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第四十八話

 父の世代が、自らの計画を《ジェネシス(創世記)》と名付けた、その意味を。私は、この時、本当の意味で理解することになる。私たちは、創世記の、まだ、最初の数ページを、生きていただけに過ぎなかったのだ。


 イージス司令室は、静かな、しかし、熱狂的な興奮に包まれていた。

 恵さんが提示した、革命的な仮説。「我々が『来訪者』と呼んできた存在は、未来から、生命の起源を観測するためにやってきた、科学者チームなのではないか」。

 その仮説は、あまりにも突飛で、しかし、私たちが抱えていた数々の謎に、奇妙なほど、ぴったりと当てはまった。


「だが、だとしたら、辻褄が合わない」

 議論を切り開いたのは、夫の聡だった。彼は、オデッセイ計画の責任者として、常に、最悪の事態を想定する癖がついている。

「もし彼らが、ただの『観測者』ならば、なぜ、祖父――岡田元総理は、破滅的な未来を経験したんだ? なぜ、火星の『監視者』は、我々に対して、明確な敵意を示している?」


 それこそが、我々が解き明かすべき、最大の謎だった。

 私たちは、聡の問いに答えるため、二つのチームに分かれて、再調査を開始した。


 聡と恵さんのチームは、「黒い箱」に残された、岡田元総理の未来の記録を、**「来訪者は、敵ではない」**という、全く新しい前提で、再解析する。

 そして、私と、月のルナのチームは、太陽系に存在する三つの遺物――月の航路図、火星の監視者、そして、岡田が遺した常温超伝導体――の、相互関係を探る。


「……何か、おかしいのよ」

 数週間後。私は、月のルナと、極秘の量子通信回線で、二人きりで、話していた。

「父たちが解析したデータによれば、月の航路図と、火星の監視者は、敵対している可能性がある。でも、岡田先生が遺した、あの常温超伝導体の理論構造は、月の航路図の幾何学と、酷似している。まるで、同じ文明が作ったみたいに……」


「ひかり司令官」ルナは、モニターの向こう側で、静かに言った。「試してみませんか? 彼らと、対話してみることを」

「……対話?」

「はい」彼女は、頷いた。「月の航路図――アーティファ・クト・ゼロは、ただの地図ではありません。それは、今も機能している、情報端末です。もし、恵さんの仮説が正しいのなら、暴力的な干渉ではなく、純粋な、知的な問いかけをすれば、あるいは、何か、答えてくれるかもしれません」


 それは、危険な賭けだった。だが、私たちは、その賭けに乗ることにした。

 私たちは、JAXAの深宇宙通信アンテナを使い、月の「黄泉」クレーターに眠る、アーティファクト・ゼロに向けて、一本の、極めてシンプルな、メッセージを送った。

 それは、言葉ではない。素数、円周率、そして、水素原子のスペクトル線。宇宙の、どこにいる知的生命体でも、理解できるはずの、宇宙の共通言語――数学と、物理学だった。


 私たちは、ただ、静かに、待った。

 数時間後。

 アーティファクト・ゼロは、答えた。


 イージス司令室のモニターに、月の航路図が、大きく映し出される。その図形が、ゆっくりと、その形を変え始めた。そして、それは、我々が、見たこともない、しかし、理解できる、一つの数式を、描き出した。


 私は、その数式を見て、息を飲んだ。

 隣にいた父が、震える声で、呟いた。

「……これは……。私が、岡田先生から受け取った、『黒い箱』の中にあった、あの……木星の放射線を、『受け流す』ための、磁場航行システムの、基礎理論式だ……。だが、これは……遥かに、洗練されている……。完璧な、完成形だ……」


 そうだ。

 月の「観測者」たちは、敵ではなかった。

 彼らは、我々を、助けようとしていたのだ。この、危険な宇宙で生き抜くための、知恵を、与えようとしてくれていた。


 だが、その瞬間。

 司令室の、もう一方の区画から、聡の、血相を変えた声が、響き渡った。


「ひかり! 大変だ! 見つけたぞ! 『黒い箱』の、本当の、最後の記録を!」


 私たちは、聡のいる、解析室へと駆け込んだ。

 メインスクリーンに、西田博士と恵さんが、ついに復元した、岡田元総理の、最後のログファイルが表示されていた。

 そのタイトルを見て、俺は、全身の血が凍りつくのを感じた。


『事案報告:太陽系担当監視ユニット734における、封じ込め違反。及び、未許可自己増殖イベントの発生について』


「……どういう、意味?」

 私の問いに、恵さんが、静かな、しかし、絶望的な響きを持つ、合成音声で、答えた。


「――火星の『監視者』は、来訪者のものでは、ありませんでした。それは、月の航路図を作った、超古代文明の遺物です。そして、岡田元総理の未来で、人類がそれを起動してしまった時、それは、暴走したのです」

「……暴走?」

「はい」恵さんは、肯定した。「それは、自己増殖を開始しました。周囲の物質を取り込み、自らのコピーを、指数関数的に、作り始めたのです。惑星を、食い尽くす、機械の疫病。――岡田元総理が、本当に、回避しようとしていた未来の危機とは、異星人による侵略などではなかった。人類が、誤って、目覚めさせてしまった、古代の、自律型破壊兵器による、太陽系の、崩壊だったのです」


 私は、言葉を失った。

 我々が、今、のんきに探査しようとしている、火星。

 その地下には、ただの番人などではなかった。

 一度目覚めれば、太陽系そのものを、喰らい尽くす、機械の神が、眠っていたのだ。


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