第三話 お姫さま登場。ロリハリボディは萌え極地!
山田太郎三十二歳。二流大学卒業のボンクラサラリーマン。
ごく普通に生きて、ごく普通に生活して、ごく普通のこれからを過ごしていく筈だった俺は、何故か今異世界にいる。
異世界『ファランクス』の『ルディア国』、というのがこの場所を定義する単語らしい。
次元魔法による勇者召喚。それがこの国の王様であるサイラスがやらかした最大の失敗。召喚勇者はこの俺だという時点で気付け、みたいな。
とりあえず火攻めにされたり水浸しにされたりした身体を温めるために浴場を借りている。
「さすが城。無駄に広いなぁ」
湯船に浸かりながら感心する。
いや、これってもう湯船じゃねえし。むしろ温水プール、みたいな?
横幅も縦幅も明らかに二十五メートルを超えている。これで等間隔に仕切りラインがあったりしたらまんま市民プールだと勘違いしそうなくらいだ。
結構熱いお湯に浸かっても、身体はどこも痛くない。先ほど火攻めにされたから火傷くらいはしていると覚悟していたのだが、どうやらサイラスの奴、本当に手加減してくれていたらしい。いや、有り難がるようなことでもないんだけど。むしろ恨みつらみに思うべき事ではあるんだけど!
ひとまず広い湯船を堪能すべく足を伸ばしたり大の字で浮いてみたりと子供みたいなことをしてみた。どうせ誰も見ていないのだから構わないだろう。
「しかしまあ、異世界、ねえ……」
夢だ幻だ催眠術だなどと現実逃避したいのは山々なのだが、現実問題としてリアルタイムで異世界の湯を堪能している俺としては、そして自らの肉体を以て異世界特有の魔法を体感してしまった俺としては、信じざるを得ないことなのだろう。
異世界。
魔法。
そして勇者。
受け入れられるかどうかは別として、当事者が俺でなければそこそこ俺好みの展開ではあるんだよなぁ。
ライトノベルとかアニメ好きの準オタクとしては、こういうファンタジーものはかなり好きなのだ。
もちろん当事者が俺でなければだが。
ファンタジーを見るのは好きだがファンタジーを体感するのは御免蒙りたい。
「それに今の状況は異世界ファンタジーにおいて決定的に足りないモノがある。むしろ欠陥品だと言ってもいい展開だ」
うんうんと裸のまま湯船から立ち上がって頷く俺。
そろそろ上がらないとのぼせてしまう。
「そう。この展開には『ヒロイン』が足りない!」
しつこいようだが裸のまま立ち上がっている。そしてガッツポーズ。
異世界もファンタジーも魔法展開も共通してヒロインは必要だろう。
それなのに出てきたのは銀髪紅瞳の無駄に偉そうな王様だけだ。
確かに美形ではあるのだが、しかし俺にその趣味はない!
断じてない!
だからヒロイン!
この俺にヒロインを!!
「……上がろう」
一人叫んでも虚しいだけなので、もう上がることにした。
俺の服は煤だらけで水浸しなので使用人らしき者がルディア国の一般的な服を用意してくれた。その服に袖を通しながら、盛大な溜め息をつく。
「俺、このまま一ヶ月間何もしないでぐうたら過ごすのかな……」
なんとなく部屋に戻る気にもなれず、ひとまず城の外をぶらついてみることにした。
「月が二つ……」
まず驚いたのは月が二つあるということだ。さすがに太陽は一つだったが、それでも月が二つというのはちょっと新鮮な光景だ。恐らく月の魔力とか言っていたからそういう関係での不思議理屈なのかもしれない。二つの月の魔力とか、きっとそういう感じのファンタジー理論なのだろう。
「火炎砲!」
「水爆壁!」
そしてもう少し歩いた先の広場では兵士達が訓練をしていた。おそらく魔法使い……いや、サイラス流に言うのなら魔法師の訓練だろう。
火炎砲撃魔法を水の壁を爆散させることによりうまく防いでいる。
誤魔化しようもなく、目の逸らしようもなく、正真正銘の魔法だった。
炎も水もどちらも衝撃をうまく殺していたので、火炎使いと水使いの実力はほぼ互角なのだろう。
「まあ、信じるしかないのかな……」
信じたくはないけれど、少なくともここは俺の知っている世界じゃない。疑いたい気持ちはまだ残っているが、しかし疑ったところで何にもならないという諦めも既についている。こうやって異世界要素を探し当てて、ここが異世界だと自分に納得させないと精神安定が保てないのも、心のどこかではやはりまだこの現状を拒絶したいからなのだろう。
ボンクラサラリーマン。
過酷な残業。
うだつの上がらない万年平社員。
諦め混じりの人生だったけれど、今にして思えばなんと幸せなことだったのだろうと痛感する。
当たり前っていうのは失ってからその大切さに気付くってよく言うけれど、まさしくそうだと思う。
何気なく過ごしていくだけだろうと思っていたあの愛おしき日常に、今はこんなにも焦がれているのだから。
たとえ彼女居ない歴=年齢であったとしても!
あ、いや。そこはこの場合あんまり関係ないけど……
「勇者さま~」
そんな風に頭を振っていると、一人の少女が数メートル先から俺に近づいてきた。
「?」
銀髪紅瞳の美少女。服装はかなり上品だ。まさか使用人ということはあるまい。
「勇者さま~」
勇者さま、とはまあ俺のことだろう。そう呼ばれるのは実に不本意なのだが、しかし可愛い女の子が相手なのでまあ良しとしよう。
少女は俺の前までやってきて、そしてにっこりと笑った。
歳は十代前半くらいだろう。若干露出の高いドレスに身を包んだ彼女は、そのロリハリボディを惜しみなく俺に晒してくれる。
……って待てい! なんだこの表現は! これじゃあまるで俺がロリコンみたいじゃねえか!
……すんません。俺ってばロリコンなんです! 彼女いない歴年齢なのもその所為なんです! いい歳していまだに結婚してないのもその所為なんです!
「じゃなくて!」
「?」
俺のヤバい内心葛藤に対して首を傾げる少女。その無垢な瞳は俺のハートを狙い撃ち……だあああ! ストップストップ!
「いや、何でもない何でもない。ところで君は誰だ? 俺に何か用なのか?」
「申し遅れました。わたくし、ユーフェリア・クラウディス・ルディアと申します」
少女、ユーフェリアはペコリと一礼する。その仕草は小動物みたいでとても和む。
それよりも『ルディア』の名を冠しているということは、
「もしかしてサイラスの妹か? つまりこの国のお姫さま?」
そう言えば共通する特徴があちらこちらに見受けられる。
鮮やかな銀髪と紅瞳。顔立ちもどことなくサイラスと似ている。
「一応そういうことになります。兄様が勇者さまを召喚されたと聞きましたので、ごあいさつに」
「あー……ちょっと待った、姫さま。俺は『勇者さま』じゃない。ついさっきサイラスにもそう言ったし、サイラスもそれを認めた。勇者召喚は失敗だったんだよ。俺は姫さまたちにとってはただの異世界人でしかない」
「そうなのですか?」
「そうなのですよ」
きょとんと首を傾げる姫さま。
「でも勇者さまなんですよね?」
「だから違うって」
「勇者さま~」
「……人の話を聞いちゃいねえな、この姫さまは」
しかしにこにこしているロリ少女を見るのは実に気分がいいので、そこまで腹は立たない。それに俺と姫さまの身長差だとちょうどドレスの胸元がいい感じのアングルなんだよな。出来ればもうちょっとこの立ち位置で話していたいところだ。
「まあ勇者さまの主張はとりあえず分かりましたけど、それをひとまず棚上げにして、少しだけわたくしとお話ししてくれませんか? せっかく異世界の勇者さまが滞在してくださっているんですから、色々なお話を聞いてみたいです」
「色んな話って、たとえば?」
「そうですね。たとえば、勇者さまの世界のお話とか。きっとわたくし達の世界とはかなり違うのでしょう?」
「そりゃあ、違うなあ。少なくとも俺のいた世界には魔法も無ければ勇者なんて存在もいない」
「そうなのですか? 魔法がないと色々不便だと思うのですが」
「そこはまあ魔法の代わりになる技術ってのがあってな」
と、そこまで言いかけたところで話が弾みそうだったので俺は場所を移すことにした。
「姫さま、良かったら俺の部屋に来ないか?」
「え?」
「ここじゃ落ち着いて話しも出来ないだろうし、俺の世界のことを知りたいのならきっといい刺激になると思うぜ」
「よろしいのですか?」
「もちろん。姫さまのような可愛い女の子ならいつだって大歓迎さ!」
「ありがとうございます! お邪魔させてもらいますね」
こうして、俺はロリ美少女を自分の部屋に連れ込むことに成功したのだった。
そして俺は内心で小さな感動、いやむしろ溢れんばかりの感動にその身を震わせていた。
異世界。
魔法。
勇者。
そしてヒロイン!
ヒロインキタ――!
しかも超可愛いよ!
しかも超ロリだよ!
ぺったん胸だよ!
ロリ最高!
きっとこの異世界ファンタジーにおける俺の専属ヒロイン役は彼女に違いない!
きっとそうだ!
もう異世界の理屈なんてどうでもいい。俺の横にこのぺったん胸のロリ美少女が居てくれるだけでこの世界にきた意味はあったんだ!
……なんだか勇者どころか人間として酷く駄目な思考回路になっている気がするのだが、しかし気にしたら色々と破滅しそうなので考えないようにしておこう。
そして舞台は俺の部屋へと移る。
俺の部屋。
どうやら広めの一室に俺のアパートごと転移させているらしいのだが、では地球世界での俺のアパートはこの部分だけ丸々切り取られているのだろうか? それはそれで神隠しどころではない騒ぎになってい気がしてゾッとする話なのだが。
その疑問には姫さまが答えてくれた。
「大丈夫ですよ。鏡像転移といって、勇者さまの生活空間を一度写し取ってからこの世界へと移動させているんです。勇者さま自身を写し取るわけにはいきませんが、命を持たない『物』ならば複製は難しくありませんから。この世界に来たとしても勇者さまの生活空間は必要になるでしょうし、それ以上に元の世界に帰還させるにあたってその世界との繋がりを物的に保持しておく必要があったんです。ですからチキュウには勇者さまの生活空間はそのまま残っていますし、勇者さまが帰還する際にはこちらの複製を重ね合わせるように転移させるのでそのままの状態で元の生活に戻ることが出来ますよ」
「そ、そうなんだ……」
はっきり言おう。全く分からない。さっぱり分からない。理解不能を通り越して認識不能レベルの話だった。まあいい。とにかく地球にも俺にも何の問題もないという事が分かっただけでも良しとしよう。
部屋に戻り、色々と確認してから気付いたことなのだが、この部屋の設備はどうやらまるごと全部使用可能らしい。これは嬉しい誤算でありちょっとした驚きでもある。電気も通っていないはずなのにどうやって電化製品が稼働しているのか、その謎は残るのだが、まあ魔法の一種なのだろう、と思うことにした。
何せ『魔法』なのだ。大抵のことはアリなのだろう。
「ではどうぞ、姫さま」
「はい。お邪魔します」
そうして、俺は姫さまを部屋へと招き入れる。
ビバロリ少女! ああ俺の部屋にぺったん胸のロリ少女がいる! 素晴らしきかなこの状況! 異世界召喚なんていうトンデモ事態なのに不謹慎な喜びが止まらないぜ!
そして俺は姫さまをベッドルームにまで案内する。
……いやいや! 別にベッドに案内したい訳じゃないからな! リビングと寝室が兼用なだけだからな! もう一つの部屋は本とディスクが山積みだからとても人を招ける状態じゃねえし!
やましいことなんて六割くらいしか考えてないから!
……って、充分か。
「そこのソファーにどうぞ。ちょっと待っててくれ。いまお茶を淹れるから」
「ありがとうございます。勇者さまの世界のお茶、とても興味があります」
「はは。まあ期待するほどの物でもないと思うけどな。ちょっと待っててくれ」
姫さまをソファーに座らせてから、俺は台所へと向かう。電気ポットにミネラル水を補充してから沸騰ボタンを押す。あとはハンズで購入したハリオール・ドゥにダージリンの葉を落としてからお湯が沸くのを待つ。
いつもなら適当にティーバックで済ませるのだが、何せ今回は相手が激萌えロリ少女……もとい一国の姫さまなのだ。気を遣って遣いすぎることはないだろう。こういう事もあろうかと、女の子を家に招待した時に喜ばれそうなものは揃えてあるのだ。……って、今までは使う機会どころか女の子にも縁がなかったわけだけどさ。
いやあ、無駄だとしか思えなかった準備がまさか異世界で役に立つとは。人生何が起こるか分からないとはまさにこの事だろう。
「どうぞ、姫さま」
真っ白いティーカップを目の前に置いてやり、琥珀色の液体で満たされたハリオール・ドゥを傾ける。紅茶がカップに満たされていき、琥珀色の波がゆらめく。
「ありがとうございます。勇者さま。これはなんという飲み物なのですか?」
「『紅茶』っていうんだけどね。口に合うかどうかはちょっと分からないな。こっちの人の味覚と俺の味覚がそこまでかけ離れていなければ大丈夫だと思うけど」
姫さまは紅茶にそっと口を付ける。
「美味しいです!」
輝くような笑顔にハートブレイクな俺。くああ。やっぱりロリ少女はたまりませんなあ!
「甘い方が好きならこっちの砂糖を入れるといい」
そう言って俺はスティックシュガーを姫さまに差し出した。本当ならポットに入った角砂糖とかにしたかったのだが、さすがにそこまでの準備はしていない。しかし姫さまは喜んでスティックシュガーを受け取ってくれた。
先っちょの紙を軽く破いてからカップに入れる。スプーンで軽く混ぜたあと、もう一口飲んだ。
「あ、本当に甘いですね! わたくしこっちの方が好みです!」
「それはよかった」
ちなみに俺はストレート。甘い物はどちらかというと苦手だ。コーヒーもブラック派。
お茶の次はお菓子だ。紅茶に合うようなクッキーを出そうかとも思ったが、せっかく異世界の事を知りたいと言ってくれているのだから、ここは邪道で攻めてみようと思う。
「わあ、これは何ですか?」
「ポテトチップスという。まあ一口どうぞ」
「はい!」
カ○ビーポテトチップス。のり塩味。ジャンクフードの代表格。
一国の姫さまに勧めるものではないが、しかしこの世界には絶対にないだろうと確信しているからこそ好奇心を満たしてくれるのではないだろうか。
「なんだか不思議な食感と味ですねぇ。でも、わたくし好きです!」
「くはっ!」
好きです!
すきです!
スキデス!
いいねえ。出来れば俺に向かって言って欲しい言葉だぜ!
それにしてもまあ、あれだな。姫さまが手をベタベタにしてポテチを食べている姿ってのも中々ナイスだ。 口元に付いている青のりを出来れば指で掬ってやりたいところだが、それをやると理性が飛びそうなので我慢我慢。
そんな姫さまに萌えたり自分の欲求と葛藤したりを繰り返しながら、ようやくまともに話せる態勢になった頃、姫さまが口を開いた。
ようやく本題というわけだ。
先ほどまでの純真そうで可愛らしいお姫さまな空気が抜けて、王族らしい凛々しさを帯びていた。猫を被っている、というよりは必要に応じた二面性なのだろう。
なので俺の方も居住まいを正して真面目に話を聞く。
「この国はずっと、ハイディ族との戦争を繰り返しているんです」
「戦争……?」
永世中立国という名の米奴隷な日本で生まれ育った俺にはイマイチ実感の湧きづらい言葉だった。
「ルディアは豊かな国ですが、軍事力はそれほど高くないんです。そして隣国ハイディグレードはとても貧しい国なんです。だからルディアへの略奪を繰り返している」
「………………」
姫さまはルディアとハイディグレードの事情を詳しく話してくれた。
ルディア国は人口三十万人ほどの国で、ファランクスの中ではそれほど大きな国ではない。しかし土地は豊かで、土の質も良く、農作物は毎年豊作続きなのだという。作物そのものの出来もよく、ルディアの食文化はとても発達しているらしい。
そして隣国ハイディグレードは人口五万人程度の小国であり、ハイディという民族がその大半を占めている。国土面積はルディアの四分の一ほどで、その部分だけを見れば五万人を養っていくのに充分な食糧を得られそうなのだが、しかしハイディグレードの土地は貧しく、農作物がなかなか育たない。どれだけ努力しても得られる食糧はルディアの同じ面積で得られるものと比べて十分の一程度。勿論これでは国民全てに行き渡らせるほどの食糧は得られない。
選択肢は二つ。
飢え死にか、それとも奪うか。
ハイディ族の長が選んだのはもちろん後者だった。
痩せた土地を豊かにする手段がない以上、民を守るためには他に選択肢がなかった。
狙われたのは勿論、豊かな隣国ルディア。
こうして、ルディアとハイディグレードとの戦はもう随分長いこと続いている。
「戦争はもう、私たちが生まれる前からずっと続いています。いつから始まったのか分からないくらい昔から、それは続いているんです」
「………………」
土地の面積イコール収穫量というわけでもなさそうなのだが、しかし魔法やらの技術が発達している割に、生活技術に偏りがあるのかもしれない。少なくとも貧しい土地をどう改良していくか、という方法は確立していないのだろう。農法という概念すらあるかどうか怪しいものだ。
「ルディアは国境に住む民とその生活を守るため。そしてハイディグレードは自らの民を飢えから守るため。お互いに守るべきものがあって、一歩も譲ることが出来ないからこそ、この戦はいつまで経っても終わらないのでしょう」
姫さまはそっと目を伏せる。戦で命を落とした者達のことを考えているのかもしれない。
うむうむ。やっぱり『姫』はこうでなくてはならない。
可愛くて優しくて犠牲に対しては心を痛める。
そして極めつけはそのロリハリボディ!
うむ。彼女は『姫』としては完璧ではなかろうか。
突っ込み禁止。あらゆる突っ込みは禁止ということで。
「……大体の話は分かったけどさ、ルディアとハイディグレードは国力からして違うじゃないか。それなのにどうしてルディアの方が深刻な危機を迎えているんだ? その……『勇者』を召喚するほどの……」
そこが分からない。
国土面積も民の数もここまで違うのならば、兵力にもそれなりの差があるはずだ。その気になればハイディ族を殲滅することも可能なのではないだろうか。
「……それはハイディ族の戦闘能力の高さに対して、わたくし達の軍事力が低いことに理由があります」
「なんだって?」
「ハイディ族は元々が狩猟民族なだけあって個人の戦闘能力がとても高いんです。それに比べるとわたくし達は兵の数は揃えられても練度はあまり高くないんです。統率力や判断力に優れた指揮官もいませんし、正直なところ軍事力は下がるばかりなのです」
「ってことは……」
「そう。ルディアの深刻な危機というのはそういう事なんです。軍事力の低下。今はまだギリギリのところで鬩ぎ合いが出来ていますが、あと数年もすれば戦況は覆されるでしょう。つまり現時点で深刻な危機を迎えているんです。これ以上の犠牲を出せば、わたくし達は後がなくなる。ハイディグレードとの戦だけではありません。軍事力が弱まっていることが他国に知れ渡れば、いつ攻め込まれるか分かりません。弱った獲物を放っておいてもらえるほど、この世界は甘くないんです」
「………………」
サイラスが言っていた深刻な危機というのは、未来に基づいたものらしい。そして現時点でもう後がないということも確かなのだろう。
「異世界から勇者さまを呼ぶ決断をしたのはそのためなんです。兄様は世界の外側から特別な力を持った存在を呼び寄せようと考えたのでしょう。この世界ではない、別の世界から来た存在ならば、きっと何らかの手段で自分たちを救ってくれるはずだ、と」
「……そりゃあ悪かったなぁ。生憎だが俺には戦いに役立つ力も知識もまったく皆無だからな。勇者どころか詐欺師が精々だ」
「それも兄様から聞きました。でもきっと大丈夫ですよ」
「?」
姫さまは俺の方に近づいてきてそっと手を握ってくれる。
その手は華奢で柔らかくて、素敵極まりない感触だった。あとはもうちょっと手前に寄せてくれればおっぱいに触れるのに……。
「兄様の次元魔法は成功しています。あなたは確かにわたくし達の勇者さまなんです。戦うことが出来なくとも、きっと何か出来ることがあるはずなんです」
「姫さま……」
「あなたならきっと、わたくしや兄様とは違う方法で戦争を終わらせることが出来る。そんな気がするんです」
「それは買い被りすぎだよ、姫さま。俺はこの世界では何の力もない穀潰しだし、元の世界でだっていくらでも代わりの利くボンクラサラリーマンだったんだ。そんな俺が一国を救う勇者になんてなれるわけがない」
「いいえ。戦う力がないあなただからこそ、きっと出来ることがあるとわたくしは信じています」
「……いやあ、そんな根拠も無しに信じられてもなぁ」
うう。ロリ美少女の信頼がここまで痛いとは。役立たずな自分がちょみっとだけ悲しくなってくるぜ。
「根拠なんて、あなたがわたくし達のところに来てくれた。それだけで充分ですよ、勇者さま」
「あう……」
だから勇者じゃないんだってば。
そもそも戦争反対の国で育った平和ボケ中年に戦争を止めるなんて出来るわけないだろ。
「勇者さま。わたくしは、戦が嫌いです。大嫌いです」
「そりゃまあ、好きな奴はいないと思うけど……」
「ですから勇者さまには期待しているんです。もしも戦うこと以外で戦を終わらせることが出来るのなら、それはわたくしが夢見た一番の未来に近づけるかもしれないから」
「………………」
「身勝手ですよね、ごめんなさい。戦う力を持たないあなたが勇者さまとしてこの国にやってきたのは、きっと戦わずに未来を勝ち取ることが出来るからではないでしょうか。わたくしはそう信じています」
「う…………」
「勇者さま。わたくしに出来ることなら何でもいたします。ですから自分には何も出来ないと諦めないでください」
「え? マジで何でもしてくれるの?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中である種のモチベーションが活性化した。
「え、ええ。わたくしに出来ることでしたら何でも力になりますわ!」
そんな俺の様子に姫さまは若干怪訝そうに返事をする。
「じゃじゃじゃじゃじゃじゃ、じゃあこ、ここここここういう服を着て欲しいって言ったら着てくれちゃったりするわけ!?」
俺は辺りに散らかした本の中から猫耳メイド美少女が載っている本を手に取って姫さまに見せた。
つまり猫耳カチューシャと尻尾を装着した上でメイド服を着せてから『ごしゅじんさま~』って言って欲しいという意味だ。
一国の姫さま相手になんちゅう要求をしているんだ! という突っ込みが入ってきそうではあるが、しかしそこは全力スルー。姫さまだろうが誰だろうが目の前にロリ美少女がいたらそういうことをさせてみたくなるのは当然じゃないか!
「あら、可愛らしい髪飾りですね。こっちの服もひらひらしていてとても素敵です!」
メイド服の意味も猫耳尻尾の価値も知らない姫さまは、素直にその可愛さに魅入っている。
いつのまにか凛々しいモードから可愛らしいお姫さまモードへと切り替わっている。空気が変わったことを察してくれたのだろう。
こういうギャップにも萌えるのだからもうたまらない。
「き、着てくれる?」
「もちろんです! 是非着てみたいです!」
「よっしゃ! 商談成立! 俺ってば頑張るかも!」
「ほんとうですか!?」
「ほんとほんと。姫さまのメイド服と猫耳尻尾を見るためならたとえ血の中肉の中! 男・山田太郎やってやるぜ!」
「素敵です勇者さま!」
正確には火の中水の中、という突っ込みは入らなかった。さすがに異世界なだけあって諺までは共通していないらしい。まあ言葉が通じているだけでもマシなんだろう。
こうして俺は姫さまのメイド服と猫耳尻尾を満喫するために、この国のために出来ることを探す決意をしたのだった。
動機が不純とかこのロリコン野郎とか貴様は変態かとか、そういう方面のクレームには全力で耳栓をするのでそのつもりで。
失業サラリーマン改め脱サラ勇者誕生の瞬間だった。