恋愛 2
失恋を題材にした練習用掌編。
彼は時間を気にしているのか、何度も腕時計を見ている。
口に運ぶ陶器のティーカップには、一面を埋め尽くす野花が描かれた、春一色の装飾だった。
静かな喫茶店に、陶器特有のカチャリと乾いた音を立てる。
ソーサーに置かれたティーカップをはすっかり空で、あんなに熱い紅茶で満たされていたのに、湯気も残さないほど冷め切っていた。
「君には、もっと良い人がいると思うんだ」
彼の言葉が錆びた釘のように、私の心に線を引く。
ガラスを引っ掻く耳障りな音。
ギギィ……。
ギギギィー……ギギィ……。
彼が何かを言うたびに、私の心は不愉快な音を立てる。胸を中心に麻痺が広がっていく。
震える手をグッと握りしめた。
「うん……」
私は言われるがままに、彼の部屋の合鍵をテーブルに置いた。
鍵は3ヶ月前の彼の温もりが残っているのかと錯覚するほど温かく感じた。
しかし手放すと、ただの鉄の塊になってしまった。
特別だった物が、どうでもいい物に変わる瞬間。
あなたは、いつそれを感じたの?
他に特別な物を見つけたの?
私のティーカップから、湯気が立ち上り消えていく。
大切な何かと一緒に、消えていく。
ギィギィー……。
ギィギィギィー……。
まだ何かを言っている。ほっとした顔で、まるで大仕事をやり遂げたサラリーマンのように。
「俺も、転勤先で頑張るからさ。君もーー」
救われた。やり遂げた。
彼の顔には見に見えるほどの安堵が滲み出ていた。
その瞬間、どうでもいい物が、唾棄すべき対象へと昇華した。
私はティーカップに手を伸ばすと、気味の悪い笑顔に紅茶を浴びせた。
虫を追い払う様に、躊躇することもなく。
「熱ッーーーー! 何するんだ!」
彼が怒り任せに怒鳴る。
私はそんな彼に、グッと顔を近づけた。
「もう二度と、私の人生に干渉しないで」
次私の前に現れたら、社会的に殺してやる。
黙り込む彼を放置し、私はそっとティーカップをソーサーに戻した。
そのまま喫茶店を後にする。
傷だらけの線をそっと指先でなぞる。
指先にちくりと、痛みが走った。
何かが、ポタリッとアスファルトで弾けた。




