第一話 異世界召喚勇者・山田太郎!
投稿用に限定公開していた小説の本格公開です。
苦しい思いで改稿を重ねてなんとかそれなりに納得のいく仕上がりになりました。
楽しんでもらえたら幸いであります。
俺の名前は山田太郎。
ありがちすぎる名前に嫌気が差したことがないと言えば嘘になるが、しかし親からもらった名前に対してあからさまに不満を示すほど親不孝ではない。
苦節三十二年。
山田家の次男として生まれ、特に優秀な成績を残すことなく二流大学を卒業し、就職大不況の中ようやくこぎつけた二流企業のボンクラサラリーマンとして十年ほどしがみついて仕事をしている。
出来のいい長男は一流企業に就職し、今や製品開発部門の部長というポストについている。
同じ血が流れているのにどうしてここまで違うのだろうと考えたこともあるが、しかし意味がないことに気づいてからはそれもやめている。
結局は目標に向かって努力を続けてきた人間と、特に目標もなくなんとなく生きてきた人間との違いなのだろう。
兄は物を作る人間になりたいと昔から言っていたし、今はその仕事の最前線にいる。夢が叶ったと言えばそうなのかもしれないし、夢を仕事にしてしまった事を少しだけ後悔しているのかもしれない。
夢とはひたすらに目指すべきものであり、叶えてしまった後はその輝きを失う。
自分のやりたいことよりも他人の都合を優先させなければならなくなってしまう夢など、泥にまみれた残骸と大差ない。
かくいう俺は夢も希望も将来への展望も持たず、ただただぐうたらに生きてきた。
なので苦悩することも喜ぶこともない、実につまらない人生だと思う。
しかしそれで構わない。
ボンクラはボンクラに相応しく、のんべんだらりとその日を平和に生きて行ければそれで十分なのだ。
週末までは仕事仕事の残業尽くし。週末の仕事終わりには居酒屋で一杯引っ掛けて、たまたまカウンターで隣になった相手と愚痴ったり議論したりしながらストレス発散。休日は家でごろごろしたりパチンコに行ったりブルーレイディスクを見たり昼間から酒を飲んだり。
そんな日常は俺にとって充分恵まれているし、この先もこうして変化のない日常が続いていくのだと信じていた。
いや、信じていたというのは嘘だ。
疑うことを放棄していただけなのだ。
変化とは劇的で、のんびり流れるだけの日常に慣れきった俺はその波に耐えられないだろうという予感があったから。
だからこれで充分と思いながらも、この自堕落な日常がどうか一日でも長く続きますようにと祈っていたのだ。
その祈りはとんでもなく無慈悲な形で打ち砕かれることになる。
いつだってそうだ。望まない変化は劇的に訪れる。
それは、とある週初めの出来事だった。
今日も会社に出勤して地獄の一週間を過ごさなければ、と思いつつまだ布団の中でごろごろごろごろ。朝の六時を過ぎた段階で鳴り続ける目覚まし。スヌーズ機能があるので放っておいても五分ごとに鳴り続ける。それも三十分で止まってしまうが、とりあえずまだ六時十五分なので大丈夫。つまりすでに三回は止めていることになる。
ジリリリリリリリ………ぽちっ!
ジリリリリリリリ………ぽちっ!
ジリリリリリリリ………ぽちっ!
この段階で六時三十分。いい加減起きなければ。というか毎日ギリギリまでぽちぽち止めながらぼんやり目を醒ますのがいつもの朝だ。
むくりと布団から起き上がって閉じたままの眼を根性で開く。ああ、カーテンの隙間から入ってくる日差しのなんと眩しいことか。
「……って、あれ?」
いつもならその眩しさに再び目を瞑りたくなるのだが、今日はそうではなかった。
カーテンの隙間から差しこんでくる光はいつものように眩しくなく、むしろ外が薄暗いような気がする。
「はて? 天気予報では晴れのはずだったが……」
この部屋は位置的に強制的に朝日が差しこんできてしまうので、曇り空でもない限りこの時間はとても眩しいはずだ。
おかしいなと思いながらカーテンを開けると、
「は…………………………………………?」
三点リーダー長すぎだろ! みたいな突っ込みは取りあえず禁止。それくらい衝撃的な光景を目にしてしまったと思ってもらいたい。
いや、だってさ。目が醒めたら窓の外に広がる風景が、いつもの車通りの少ない道路とぽつぽつ並ぶ電柱、散歩中の飼い主とわんことかではなく、まさにどこかの建物の中だったのだから。
「ここはどこだぁぁぁぁ――――っ!!??」
少なくとも俺の知っている場所ではない。窓の外の更に向こうにこの部屋とは比べ物にならないくらい大きな窓がある。よく見ると床は大理石のようで、どこぞの城の中に俺の部屋だけ瞬間移動してしまったかのような有様だ。
つーかそれ以外考えられない。一体どこのとんでも技術だ!? いやむしろ夢か!? 夢なのか!?
「よし。夢なら目覚めればいいだけだな」
夢の中で目覚めているのにどうやって目を醒ますのか、などという小難しい理屈は頭の外に追い出して、とりあえず現実逃避を最優先事項に据える。
つまり、布団の中へGO!
もう一回寝れば次に目が醒めた時にはいつもの風景が広がっているはずだ!
「ではお休みなさい……」
「って、寝るなぁぁぁぁっ!!」
「うわひゃいうおえあっ!!??」
布団の中に現実逃避しようと思っていた俺を全力阻止しやがったのは、いきなり不法侵入してきた見知らぬ男だった。
身長は俺とあんまり変わらないくらいだが、年齢は随分と若い。まだ二十代半ばくらいではないだろうか。軍服のようなものを着ている。
鮮やかな銀色の髪と力強い紅瞳。威厳に満ちたその姿は平凡極まりない俺とは違って、どこからどう見ても大物だ。どこかの国の王様だと名乗られても違和感はないだろう。
その男は背後に数人の部下(?)を引き連れて遠慮容赦無しに俺の部屋へと上がり込んできた。
つーか靴を脱げ! 人の部屋に土足で入るな!
いやいやその前にどうやって入ってきたんだコイツは!? 確か鍵が掛かっていたはず……って、壊されてるし! なんか玄関の扉がぶち破られたみたいに倒れてるし!!
「いつまで寝ている! 陛下の御前だぞ! さっさと起きんか!」
銀髪の男の背後に控えていた一人がいきなり腰に差していた剣を抜いて俺に突きつけてくる。
「って、危ねえなオイ!」
なんでいきなり剣を突きつけられなければならないのか、とか、陛下って一体誰のことだ、とか、そもそもなんでこんなことになっているのか、とかいう疑問は山積みなのだが、しかしそんな疑問を吹っ飛ばすような台詞を銀髪の男が口にしてしまう。
「ルディア国へようこそ、我らが勇者殿」
「はい……?」
ルディアってどこの国だ?
つーか勇者って誰だ!?
まさか俺のことではあるまいな?
「どうした勇者殿。せっかく王自ら挨拶をしているのだ。せめて返事をするのが礼儀というものではないのか? それとも勇者殿の世界では挨拶の作法は存在しないのか?」
「いや……挨拶作法くらいは存在するけどさ……って、やっぱり俺のことかよ!!」
勇者殿。
何がどうなっているのかさっぱり分からないままだが、一つだけ理解できたことがある。
……どうやらこの俺、山田太郎は三十二歳にもなって『勇者』などと呼ばれるイタい存在になっているらしい。
いやいやいやいやいやいやいやいや!!
それかなりイタすぎるから勘弁してーー!!