第六話 異世界にて誘拐事件アリ
「ほんとうに、ほんとうに行ってしまうのですか? 勇者さま」
「ああ。心配しなくてもいい。俺はすぐに帰ってくるから」
「ほんとうですね? すぐですよ! きっとすぐですよ! わたくしずっと待っていますから!」
「ああ」
「きっと無事に帰ってきてくださいね!」
「もちろんだ。俺が姫さまとの約束を破るわけないだろう」
……などと、戦地に赴く恋人同士のような会話を続ける俺と姫さま。
半分はネタとその場のノリだが、姫さまも案外楽しんでくれているようなのでつい興が乗ってしまった。
「きーさーまーらー……!」
そして背後にはヤンギレシスコン兄貴、もといこの国の王様サイラスが激烈ブチ切れオーラを発しながら唸っている。
「あ、そろそろやめた方がいいかもですね、勇者さま」
「だな。冗談が通じない阿呆に権力を持たせるとろくなことがないよな」
あははは、と二人で笑い合う。
何日か会話していく内に分かったことなのだが、この姫さま、かなりノリがいい。冗談だと分かっていてもちゃんと合わせてくれるのだ。だからこういう馬鹿な会話がかなり楽しかったりする。
「ユフィ! お前まさかこいつのことが気に入っているのか!? 我は許さんぞこんな冴えない中年にお前を嫁に出す気はないからな!」
「嫌ですねえ、兄様。勇者さまは勇者さまであり『冴えない中年』などではありませんわ。それにわたくし忘れていませんのよ。兄様がわたくしに勧めてくる結婚相手はみんな勇者さま以上に歳を取った中年どころか壮年ではありませんか」
「うぐ……!」
痛いところを突かれたのか、サイラスは苦り切ったように黙り込む。
「姫さま、それマジ?」
「マジもマジですよ。兄様ったら可愛い妹を政略結婚の道具としか考えていないんですわきっと。この前なんて五十を過ぎた還暦前のおじいちゃんだったんですよ」
「うわ……それ使い物になんのかよ。枯れてんじゃねえの?」
「使い物……?」
「貴様はそれ以上喋るな!」
使い物について首を傾げる姫さま。説明してやろうとした俺をサイラスが剣を抜いて止める。ピュアな妹を守ろうという気遣いなのだろうが、五十過ぎた老年を結婚相手として紹介するあたり、こいつにそんな資格はない。
「わ、我は我なりに妹の幸せを考えているのだ! 老年とはいえスメラギ国のレルヴァリエ王は良き治世を続けている賢王と聞いている。そのレルヴァリエ王がユフィを正妻として迎えたいと打診してきたのだ。これは兄として祝福してやらなければなるまい」
「………………」
「………………」
良き王と良き夫というのは完全に別物だと思うのだが。姫さまもサイラスに対して俺と同じように呆れた視線を向けているあたり、俺と同意見なのだろう。
「……レルヴァリエ王は二年前に正妻を亡くしていますからね。扱いとしては後妻なんですよ、この場合。しかも側室は二十人います」
「……妹の幸せを根本的な意味で吐き違えてるな、それは」
「ですよねぇ。馬鹿な兄を持つと色々苦労するんです」
「分かるぜその気持ち。俺は逆の意味でそれを痛感していたからな」
二人でひそひそと語り合う。姫さまもサイラスに対して色々と思うところがあるようだ。
「逆の意味?」
「俺の場合兄貴が優秀すぎてな。別の意味での苦労があったんだ」
優秀な兄貴を持つと、無駄な苦労が多い。一番堪えるのは比べられることだ。『お兄さんに比べてまったくあなたという人は――』『少しはお兄さんを見習ったらどうですか』などという台詞はすでに数百回は言われたのではなかろうか。蓄積ダメージにすればおそらく五万ライフくらいは削られる。
「だから貴様らくっつくんじゃない! 離れろ! 我の前でいちゃいちゃするな!」
再びサイラスがキレる。
「じゃあ兄様のいないところで今度はいちゃいちゃしましょうか。勇者さま」
「いいな、それ。じゃあ俺の部屋で」
「………………」
そろそろ離れないと本気で殺されそうだ。姫さまとの会話は実に楽しいのだが、サイラスを前にすると多少の自粛が必要なのかもしれない。
「じゃあ姫さま。俺はそろそろ行くことにする。俺が帰ってくるまではこれを俺だと思って大事に持っていてくれ」
最後のお約束として『俺の代わりに』的なアイテムの受け渡しを行う。ここまでノリよく勧めてきたのだから、やはりここは最後までセオリー通りに進めなければ。
「わあ、可愛いですね! これってあの時の髪飾りですよね?」
「そう。俺の世界において女の子の萌え……もとい魅力を最大限に引き上げるスペシャルアイテムの一つだ。それを付ければ姫さまは最強無敵の萌え美少女になれるのさ!」
その名も猫耳カチューシャ!
「さっそく付けてみてもいいですか?」
「ぜひぜひ! 見たい!」
「……ではさっそく」
すちゃりと装着。姫さまの頭部からぴんと立った白黒の猫耳が生えてくる。銀髪に良く映えるそれは、俺の……
「ぶはっ!」
俺の鼻にクリーンヒットのダメージを与えてくれた。
具体的には鼻血が出た。
ぶはっと。ぶしゅっと。ぼたぼたと。
「だ、大丈夫ですか勇者さま!?」
「だ、だいじょぶだいじょぶ! むしろありがとう! みたいな!」
「?」
「いやこっちの話」
俺は溢れ出す煩悩……もとい鼻血をティッシュで拭き取りながら、心配そうに覗き込む姫さまに手を振って見せた。
ひとまず旅立ちの記念に写メっておくことにする。俺の携帯メモリーに素晴らしきデータが一つ追加された。
「貴様――! ユフィをいかがわしい目で見るんじゃない!」
そして鼻血の意味を理解しているサイラスが再びぶち切れるのだが、
「兄様?」
猫耳カチューシャを装着したまま振り返った姫さまを目にした途端、
「ぐはっ!」
妹の姿に萌え死んだ。
やはり文化は違っても萌えは共通するものらしい。
姫さまの猫耳カチューシャは絶妙に似合っていることが、世界を超えて証明されたということだ。
「あう……うが……ぐう……!」
剣を抜こうとして固まった状態で、なにやら唸っている。
きっと俺に対してキレかけていたものの、俺がいなければ姫さまのこんな姿を見ることは叶わなかったはずなので、その辺りの葛藤を演じているところなのだろう。うん。きっとそうに違いない。そういうことにしておいた方がお互いのためだ。
そんな馬鹿兄貴&萌え姫さまのやり取りを経て、俺はようやく旅立つ準備を終えたのだった。
転移魔法陣を使用してハイディグレードとの国境まで移動する。普段着であるワイシャツにネクタイ、そしてスラックスのままだとかなり目立ってしまうので、今回ばかりはルディアの一般的服装に合わせることにした。
俺が今身に付けているのはルディアの一般市民が着用しているごく普通の服装だ。ゆったりとした黒い服は、どちらかというと修道士を連想させる。
下にズボンを穿き込んでいるとはいえ、一見ロングスカートのワンピースにしか見えないのが個人的にダメージが大きかったりする。
「勇者殿。あまり一人でうろうろしないでください。護衛は自分一人ですから」
「………………」
極めつけは唯一護衛についたレキという男だった。レキはどうやらサイラスの副官のようで、俺の護衛というよりは監視役の意味合いが強いのだろう。俺に対する態度がどうにもきつい。きっと『余計なことするんじゃねえぞこの穀潰し』とか思っているのだろう。
「うろうろしないと調査にならないんだがな。守って欲しいとは言わないが、俺の行動を制限するな」
「………………」
……調子に乗るなよこの野郎、みたいな目で見られた。しかも右手が剣に添えられている。こいつは護衛じゃねえ。絶対に違う。背中を見せたら殺られるタイプのキャラだ。
サイラスから護衛が一人付くと聞いて命の保証は最低限大丈夫かなと安心していたのだが、この調子だとそれも当てにならないかもしれない。つーか俺といいこいつといいあいつの人選ミスは才能の域にあるのではなかろうか?
「ここには捕虜はいるのか?」
「捕まっているのが何人かいるはずですが。まさかお会いになるつもりですか?」
「そのまさかだ。会わせてくれ」
「……分かりました」
ちょー渋々といった感じで了承してくれるレキ。こいつは絶対にサラリーマンにはなれないだろう。思っていることが表情に出過ぎる。
アルザス地区のルディア軍駐屯所に案内された俺は、レキが捕虜との面会手続きを完了させてくれるのを大人しく待つ。
何やら書類を何枚も書かされているが、捕虜に会う程度のことでそこまでしなければならないあたり、軍人というのも色々と大変だなぁ、などと他人事のように思うのだった。
……俺のせいだけど。
全ての手続きが終わり戻ってくるレキ。
「終わりましたよ。これでハイディ族の囚人との面会が可能になります。ただし面会時間は一時間まで。それで構いませんか?」
「充分だ」
一時間もあれば必要な話は大方聞くことができるだろう。
今知りたいのはハイディ族からの意見や視点だ。
一時間の会話でどこまで分かるかは俺次第なのだろうが、まあやってみるしかないだろう。
「レキ。あんたも付いてくるのか?」
「護衛ですから」
出来れば監視役のいないところで会話したいのだが、さすがにそこまでうまくはいかないだろう。サイラスだって百パーセント俺を信頼しているわけではないはずだし、レキに至っては百パーセント不審感しか抱いていないだろう。
地下牢へ続く薄暗い階段を降りながら、まずは何を訊こうかという思考を巡らせる。時間は限られているのだし、質問は最大効率で行わなければならない。しかし警戒心を抱かせないためにも世間話にも気を遣わなければならないだろうし、これは意外と難関かもしれないな。……などと事情聴取前の刑事みたいな思考回路になりながら、俺は歩を進めていく。
牢の前で待っていた門番と目が合う。
「あ…………」
「………………」
目が合う。顔が分かる。見覚えがある。記憶が一致する。
「カグ……」
ラ、と言おうとする前に俺は当て身を食らった。
「らっ!?」
武道の心得など全くない俺は、その一撃で無力化されてしまう。
「貴様!」
遠ざかる意識の中で、レキが何か叫んでいるのが聞こえる。恐らくカグラへと向かっていったのだろう。
その後、カグラとレキがどうなったのかは分からない。
俺の意識は泥沼に沈むように落ちていった。
「ん……」
目が醒めると、そこはベッドの上だった。
「よっ。目が醒めたか?」
ベッドの側の椅子に座っていたのは、他でもないカグラだった。そして俺は気絶する直前の事を思い出す。
「て、てめっ!」
とにかく文句を言おうとして跳ね起きるのだが、しかし当て身のダメージがまだ残っているのだろう。その衝撃で腹部の鈍痛が俺を苦しめた。
「いててて……」
腹を押さえながら呻く俺を見て、カグラは気まずそうに頭を掻く。
「悪いな。いきなり誘拐してしまって。だがまあ俺も主に仕える騎士としては命令に逆らうわけにはいかなかったんだ」
「命令って……」
俺を誘拐しろなんていう命令を出した誰かがいるって事か?
いや。ハイディグレードの千人隊長という立場に命令を出せる主がいるとすれば、それはもう一人しかいないだろう。
「そっちの王様か……」
「まあそんなところだ」
「だからって誘拐とは穏やかじゃないな……」
「その辺りはあの方の趣味だからな。まあ大目に見てやってくれ」
「見られるか!」
っていうか趣味って!?
俺は趣味で誘拐されたのか!?
何だこの理不尽展開!
「ま、まあ牢屋に入れられているわけでも縄で縛られている訳でもないから危害を加える目的で誘拐した訳じゃないってことは理解したよ。ところで俺と一緒に面会に来ていたレキ。あいつはどうしたんだ? 一応、俺の護衛役ってことになってたんだけど」
俺は心配になっていたことを質問する。まさかとは思うが……
「安心しろ。目的はあくまでタローだけだったからな。あの護衛役にはしばらく眠ってもらっただけだ。殺してはいない」
「そうか……」
いけ好かない奴ではあったが、しかし殺されても困る。カグラが任務を遂行するにあたって必要最低限の暴力に留めてくれたのはむしろ僥倖なのかもしれない。
「カグラが居るって事は、ここはルディアじゃなくてハイディグレードなのか?」
「ああ。ハイディグレードの王都。ハイディ城の一室だ」
「国境を越えてしまったのか。王都ってことは結構な距離があるはずだよな。まさかもう数日経過しているのか?」
「まさか。転移魔法を使用したからまだ半日足らずだ」
「……便利だな、魔法って」
下手すると使い方次第では飛行機よりも便利なのではないだろうか。
「それにしても異世界人である俺にハイディグレードが一体何の用なんだ?」
そうだ。俺が誘拐された理由。
まずはそこを聞かせてもらわなければならない。
「それはまあ、ご本人から聞いてくれ」
「へ?」
「うむ。その先は儂が説明しよう!」
バターン、と勢いよく部屋のドアが開け放たれる。
「えっと……」
俺は呆気に取られながらもドアの先に視線を移した。
「うむ。苦しゅうない、面を上げよ」
「………………」
そこにいたのは、何だかやけに古めかしい喋り方をする金髪紫瞳のボンッキュッボンッなお姉さんだった。 ……いやまあ、お姉さんといっても俺から見たらお嬢ちゃんなんだけどな。年の頃は二十代前半くらいだし。しかし雰囲気が『お姉さん』的なのだ。分かるかなあこの感覚。分からない奴は男として枯れている。女性の場合はそれぞれの感性にお任せということで。
「初めまして。ええと誘拐犯なお姉さん?」
「誰が誘拐犯じゃ!」
出会い頭から誘拐犯呼ばわりされたお姉さんは速攻で突っ込んできた。
「いや、事実だし」
「うぐっ! 誘拐したのはカグラであって儂ではないぞ!」
「……陛下それ酷いです。命令したのは陛下なのに」
「ええい! バラすな! 主人のために罪を被るのも良き臣下の役目じゃろうが!」
「ええ~……それはちょっと……」
じたばたと暴れているお姉さん。カグラとのやりとりがかなり面白い。というかこのお姉さん、体型はともかく内面は凄まじく幼いのではなかろうか。いかんいかん。ロリ萌えがむくむくと表に出てきそうになる。
『陛下』ということはこのお姉さん、ハイディ族の長なのだろうか。確か名前はセイン・ハイディグレードだったか?
「とにかく我が城へようこそ。ルディアの勇者殿。このセイン・ハイディグレードがそなたを歓迎する」
「………………」
スルーされた。誘拐とか拉致とかその辺りのことをスルーされた上で歓迎するとか言われた。
「……ええと。俺のことは知ってるみたいだな。セイン、でいいのか?」
「構わぬ。そなたは臣下ではなく客人じゃからな。特別に呼び捨てを許そう」
「そりゃどうも」
えっへんと無駄に大きい胸を張るセイン。ちょっと大きすぎる気がする。やはり女性の胸とは慎ましやかであるべきだ。手の平サイズに納まるもを思う存分揉みしだくのが男の楽しみというか……いやいや! 今はそういう場合ではなく!
「まずは礼を言っておくぞ勇者殿。ルディアの白髪頭からカグラを助けてくれたそうじゃな。感謝するぞ」
「白髪頭って……あいつの髪は銀髪なんじゃ……」
何だか猛烈な悪意を感じる呼び方だ。やはり仲は悪いのだろうか。
「ふん。あんなの白髪頭で充分じゃ! 儂の金髪を枯葉頭などと呼びおって!」
「………………恐ろしく低次元な喧嘩をしてるな、あんたら」
お前のかーちゃんでべそ的なアレと大差ないぞ、それ。
戦争している国同士な割に実態が低次元ってなんかどうしようもない気がするのは俺だけだろうか?
まあ戦争していると言っても両国の王が言葉を交わす機会が少なからずあるのだろうけど。その際の言い争いが低次元すぎるということだろうか。
「……ごほん。まあアレじゃ。礼を言いたかったのは本当なのじゃ。それに勇者殿は我々との対話を望んでいるようじゃったからな。捕虜と話をさせるよりは儂と話をした方が手っ取り早いと思って招待させてもらった」
「はは……誘拐ね……」
お互いの認識に恐ろしいほどの隔たりがあるような気がしないでもないのだが、そのあたりを突っ込むと話が進まない気がしたので黙っておくことを選択。沈黙は金。……ちょっと使い方違うけどまあいいか。
「何でも『戦わずに戦争を終わらせる』とあの白髪頭に啖呵を切ったそうじゃな。儂もその話には興味がある。よかったら聞かせてくれんかのう」
「セインが聞きたいって言うんならそりゃ大歓迎だけどさ。その前に一つだけ確認しておきたい」
「なんじゃ?」
このプランを成功させる前提条件を確認しておかなければならない。
サイラスは渋々ながらも認めてくれている。だから後はセインの意志を確かめる必要がある。
「セインは、ハイディグレードは現時点でルディアとの戦争をやめる気はあるか?」
「やめたいとは思うておる。しかし現状ではそれは不可能じゃ。この戦争をやめれば民の多くは飢え死にすることになる。卑怯な行いだということも、自分達が悪だということも重々承知の上で、それでも生き残るために儂らは戦い続ける。じゃから儂らから戦争をやめるつもりはない」
「………………」
悪意からでもなく、戦いへの渇望からでもなく、ただ守るために、そして生き残るために戦争を続ける。失い続ける命があると分かっていて、その手が汚れていくと自覚していて、それでもやめることは出来ない。
セインも本当はとても苦しんでいるのだろう。それは彼女の表情を見れば分かる。心から戦いを望んでいるわけではない。
だったら、このプランは実現可能だ。
「ルディアは戦争に消費する食糧と余剰分を合わせれば、ハイディグレードに提供できるだけの余裕はあるそうだ。問題は対価だな。ハイディグレードがその対価を払えるというのなら、サイラスは食糧を提供してもいいと言っている」
「む……あの白髪頭め。そのような余裕が我が国にないことくらい重々承知しておろうに。ええい忌々しい!」
「……仲悪いなぁ」
心の底から忌々しいとでも言いたげに舌打ちするセイン。美人が台無しだ。
「本当に何もないのか?」
「ない。ハイディグレードはルディアから略奪を繰り返してなお国民が満足に食糧を得られないのが現状じゃ」
「いや、食糧に限らず何か余裕のあるものはないのか? 例えば武器とか」
「武器もギリギリじゃな。それにいつ戦争状態になるか分からぬ国に武器を供給するほど平和ボケするつもりはないぞ」
「むう。言われて見れば確かに。まあ物じゃなくてもいいんだけどさ」
「?」
対価と言われれば物質的な意味合いしか思い浮かばないのがこの世界の認識らしい。まあサービスや役務なんていうのは経済が発展してから確立した概念だしな。そんなものかもしれない。
「いや。それを見つけるのが俺の役目なんだと思う。さしあたってはしばらくこの国に滞在させて欲しい。この国がルディアに提供できるものを見つけられるかもしれない。そうすれば戦争は終わるんだ」
「……ふむ。個人的にはあのような白髪頭と手を組むのは腹立たしいことこの上ないが、国のためにはそのような感情を優先させるわけにはいかぬよな。仕方がない。勇者殿の提案を受け入れよう。貧乏国家ゆえに大したもてなしは出来ぬが、それでよければいくらでも滞在して構わぬぞ」
「……本当に嫌いなんだなぁ、サイラスのこと」
「個人的感情に限定して言うなら三日三晩男色攻めでいびり倒してもなお足りぬほどに憎い相手じゃ」
「怖えなオイ!」
っていうか男色攻め限定なのかよ! あの美丈夫がマッチョ男に三日三晩男として殺され尽くす光景なんか……おええええええええっっ!! 駄目だ。気持ち悪い! 想像するだけでおぞましすぎる!
「戦争だけが原因ってわけじゃなさそうだなぁ……」
その辺りは細かい突っ込みをしない方がいいのかもしれない。この二人には俺の与り知らぬ確執があるのだろう。それも知った途端に色々と台無しになりかねないようなしょうもない内容に違いない。
「では勇者殿にはひとまずハイディグレードに滞在してもらおうか。と言っても我が国の人間ではないので一人で自由に歩き回らせるという訳にもいかぬ。悪いがこのカグラを常時付けさせてもらう。それで構わぬか?」
「構わぬも何もありがたいくらいだよ。側に説明役がいないことには何も分からないままだからな」
「ふむ。話の分かる勇者殿で助かった。やはりあの白髪頭とは大違いじゃな」
「………………」
アレと同列に語られるのもどうかと思うが、それにしても付け加える台詞で色々と台無しになるっていうのはある意味セインの個性なのかもしれないな、などとどうでもいいことを考えてみる。
「ああ、俺のことは出来れば名前で呼んでくれないか。勇者ってガラじゃないんだ。太郎でもタローでもどっちでもいいから」
「タローか。了承した。それではカグラ。タローのことを頼んだぞ」
「承知いたしました、陛下」
ずっとセインの側に控えて黙っていたカグラが、ようやく口を開いた。恭しく頭を下げてから、出て行くセインを見送る。
こうして地下牢誘拐事件から一変して、俺はハイディグレードの客人扱いとして滞在することになったのだった。