第1話:出会い
ボクは今日も当てもなく寂しい大地を歩いていく。
聞こえてくるのは泣くような風の音とボクが大地を踏みしめる足音。
「ううっ…ああっ」
苦しいそうな呻き声を上げているのが聞こえてきた。
熱の帯びた熱い男の人の声だ。
おそらく病気に掛かってるんだろう。
戦争で使われた兵器は人を死に至らしめる病気を撒いていると聞いたことがあった。
そのためなのか病気がかからない場所へとみんな避難しているらしい。
けれど、避難出来ない人達もいた。
お金がないから避難できる場所に行けないとのことだった。
ボクの場合は朽ちることのない身体で病気に掛かることがなかったから避難する必要は無かったんだ。
ボクは立ち止まって苦しんでいる人の手を握る。
この苦しんでいる人もおそらくお金が無くて安全な所にいけなかったんだろう。
男の手は細く弱々しい感じだった。
病気で身体が弱って痩せてるんだ。
もう大丈夫、落ち着いて。
「貴方は…」
気休めかもしれないけど身体が楽になるよ。
僕は治癒の力で苦しんでいる人の中を巣くっている病気を取り除いていく。
例え、ここで病気を治してもすぐに病気になってしまうことだって有り得る。
世界には病気の原因である死の灰が未だに蔓延しているから。
だからこれはほんの気休め。
「これは…いったい?」
男は驚いたような声を上げてくる。
きっと治らないはずの病気が治ったことで戸惑ってるんだろう。
「有り難うございます!私はエノク、貴方様の名は?」
だけど、僕は応えることなく立ち去ろうとする。
この力を見せたからには立ち去らないと厄介なことに巻き込まれてしまう危険があるから。
「どうか、どうか名前を!名前を教えてください!」
余りにも必死に名前を聞いてきたから僕は応えることにした。
それに相手が名乗ったのだったら名乗り返さないといけない。
僕は立ち止まり、男がいると思う方向に振り向いていく。
僕の名はエテルナ。
「エテルナ…」
ボクは自分の名前を名乗ったから今度こそ立ち去ろうとする。
「お願いです!妹を…妹も助けて頂けないでしょうか!?」
だけど、男の人がボクを呼び止めてくる。
他にも助けたい人がいるんだと男は言っている。
ボクは少し後悔してしまう。
こうなってしまうことは分かっていた。
ボクの治癒の力はどんな病気だって治すことができてしまう。
だから何人でも救って欲しいと頼む人が出てきてしまうことが前にもあったんだ。
それでボクはいつの間にか神様のように祭られてしまって酷い目にあった。
凄い力を持っていてもボクは一人。
一人を救う間に他の人が死んでしまったりもする。
それで何でこの人を救ってくれなかったんだと怒られたりもした。
お前が殺したんだと言われて責められたりもした。
それでもみんなボクに沢山人を救うようにお願いしてくるんだ。
もう何が何だか分からなくなって、ボクは逃げ出してしまった。
あれ以来、ボクは滅多に治癒術を使わない。
治癒術を使うことでみんなの期待を背負ってしまうことが恐くなってしまったんだ。
どうしようかと思ったときに男の人はさらに言ってくる。
「どうかお願いします!私にとって妹が…リーゼが最後の生き甲斐なんです!」
リーゼ。
ボクは男の人が言った名前を聞いて立ち止まってしまう。
リーゼ。
リーゼロッテ・アインシュタイン。
ボクにとっての片翼の天使。
ボクにとっての真の騎士。
男の人、エノクって言う人の妹の名前なんだ…。
ボクはつい立ち止まって男の話を聞いてしまう。
涙声で必死にお願いしてくる男の所に言って耳を傾けてしまったんだ。
これが後になって後悔することになるとは知らずに…。
エノクさんに案内して貰った場所には空気の流れが所々途切れたような感じがあった。
多分、壊れかけた小屋か何かなんだろう。
僅かだけど焦げ臭い木の匂いがした。
家の中から熱い空気が流れている。
それに女の声と思えるか細い喘ぎ声が聞こえてきた。
おそらくこの声の人こそがエノクさんの妹なんだろう。
名前だけじゃくて声も似ている。
エノクさんの妹はリーゼの生まれ変わりなんだろうか。
ボクは熱い空気が漂っている家の中に入り、喘ぎ声がしてくる場所へと向かっていく。
「リーゼ、大丈夫か!」
「にい…さん…」
エノクさんの気遣う声が聞こえ、妹リーゼの安心した声が響いてくる。
「もう苦しまなくてもいいんだぞ!私は天使様に出逢ったんだ」
「てんし…さま?」
「ああ、そうだ!これでお前も元気になれる!また、元気になって二人で世界を回ることが出来るんだ…」
リーゼの息づかいがボクに向かって吹かれていくのを感じる。
ボクの存在に気付いたんだろう。
「あなたが…天使様なの?」
ボクは天使なんかじゃない。
ボクはエテルナ。
「綺麗な声…私はリーゼロッテ、リーゼでいいわ。お願い…顔を見せて…」
リーゼの言葉にボクは顔を布で隠していることに気付いた。
ボクは布をとってリーゼに顔を見せていく。
「ああ…本当に天使様みたい…兄さん…最後に私は天使様に会えたわ。もう思い残すことは…」
「何を言ってるんだ!?お前は死なない!天使様がお前を救ってくださるんだ。だから…」
エノクさんの声には妹を思う気持ちが痛いほど伝わってくる。
もし、ここでリーゼを助けないとエノクさんの心が死んでしまうかも知れないぐらいに激しく。
ここにはエノクさんとリーゼ以外に誰もいない。
だから、治癒術を使っても大丈夫だろう。
エノクさんとリーゼにはボクのことを黙ってくれるように後でお願いしよう。
ボクはリーゼに近づいて熱くなっている手を握る。
エノクさんの手よりもか細く今でも折れてしまいそう感じだ。
ボクはエノクさんと同じようにリーゼの身体に巣くう病気を取り除くように念じていく。
リーゼの荒い息づかいが落ち着くのを感じる。
これでもう大丈夫だろう。
ボクはエノクさんにリーゼの病気が治ったことを伝えた。
エノクさんはボクの手を痛いほどに強く握ってくる。
「有り難うございます!有り難うございます!貴方様は私達にとって天使様です!このご恩は一生忘れません!」
エノクさんの大げさなぐらいの感謝の言葉にボクはくすぐったく感じた。
やっぱり感謝されると嬉しい。
それにエノクさんとリーゼがまた兄妹仲良く暮らせるのだと思うと治して良かったと思えてくる。
だけど、それだけじゃない。
リーゼと同じ名前の人を救うことが出来たんだ。
名前が同じだけで別人だけど、ボクにとっては特別な名前であり、やっぱり同じ名前の人を救うことが出来て嬉しく思える。
リーゼだけどリーゼじゃない人は病気が治ったことで落ち着いたのか気持ちよさそうな息づかいを立ててるのが聞こえてくる。
身体が楽になったから寝てしまったんだろう。
「本当に有り難うございます。何にも御用意が出来ないのは心苦しいですが、せめて今日止まって頂けないでしょうか。せめてリーゼが目が覚ました後に一緒にお礼を言わせてください」
エノクさんはボクに家に泊まるように言ってくる。
ボクはそのまま去ろうかと考えたけど、リーゼと少し話をしたいと思ったし、エノクさんの好意に甘えることにした。
エノクさんとその妹のリーゼ。
二人の出会いはボクに何を与えてくれるのだろうか。
ボクは暫くの間、エノクさん達の世話になることにした。