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第十六話 オチを忘れない終幕

 次の日の朝。

 俺はアパートの外に出てその周りを囲む魔法陣の最終確認をしていた。

 ……いや。俺自身は魔法知識ゼロなのでそんな確認をしてもあまり意味がないのだが、まあそこは気分の問題だ。

 満月の日にしか使えないという固有魔法だが、しかし別に月が見える時間、つまりは夜にしか使えないわけではないらしい。月の魔力を受けられる時間帯は夜に限らない。満月の日でさえあれば朝でも構わないのだ。

 魔法陣の両端には次元魔法の使い手であるサイラスと時間魔法の使い手であるセインが立っている。手には大きな宝石のついた杖を持っている。恐らくは魔法発動体として利用するのだろう。魔法師に杖、とはまあいかにもな感じだけど。

 その外円に姫さまが立っている。

 魔法準備が整ったのか、魔法陣の文様から微弱な光が発せられる。

「勇者よ」

 サイラスが呼びかけてくる。

「果ての見えない戦争を犠牲無しに終わらせてくれたこと、心より感謝する」

「ああ……」

 王として、そしてルディアの人間として、サイラスは礼を言ってくれた。

「儂からも礼を言うぞ、タロー。お主は間違いなく最高の形で両国を救ってくれた。武力なんぞ欠片ほどもなくても、儂が認める。タローは誰よりも勇者じゃった」

「だから勇者はやめろって……」

 認めてくれるのはそれなりに嬉しいのだが、しかし勇者呼ばわりは居心地が悪い。

「次の満月にまでには次元魔法を使いこなしてチキュウへと乗り込んでいってやるから期待して待っておれ」

 セインはえっへんと胸を張って追い討ちをかけてくる。一か月先の異世界闖入者を想像して頭を抱えたくなった。

「あ、抜け駆けは駄目ですよセイン陛下。まだどっちが本命か選んでもらってないんですから。そのときはわたくしも行きます!」

「………………」

 この二人にダブル固有魔法ってもしかしなくとも『鬼に金棒』状態なのでは?

 もしくは『鬼にチェーンソー』ぐらいには凶悪な組み合わせかもしれない。

 この期に及んで俺はどっちを選ぶとも言っていないとかのたまったらぶっ殺されそうだしなあ。

 まあ、二人とも嫌いではないんだよな。ただどちらかを選んだ場合のもう片方の反応が恐ろしいというか。

 この世界にも、そしてこの二人にもそれなりの愛着は湧いてきているから、最後の別れにならなくて済むというのは嬉しい話ではあるのだけれど。


「勇者。そろそろ魔法が発動する。中に入れ」

 魔法陣に魔力充填が完了したのだろう。固有魔法は大規模であるが故に細かい制御が利かないものらしい。設定を終えたら、あとは時間がくれば勝手に発動するという大ざっぱなものなのだ。

「ああ、分かった」

 セイン、姫さま、そしてサイラスと目を合わせて、そして笑った。

 再会を約束されている以上、笑顔で分かれるのが正解だと思うから。

「じゃあな」

 軽く手を上げて、振り返らずにアパートの扉を閉める。

 そして全てが光に包まれた。


 移動は一瞬だった。

 眩しさに目を閉じ、開いた時にはもう見慣れた光景が広がっていた。

 窓の外には狭い道と電柱。犬の散歩はしていないものの、俺のよく知っている窓の外だった。

「ああ……帰ってきたんだな、俺は」

 何気ない日常。

 いつも通りの朝。

 それはかけがえのないもの。

 異世界に召喚されて、平和とは言い難い日常を過ごしたからこそ、そう言える。

「それでも……」

 やはり、寂しさが残ってしまうのは仕方がない。

 再会まで、この寂しさは付きまとうだろう。

 姫さまのあどけない笑顔も慎ましやかな胸も。

 セインの無駄肉と子供みたいな表情も。

 ……男はどうでもいいけど。

「いや。これでいいんだ。俺の役割は取りあえず終わったんだから」


 ある日、異世界に召喚された。

 勇者と呼ばれ、数十分後には詐欺師と呼ばれた。

 ぺったん胸の魅力的な姫さまと出会った。

 ぼいん胸の強引な王様に出会った。

 そして、戦わずに戦争を終わらせた。


「だから、俺は俺の日常に戻らないと」

 異郷の風を心で感じながら、窓を開けて現実の風を身体で感じる。

 だたいま、と誰にも聞こえない声で呟いた。

 そう遠くない日に訪れるであろう再会に思いを馳せながら。


 ――どうでもいいオチ。

 俺が地球に戻った感動に身を浸していると、携帯電話が鳴った。

 ディスプレイを確認すると、そこには会社の電話番号が表示されている。

「………………やべ」

 通話ボタンを押した瞬間、上司の怒鳴り声が受話器に響く。

「すいませんすいません! すぐに準備して出社しますからクビだけは勘弁してください!!」

 見られているわけでもないのにサラリーマンの悲しい習性としてぺこぺこと頭を下げる俺。

 どうやら元の時間軸には戻れたようだが、細かい時間設定まではしてくれなかったらしい。

 もしくは、セインの最後の意地悪、なのかもしれない。

 今頃あちら側でほくそ笑んでいる底意地の悪い顔が頭に浮かんできて、げんなりしながらもちょっとだけにやついた。

 俺は慌ててスーツに着替えてから、懐かしの会社へと出社していくのだった。



 脱サラ覚悟で勇者活動を果たしてきたけれど、帰ってきてみればサラリーマン復帰が可能だったというのは多分喜ぶべきことなんだろう。

 脱サラ(仮)勇者の経済戦争は、この先ボンクラサラリーマンの営業戦争へと舞台を変えていくのだった。



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