第二話 太郎さん、戦場では役立たずであります
自称王様、銀髪紅瞳イケメン男とその部下に連れられて俺は外に出た。いや、正確には外ではなく城の中なのだが。
振り返って確認すると、俺の部屋だけが切り取られたかのようにこの大きな城の中に置かれていた。
「………………」
俺の家は六畳二間のアパートで、台所と寝室、そして趣味の部屋に分かれている。その区画がまるまる別の場所に空間転移でもしてしまったかのような有様なのだ。
しかもどうやら夢ではないらしい。先ほど首筋に当てられた剣のひんやりとした感触と寒気は、紛れもなく本物だった。
「さてと、ではまず自己紹介だな。我はサイラス・フォルティース・ルディア。このルディア国の王だ」
玉座の間みたいな、むしろ謁見の間みたいな場所で、王様の椅子にふんぞり返りながら自己紹介をするサイラス。
「はあ……どうも。山田太郎っす」
呆気に取られたまま、取りあえず名乗られたので名乗り返す。
「ふむ。勇者タロー殿か。中々語呂のいい名前ではないか」
「……いや、その呼び方はやめて欲しいんだが」
タローって何か気の抜ける名前だし。いや、太郎もあんまり大差ないけどさ。
「と言うかだな、俺の方は状況が全く分からないんだが。ここはどこで、俺は何でこんなところに呼ばれて、どうして勇者なんて呼ばれてるんだ?」
相手が『国王』を名乗る以上敬語で接するのが礼儀なのかもしれないが、しかしいきなり人の家に不法侵入した上に抜き身の剣を首筋に突きつけてくるような奴相手に弁えるような礼儀は生憎と持ち合わせていない。
「ふむ。当然の疑問だな」
当然どころか今更の疑問のような気がするのだが、さしあたってはここがどこなのかという説明が欲しいところだ。
ルディアなんていう国は聞いたこともないし。……いや、某ゲームで似たような城の名前はあったような気がするが、まああれはゲームの世界の話だし。
「ここは勇者殿の知る世界とは別の次元に存在する世界だ。名前は『ファランクス』。勇者殿の住んでいた世界は『チキュウ』というらしいな」
「は……? 異世界!?」
「そうだ。そしてルディア国はエルオーラ大陸南方に位置する国家群の一つだ。そしてここはルディア国王城の一室、というわけだ。理解できたか?」
「出来るか! 説明が簡潔すぎるわ!」
「そなた。頭が悪いのだな……」
「いや。あんたの説明不足の方が問題だと思うんだが……つーか誰の頭が悪いって!?」
どこをどう表現したところで人並み外れることはないという自覚はあるのだが、しかしだからこそ他人より何かが特別劣っているわけでもないという自負くらいはある。少なくとも馬鹿ではないつもりだ。馬鹿呼ばわりだけは許容できない。
そんな訳でサイラスの説明は一時間近くに亘って続けられた。大陸情勢や世界構成などを細々と説明されたのだが、もちろん俺の頭はそれを理解できていない。いや、むしろ現実逃避的な意味から理解することを拒絶しているのかも知れないが。しかし状況が状況なので最低限受け入れなければならないことを考慮した上で話をまとめると、どうやら俺はこの銀髪紅瞳の偉そうな王様に地球からこの異世界へと強制召喚されてしまったらしい、ということだ。
まあそんなことは認めたくもないのだが、しかし状況を鑑みるに受け入れるしかなさそうなのも事実なのだ。いきなり俺の部屋だけ知らない城の中に移動している展開といい、科学よりは魔法的な現象だという方がよっぽど納得がいくわけだし。いや、あと数百年もすれば科学技術だってこのぐらいは可能になりそうではあるのだが。しかしまだ科学技術はそこまで追いついていない。
もしくは、遠ざかっていると言うべきなのか。
何はともあれ魔法と言えば異世界でしかありえない。俺が知る限り地球上に超能力者は存在しても魔法使いは存在しないからだ。
魔法の理解に関して決定的だったのは、サイラスが自らの魔法を以て魔法師の存在を証明したことだろう。しかも俺の身体を使って!
「我がただ魔法を使って見せたところで、勇者殿にしてみれば手品だと言い張られるのがオチだろう。だからこの上なく分かり易く、勇者殿自身で魔法を体感してもらおうと思う。ああ、我ながら名案だ」
「は……?」
そんな恐ろしい発言と共に、一体どんな目に遭わされたかというと、
「う、浮いてる!? うわ、怖ぇ! 降ろせーっ!」
風系魔法の応用でいきなり俺の身体を浮かせられて変な感じに操作されたり。
「う、埋まっ!? 埋まってる!? ぎゃーっ!」
どこぞの処刑法のごとく首から下を地系魔法で埋められてしまったり。
「あぢぃ! あぢぢぢぢっ!!」
しかもその上で俺の周りを火炎の炎陣が囲んできたり。
「ぶはっ!?」
とどめがその炎を消すために水系魔法で局地的雨、いや滝を発生させたり。
とにかくどんな拷問だよ!? の如く魔法の餌食にされてしまったのだった。
「どうだろう? これで少なくとも魔法のことは信じてもらえたと思うのだが」
腕を組んでふんぞり返った調子のまま満足そうに問いかけてくるサイラス。
「信じる信じない以前にこんな事をされたら死ぬわっ!」
「問題ない。ちゃんと死なない程度に手加減はした」
「そういう問題じゃねえっ!」
いくらなんでも手段が暴的すぎるぞ!
まあ、俺の身体を実験台にしてここまで魔法を食らわされれば、そりゃあ信じるしかない。むしろここで更に疑えばもっと酷い魔法が俺の身体に襲いかかることだろう。
異世界。
そして魔法。
実に不本意ではあるのだが、ここまで来れば受け入れるしかないだろう。もう少し逃避していたいところだが、しかしそんな事をしたところで現実が俺の望み通りに変わるわけではないのだから。
まあ正直なところ、まさか自分が異世界トリップなんて展開に巻き込まれるとは思いもしなかったけどさ。
そして話は要の部分に移行する。
「それで、勇者殿を我がルディア国に召喚した理由だが、我が国を救って欲しいのだ」
「は?」
「我が国はいま深刻な危機を抱えている。我の力だけではどうしようもないくらいに状況は切羽詰まっているのだ。だから最後の手段として我が保有する次元魔法を使用し、異世界から勇者殿を召喚したのだ」
えーっと、つまり勇者っていうよりは救世主って感じか?
世界の危機を救うべく異世界から召喚した救世主、それが今の状況?
いやいやいやいや!
「待て待て待ちやがれそこの王様。状況と理由は何となく分かったけど、俺が召喚される理由がまったくもって理解不能だ!」
それ以前に自らの救世主候補相手をあんな目に遭わせていたというサイラスの精神性からまずは責め立てるべきなのかも知れないが、その辺りを抗議すると話がますます逸れてしまいそうなのでぐっと我慢する。我慢の大人だ。
「だから勇者召喚を……」
「だから何で俺が『勇者』なんだ!?」
「我が次元魔法に『勇者召喚』という検索項目で引っかかったのが勇者殿だったからだ」
「いや、それ間違だから。人違いだから。つーか人選ミス間違いなしだから!」
「そんな事はないだろう。召喚はきちんと成功したのだから、そなたは間違いなく『勇者殿』なのだ」
自信を持ってきっぱりと断言するサイラス。その瞳は勘違いの期待で満ち溢れている。
いやだからそれ間違いだって!
「じゃあ質問するけど、あんたはどんな『勇者』をお望みだったわけ? 国の危機を救うということは、それなりに『強い』『武人』を求めたんじゃないのかよ? 剣なり魔法なり強力な力を使える存在を」
「それはもちろんだ。忌々しいハイディの連中を蹴散らせる大いなる力を持った勇者。それが我の望む力だ」
「……俺は『魔法』なんて使えないぞ」
そもそもそんなモノが使えていたら先ほどまでの魔法拷問にとっくに抵抗して板に決まっているだろう。その程度のことも察せられないあたり、この王様も以外とアホなのかも知れない。
「ふむ。ならば得意なのは剣か?」
「いや。武術の心得もまったくない」
『剣』も『魔法』も、それらに類する強力な力も、俺は何一つ持っていない。
つーか平凡なサラリーマンがそんなものを持っていてたまるかっつーの。
「………………」
「………………」
サイラス沈黙。俺もつられて沈黙。
二人の間に気まずい空気が流れる。
サイラスはこめかみを指で押さえながら、若干頬を引き攣らせる。
「つまり、アレか? 勇者殿は戦場では全くの役立たずだと?」
「その通りだ。つーか現代日本に戦争なんて皆無だからな。武器なんて生まれてこの方持ったことすらない」
「………………」
さらにぴくぴくと頬を引きつらせるサイラス。何かが閾値を越えかけているようだ。
そして、
「貴様――っ! この我を詐欺に掛けたのか――っ!!」
「人聞きの悪いこと言うな――っ! あんたが勝手に俺を呼びつけやがったんだろうが――っ!!」
キレた。そして俺もキレた。
「大体、剣も魔法も使えない『勇者』がいてたまるか! 何で貴様のようなボンクラが『勇者召喚』に引っかかるんだ!?」
「知るか! 大方あんたの次元魔法とやらが失敗しただけじゃないのか!?」
「なんだと!? ルディア最高位の魔法師である我の魔法を侮辱するつもりか!」
「結果が目の前にあるんだから認めろよ!」
「それは確かに!」
「って、簡単に認めるな!」
認めろとは言ったものの俺を見て認められるとやっぱり凹む。
ボンクラなのも勇者失格なのも認めるが、しかし勝手に召喚しておいて勝手に失敗しておいて、なんで俺が責められなければならないのか。何とも理不尽極まりない状況だった。
「と、とにかく俺は勇者じゃない。だから俺を元の世界に還してくれよ。次元魔法とやらをもう一度使えば可能だろう?」
この世界における俺の存在価値はもはやないだろう。勇者でもなければ救世主でもない。まったくの召喚損ではあるが、それは俺の責任じゃないので考えない。
「無理だ」
「は?」
「次元魔法は月の魔力を借りなければ、つまりは満月の夜にしか使えない大魔法なのだ。貴様を元の世界に還すには次の満月を待たなければならない」
「な、なんだと――っ!!??」
衝撃の事実に思わず叫ぶ俺。
次の満月ってことはあと一ヶ月後だよな? すると何か? あと一ヶ月間俺は無断欠勤状態ってことか?
「く、クビ確定じゃねえか! 冗談じゃない! 今すぐ元の世界に還せ! 俺の生活が破綻する!」
「無理なものは無理だ。まあ勇者ではなく役立たずの詐欺師だと分かった以上、一ヶ月後にはきちんと元の世界に還してやる。その間は客人として衣食住も保証しよう」
「ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
俺の叫びは虚しく城に響き渡る。誰も俺の都合なんて考えちゃいないのだ。
「ふうむ。しかし勇者殿……じゃないか。詐欺師が役立たずとなると、ハイディ族との戦はどうするかな……」
サイラスの奴は既に俺のことなど眼中にないらしく、一人考え事に耽っている。
「くぅぅ……いくらなんでもついてなさすぎだろ、これ……」
いつの間にか行われていたファンタジー全開の異世界召喚。
召喚された先で『勇者殿』と呼ばれ、数十分後には『詐欺師』と呼ばれ、更には用なしだと分かった後には俺にだけ都合の悪い状況が残されている。
しかしこの段階でもう一つだけ確定したことがある。
俺が元の世界に戻れる頃には、確実に失業者になっているということだ。
この一ヶ月間、衣食住は保証されているとは言え元の世界に戻った時のことを考えるとなんともまあお先真っ暗な展開だった。