたくもなるが、それを確信させられる場面を、コクヨウは何度も経験している。


「…一人で行ってこい」

「えぇ〜なんで?大使館なんかで出てくる下手な料理より、そっちのが絶対美味しいって」


コクヨウの素っ気ない対応に、ヒスイは不満そうな声を上げる。敬語一つ使わなくても、ヒスイには関係ない。

この二人はそういう関係であるし、そもそもリヴァリスタという国が、例えるならサンヴァールほど格式の高さを必要としていないのだ。


「知るか。…それより、あの後どうなった」


食事の話は適当に終了させ、コクヨウは待っている間ずっと気になっていたことを口にする。

先刻までヒスイを待たなくてはいけなくなったのは、今日の会議で、少し面倒な事態が発生したからだ。


「”お爺さん方(オルノ・アドーラ )”が勝ったよ。まぁ、当然っちゃ当然だけど」


はしゃいだ声が唐突に、静かな響きを持つ。大声で話しているわけではないのに、無遠慮なほどその声は反響した。

お爺さん方(オルノ・アドーラ)」―――それは、リヴァリスタの隠語でサンヴァールのことを指す。実質的には、隠語の役を最早果たしてもいないくらいだが。

リヴァリスタだけでなく、周辺の国々は皆、昔からサンヴァール帝国とその国民のことを「頭の固い老人」と揶揄していた。

それは、大陸最古の国であり、大陸最後の帝国として周辺の国へと圧力をかける彼等への、微かで確かな反発を含んでいる。

そしてサンヴァールもまた、周辺の新生国家、殊にリヴァリスタのことを「無知な子供」と言って蔑んできた。

海と陸は決して交わらない――――そのせいで、リヴァリスタとサンヴァールは、ことあるごとにいがみ合う関係にあった。


「…真教を制裁したことに関しては、彼等を確かに”異端”だと認識していた僕たち周辺の国々が、強くものを言える立場にないからね」


一年前、六年間もの間続いた凄絶な戦争が終わった。陸で起こる戦争は、これが最後になるだろうと誰もが噂している。

大陸の歴史―――サンヴァール帝国成立の頃からの因縁だった。…サンヴァールによる、異端宗教国家の征伐。

戦争が始まった当時、コクヨウはまだリヴァリスタの国家機関には所属していなかった。その頃は、陸に渡って傭兵をしながら生活していた。

だから、真教の義勇軍を鎮圧する為に、戦場に何度か赴いたことがある。まさかその時は、傭兵を辞めてからも、こうしてこの事件に関わることになるとは思ってもみなかったが。


「領土は」


共和国との国境線にいくつかの山脈を持つあの土地は、平地のサンヴァールとは違い、水にも恵まれている。

長い因縁が続いていたのは確かだが、六年かけても征伐を完了させたのは、おそらくあの土地が魅力的だったからだろう。


「勿論、ヴァールが総獲りだよ」


ヒスイは肩をすくめてそう言った。

かなり古い記述では、南半分はかつてはゴーラの領土だったというが、そんな真偽は、もはや確かめようがない。

卓上の争いも得意なヴァールが、上手く全てを手に入れられても不思議ではないだろう。


「癪に障るよ、相変わらず。…あの戦争の死傷者の統計資料、見た?」

「ああ、…」


短く答えたが、コクヨウはそれ以上を口にはしなかった。する必要もないだろうと思ったのだ。

ヒスイも同じ統計資料に目を通している。その結果をわざわざ言ってきたというのは、それを確認したいが為ではなく、単に口に出す以外方法がなかったからだろう。

征伐軍死傷者の数倍、十数倍上をいく数字―――義勇軍を含めているとはいえ、六年間でこんなにも殺せるのかというほど、膨大な数値がそこには弾きだされていた。

武器を持たない一般市民の大虐殺。それが糾弾されないのは、あの国が国際的にも異端な存在であったからだ。

今更、実質一つの国を侵略してしまったサンヴァールに対して、異議を唱える国などあるはずがない。


「…ま、新しい領土手に入れたんだし、しばらくは大人しくしてくれるといいんだけど」


伸びをしながら、ヒスイは言う。その声には、若干面倒くさそうな響きが交じっていた。

その言葉には、コクヨウも無言でうなずく。リヴァリスタがサンヴァールを嫌う理由、そしてサンヴァールがリヴァリスタを嫌う最も大きな理由は、海にある。

リヴァリスタは島国。国家防衛の為には、海上で強くあり続けることが最も重要だった。国土への侵入は、海で防がねばならない。

対するサンヴァールは、大陸を昔から軍事力で支配してきた国だ。その陸軍の強さは、他のどの国でも到底及ばなかった。

総合的なただの数値に表せば、おそらく両国の総戦力は互角だろう。だが、リヴァとヴァールは、この長い大陸の歴史の中で、一度も戦力を交えたことはない。

理由は簡単だ。まず、リヴァリスタの陸軍は、国内の魔物討伐の為にあるようなもので、実質軍隊としての能力は非常に低い。

そしてサンヴァールは、内陸国であることで広い港湾を得られず、そもそも海軍を保持することができないでいる。

仮に海を渡っても、リヴァ軍は陸では無力。そして、海を渡ることができないヴァールには、リヴァの国土を踏むことはできないのだ。


「侵略する気がないことは、もう解ってるんだけどなぁ」


リヴァリスタ海皇国が成立してしまったことで、サンヴァールがあの孤島を獲得することは、事実上不可能になった。

しかし、未だに彼等は、海軍を持つことを一つの目標に掲げている。長年のゴーラとの交渉を見れば、すぐに分かることでもあった。

ゴーラがサンヴァールの要求を突き返しているうちは、まだいい。だが、仮になんらかの理由でその地点を通過してしまえば、ヒスイたちはともかく、国内は混乱に陥るだろう。

今はまだ仮説でしかないが、おそらくサンヴァールならば、海軍強化など二、三年あれば簡単にできる。

最近では重工業が発達してきているというから、場合によっては今までの海上戦の常識を覆すようなことを、やってのけるかもしれない。


「魔法が彼等にとって脅威なうちは大丈夫だろうけど、今度は何を作り始めるか分からないしなぁ」


こういう真面目な発言を聞くと、ヒスイがその形でも一国を背負った立場にあるのだと、再認識できる。

それでもコクヨウは、ヒスイの言葉を半分は聞き流していた。彼もまた、こういう性格なのだ。


「―――で!夕飯だよ。どうする?街の方行かない?」


…と思いきや、ヒスイはいきなり思い出したように大声を上げる。

「思い出しやがったか」とコクヨウが小さく呟いたのには、気付いていないようだ。


「一人で行ってこい」

「さっきから、それしか言ってないよね」


そう言って不満げな顔をするヒスイを、コクヨウは涼しい顔で受け流す。

陽射しを遮るものもなく、反射してばかりの西日がホールを蜜色で満たし始め、鬱陶しい。

纏わりつく光を嫌うように、コクヨウは視線を伏せて歩調を速める。その時、不意に後方から話し声が聴こえてきた。

何気なく振り返る。ヒスイもコクヨウと同じく、今自分が降りてきた巨大な階段―――声がした方を見ていた。

この広さでは、たとえ小声でも何と言ったか聞き取れるだろう。だが、聴こえてきた言葉はサンヴァール語だった。


「あぁー…」


隣で、ヒスイがあからさまに嫌そうな声を出す。

思ったことをなんでもかんでも口に出すような性格なら、コクヨウも同じような反応をしていただろう。

そこに現れたのは、二人が今の今まで顔を突き合わせていた人物。

亡き皇帝に代わって戦後の外交処理と国事を執り行っている、サンヴァール皇室の長女ティナ・リオネーゼ・サンヴァール。

そして、階段を降りようとする彼女の先に立ち、手を差し伸べている、いかにも紳士的な立ち振る舞いの男は、サンヴァール軍を統率する総司令官レン・ザフォード。

この二人が、今日の会議を長引かせた原因だ。

少なくとも、自然と眉間に皺を刻ませるくらいには、コクヨウ達リヴァリスタ側の人間は、彼等を嫌っている。

対立する二国間の最も相容れないとするところは、互いの国家の性格にあるわけだが、この二人―――殊にザフォードの言動は恐らく、サンヴァール帝国そのものだと言っていい。

帝国主義の時代は既に過ぎた。これまで各国で起こっていた民族紛争やクーデターも、この「真征伐戦争」を最後に収束に向かっている。

これからは、長く停滞期にあった国際協調の世界を作っていくべき時だろう。

だが、サンヴァールはどうにも、そういった風潮を全面的に推奨しているとはいいがたい。むしろ逆のようでもあった。

その証拠に、今日の会議。

実質、滅亡したと変わらないあの無名の国家を、サンヴァールは自国に吸収することを認めるように、各国に要求してきた。


「…帰ろう」


不快害虫を見たかのような表情で、ヒスイは短くコクヨウに告げた。そして、西日の差す出口へ向かって歩き出す。

それに従いながら、コクヨウは一人、思案を巡らせていた。


サンヴァールがいくらこの戦争を「征伐」と銘打とうと、対する国家の国土を奪取したのなら、それはただの侵略行為だ。

むろん、帝国主義が横行していた時代なら、それは何も妙なことではなかった。だが、時代は変わりつつある。

コクヨウや他国の副官達が会議を抜ける直後まで、会議に参加していた国のほぼ全てが、サンヴァールに対して異議を唱える形だった。

言うまでもなく、リヴァリスタも。国際協調と掲げていこうとする中、他国の領土を侵略する行為に、一体誰が賛同しようか。

だが、結果は、サンヴァールの要求を全て承認する形で決着したのである。

各国を黙らせたのは、恐らく皇女ティナではない。激しい避難の声の中で、一人、余裕の笑みさえ浮かべていたあの男だ。

ヒスイが言ったように、あの無名国家は確かに大陸の中では「異質」であり、これまでの歴史では常に敬遠されてきた。

征伐後、危険因子による新国家成立を黙って見守るより、強力な国の支配下に置いた方が大陸の安全のためでもある。…そう言われれば、もう反論の余地はない。

数十以上の国家の代表が参列する前で、堂々と――見下した目で――それを言ってのけるザフォードの姿は、安易に想像できた。


疼くような苛立ちと嫌悪感と共に、自分のいなかった間のことが気になった。

世間にとんと関心のない性格ではあったが、どうしてかあの男には苦手意識がある。―――見れば、理由のない嫌悪が込み上げてくる。

ヒスイに尋ねようとしていたことを、コクヨウは黙ってやり過ごした。口にするのも忌々しい。

この国の全てが、身を焼くように纏わりついてくる。土地も風も光も、政治も人も、その思惑でさえ。


高台に建てられたこの場所では、外に出れば街の殆どを見渡せる。無駄のない整列した街並みのその向こうに、何もない平坦な地上がただずっと続いていた。

数千年続く因縁の果てに燃え尽きた。そして再生まで、一体どれだけの時間が必要なのだろうか。


「ねぇ、」


街まで伸びる長い階段を降りようとしたとき、ヒスイが振り返った。


「夕飯どうする?」

「……」


ああ、まだ終わってなかったのか。そう、コクヨウが心中で舌打ちしたことをヒスイは果たして気付いたのか否か。

淡い若葉色の髪を揺らして、子供のような笑みを浮かべた。


「一緒に行こうよ?これ、上司命令」

「……」


コクヨウは何も言わない代わりに、今度はしっかりと聴こえるように舌打ちした。後半が全く冗談に聴こえないのだ。

その絶対的に肯定とは受け取れない表情を、ヒスイは了承したと解釈したらしい。

まあ子供のように喜ぶ彼女から視線を離し、コクヨウはもう一度、どこまでも続く何もない地平線を見る。


だからどうということもないのだ。


ふつと浮かんだその呟きは、不意に吹く乾いた風に、誤魔化されるように消えていく。

いつの間にか、あの頃と同じ風が吹くようになっていたことに、コクヨウはその時初めて気づいた。








<fin.>





テスト投稿のつもりですが、最後まで読んで頂いた方、ありがとうございます。

いかがだったでしょうか。私の文章は理屈っぽく尚且つ地の文が異常に多いので、読みにくかったのでは…とそわそわしている次第ですが(苦笑


『Raison D'être』自体は連載作品に似ているのですが、主にはこのような短編を投下していくスタイルです。

興味のある方は、もしよければ、サイトの方にも足を運んでいただけると嬉しいです。


自作まだしばらくかかります。

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