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第五十六話

 イージス司令室の静寂は、墓場のように重かった。

 メインスクリーンに映し出された、二つの艦隊。一つは、傷つき、疲弊した、我々と同じ知性を持つであろう、難民たちの船団。もう一つは、生命そのものを否定するかのような、絶対的な闇。静かなる収穫者、サイレント・リーパー。

 私たちは、宇宙の孤独な観客として、この、あまりにも巨大で、あまりにも残酷な、鬼ごっこの目撃者となってしまった。


「……扉を、閉ざすべきだ」

 沈黙を破ったのは、W12の軍事顧問として参加していた、アメリカの老将軍だった。「我々の存在が、リーパーに知られる前に、太陽系の全ての通信を、外部から遮断する。彼らが、この星系を、ただの、生命のいない、空っぽの岩の塊だと、誤認してくれることを、祈るしかない」

 それは、臆病だが、しかし、最も合理的な、生存戦略だった。


 だが、私は、静かに、首を振った。

「嫌です」

 私の、その一言に、司令室の全ての視線が、突き刺さった。


「彼らを見捨てることは」私は、立ち上がり、難民たちの、傷ついた船団を、指し示した。「リーパーが到着する前に、我々が、我々自身の『人間性』を、殺すことです。それは、魂の、死です。――私は、そんな未来のために、父の遺志を継いだわけじゃない」


 私は、その足で、司令室の、中央演台へと向かった。そして、W12の全加盟国の首脳と、アトラス、月、火星、そして、地球の、全ての住人へと繋がる、緊急の、全人類放送のスイッチを、入れた。

 これは、もはや、私たちイージスだけで、抱えられる秘密ではない。

 人類、百億の、一人一人が、当事者として、決断すべき、選択なのだ。


 私は、カメラの向こう側、幾億もの、不安な瞳を、見据えた。

「――アトラス特区、イージス司令官の、ひかりです」


 私は、全てを、話した。

 アビサル・ゲイザーが、この目で見た、ありのままの真実を。難民たちのこと、そして、彼らを追う、サイレント・リーパーのことを。

 そして、私は、宣言した。


「本日、この瞬間をもって、プロジェクト・イージスは、その基本理念を、根底から、変更します!」

「我々の目的は、もはや、太陽系を、閉ざされた『盾』で、守ることではない! 我々の目的は、この太陽系を、銀河の、**新しい希望の『灯台』**とすることです!」


 私は、息を吸い、私の、そして、新世代の、宣戦布告を、叩きつけた。


「私は、ここに、提案します! 我々は、ただ、難民たちを、迎え入れるのではない! 我々は、この太陽系の、全ての資源と、技術を結集し、彼らを、迎えに行く!」

恒星間探査機オデッセイ計画は、もはや、逃げるための箱舟ではない! 彼らと、手を取り合うための、人類初の、恒星間外交艦隊へと、生まれ変わります!」

「木星諜報ステーション《ザイオン》計画は、盗み聞きをするための、砦ではない! 彼らと、リーパーに対抗するための、共同作戦司令部を、築くための、礎となります!」


 私は、最後に、言った。

「ジェネシス計画は、もはや、人類だけの、生存戦略ではない! 我々の手が届く、全ての、知的生命の未来を、守り抜くための、銀河規模の、救出作戦へと、進化するのです!――異論は、認めない!」


 世界は、震撼した。

 だが、その、あまりにも無謀で、あまりにも理想主義的な、私の宣戦布告に、最初に答えたのは、宇宙に生きる、新しい世代だった。

 月のルナが、火星の鎌田船長が、そして、アトラスの若き天才たちが、次々と、支持を表明した。

 その声は、大きなうねりとなり、やがて、地球の、各国の政府を、動かした。

 人類は、最も危険で、そして、最も尊い、茨の道を、選んだのだ。


 その、歴史的な放送を、父は、ホスピスの、ベッドの上で、見ていた。

 放送が終わった直後、私の端末に、父からの、最後の、短い、メッセージが、届いた。


『――見事だ、ひかり。それこそが、私が見たかった、未来だ。……だが、その未来へ進むには、道が、あまりにも、狭すぎる。……最後の、仕事を、させてくれ』


 次の瞬間。

 アトラスの、軌道エレベーター建設本部に、父の、個人IDでのみ、アクセス可能な、一つの、封印されし、データファイルが、転送された。

 それは、「黒い箱」に残されていた、最後の、そして、最大の、秘密。

 常温超伝導体と、エキゾチック・マターを、融合させることで、ケーブルそのものが、自らの重さを、打ち消すという、反重力建設理論。


 父は、その、最後の、神の御業を、私たちに、遺してくれたのだ。


 その日の夜。

 父は、まるで、全ての大仕事を終えた、一人の、満足した技術者の顔で、静かに、旅立った。


 私は、悲しみに暮れる暇もなかった。

 父が遺してくれた、最後の贈り物を手に、私は、イージス司令室の、巨大なスクリーンに、新たな、計画表を、映し出した。


『軌道エレベーター《アトラス・タワー》、最終建設フェーズ、開始。完成予定、五年後』

恒星間外交艦隊オデッセイ、第一次艦隊、建造開始。出航予定、十年後』


 私は、父の写真が、静かに、こちらを見下ろしているのを感じながら、司令官として、新たな、そして、最後の、命令を、下した。

「――総員、配置について。私たちの、本当の、創世記を、始めるわよ」


 父の死は、終わりではなかった。

 それは、私の、そして、人類の、本当の、始まりを告げる、高らかな、号砲だった。

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