第4話:面影
「というわけだからあたいに付いてきな、エテルナ」
ボクの手が女王様の手に握られる。
リーゼの手と違って、ちょっとごつごつとした硬い手だ。
「ちょっと何勝手なことを言ってるのよ!」
ボクと女王様にリーゼが割って入ってくる。
そう言えばボクはリーゼとエノクさんと一緒だったんだ。
女王様の余りの迫力に呑まれてしまって忘れてしまっていた。
「ああん?あたい達がいないとてめえ等はあのけだもの共の餌になってたんだぜ。つまりあたい達は命の恩人だ。勝手を通しても文句ねえだろ?」
「それは…助けて貰ったことには感謝してるわ。ありがとう、だけど、エテルナは…」
「だけど、エテルナは何だ?ううん?」
女王様はリーゼを虐めるように質問攻めしてきていた。
リーゼはボクの仲間だ。
例え女王様でも虐めるのは許さない。
「エテルナ…」
ボクは女王様の手を離して、リーゼの隣にいく。
ボクはリーゼとエノクさんと一緒に楽園を探すって約束したんだ。
「まさかあたいの誘いを断る男がいるとはね」
女王様の声が低くなっている。
せっかくの誘いを断ったことで怒ってるんだろう。
だけど、ボクはリーゼとエノクさんと一緒じゃないと嫌だ。
こればかりは譲ることは出来ない。
張りつめた空気が流れてくる。
きっと女王様はボクを睨んできてるんだろう。
それでもボクは怯まない。
これ以上に恐い思いは死ぬほど体験してきたんだから。
「分かった、その二人も一緒につけてやるよ」
良かった、女王様がボクの意見と受け入れてくれたようだ。
ボクは緊張が解けたためなのか、その場に座り込んでしまった。
「エテルナ君!」
「エテルナ」
リーゼとエノクさんがボクの身体を支えてくれる。
やっぱり三人一緒でないと意味がないんだ。
ボク達は今、砂漠の上を走る船のような乗り物に乗って過ごしている。
船は海の上だけでなく土の上でも運転出来るものがあるらしい。
魔法が失われた今の世界では魔法でしか出来ないことを科学というもので何でも出来てしまうようになっていた。
けど、それは生活に便利になるものだけじゃない。
子供でも人を簡単に殺せるものだって出来てしまうんだ。
大いなる力には大いなる責任が伴うもの。
人は科学の力で簡単に責任を背負えないほどの大きな力を手に入れてしまった。
だからこそ戦争が起こって世界は死にかけていた。
この滅びかけた世界で人はその責任を支払わされているんだ。
ボク達は狩猟者の中でも特に有名な砂漠の女王様の一員として船の上で働いている。
他の人達は全員もしもの時には戦えるけど、ボク達は戦えない。
そんなボク達はみんなの身の回りの世話や雑用をさせられることになったんだ。
毎日が息をつく暇も無いぐらいに忙しい。
リーゼとエノクさんはこのまま倒れてしまうんじゃないかと言うほどに息切れしてしまっている。
ボクの場合は不死身の身体を持っていることからどんなに使いぱっしりにされても疲れることはない。
「へえ、あんたひ弱に見えて結構体力があるんだね。見直したよ」
女王様はそんなボクを褒めてくれた。
「困ったことがあったら俺達に言えよ」
「もうてめえ等は俺達の仲間なんだ」
他の人達も何だかんだと言って気にかけてくれるし、みんな良い人達だ。
ボクは自分の仕事が終わったからリーゼとエノクさんの仕事も手伝おうと思ったけど、本人達からは断られてしまった。
「すまないな。これだけは私達の手でやらせてくれ」
「うん、ここでエテルナに助けてもらうようだったら、この先何もやっていけなくなってしまうから」
けど、あまり無理すると身体を壊してしまうかも知れない。
ボクはそう言って二人を止めようとしたときに肩に手が置かれる。
このごつごつとしているけど細い指先は女王様の手だ。
「好きにさせてやりな。こいつらはお前と対等な関係でいたいんだ。だから、ここでもしお前の世話になってしまったらそうでなくなってしまうわけさ」
「私達は大丈夫だから、エテルナ」
「ほら、こいつ等もそう言ってる。こいつ等のことを思うなら手出しせずに見守ってやりな」
女王様はボクの手を引っ張ってくる。
何処かに連れて行こうとするつもりなんだろうか。
何処に連れて行くつもりなの。
「てめえとは少し話がある。ちょっと面貸しな」
ボクは女王様に連れて行かれることになった。
いったい何の話をするつもりなんだろうか。
「まあ、座れよ」
連れてこられた場所は女王様の部屋だった。
ボクは手探りで椅子だと思う場所に腰掛けた。
そんなボクの様子から女王様が声をかけてくる。
「やっぱりお前は目が見えないわけか。あんまり自然に振る舞っているから最初は分からなかったな」
女王様はボクが目が見えないことに気付いたようだ。
そう言えばまだリーゼとエノクさんには言っていない。
「顔は女みたいに綺麗で目が見ない。それに何度か修羅場を潜ってきてるような度胸。てめえ、一体何者だ?」
女王様はボクに不信感を持っているらしい。
やっぱり人を纏める者として怪しい人がいたらちょんと確認しないといけないんだろう。
だけど、ボクはエテルナでそれ以上でもそれ以下でもない。
それにボクもまだ女王様のことは知らない。
ボク達に良くして貰っていることは分かってるけど、一応狩猟者なんだ。
油断するわけにはいかない。
ボクが黙っている様子に女王様は笑ってくる。
何が可笑しいんだろうか。
「ふん、あたいをまだ信用してないってか。やっぱりお前はあの二人とは違ってかなりの場数を踏んでるみたいだな」
何かが動く音が聞こえてくる。
ボクの両頬が掴まれていく。
口元に湿った息が吹きかけられる。
女王様がボクの顔に自分の顔を寄せてきたんだ。
「あまりあたいを舐めるなよ。お前みたいな小綺麗な顔をした奴は高く売れるんだからな」
何も言わないボクを女王様は脅しに架かってるんだ。
だけど、それでもボクは喋らない。
今までだって危ない場所に連れて行かれて酷い目に何度も合ったこともある。
不死身の身体を持っていることからわざと殺されて死んだふりをして逃げ出したこともあるんだ。
ボクと女王様は暫く黙ったままだった。
女王様に掴まれている頬に汗が流れてくる。
いったいいつまで続くんだろうか。
そんなとき、ボクの身体が引き寄せられ唇に生暖かい感触が触れてくる。
ボクは突然の感触に思わず女王様の身体から離れようとしてけど、背中に腕が回されて離れられなかった。
ちょっと時間が経って息苦しくなったところで唇から離れていく。
ボクは自分の唇に手を触れる。
女王様にキスをされてしまったんだ。
「エリル…」
女王様はボクに向かって人の名前らしき言葉を口に出していた。
ボクを誰かと間違えているのだろうか。
「今日はこれで勘弁してやる」
ボクの顔から湿った息が離れていく。
「用はこれで終わりだ。お前を心配してる小娘の下に行ってやりな」
とりあえず何だから分からないけど無事に終わったようだ。
早くリーゼとエノクさんの所に行こう。
ボクは立ち上がって去ろうとする。
「待ちな」
また女王様が呼び止めてくる。
今度は何だろうか。
早くリーゼの所に行きたい思うを押し殺して立ち止まる。
一応、女王様の世話になってるんだから出来るだけ言うことは聞かないといけない。
「あたいのことはシャルナと呼びな。今度、女王様なんて呼んだら船から叩き出すからな」
ボクは頷いて女王様、じゃなかったシャルナの部屋から出ていく。
唇にはまだシャルナの味が残っている。
エリルという人が誰なのか分からないけど、はっきりしてるのはシャルナにとってエリルはきっと大切な人だったんだ。
キスは大好きな人とするものだと聞いたことがある。
きっとシャルナはボクにエリルの姿を重ねたからキスしたのかもしれない。
けど、ボクはエリルじゃない。
リーゼがリーゼでないように。
何だろうか。
もやもやした気持ちになってきた。
早くリーゼとエノクさんの所に戻ろう。
ボクはもやもやとした気分を誤魔化すようにして走っていく。