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第十四話

 統合管制センターの巨大スクリーンに映る光景は、非現実的だった。

 漆黒の宇宙を背景に、傷つき、沈黙した巨大なテラ・アンカーが、まるでバレリーナのように、ゆっくりと、しかし確実に回転している。その回転の先に、一点の希望の光――日本の有人宇宙船りゅうぐうが、彗星のような尾を引きながら突き進んでくる。

 俺の計算が、今、現実になっている。


「りゅうぐうより入電! テラ・アンカーの回転を確認! 最終アプローチコースへ移行します!」

 ヘッドセットから聞こえるパイロットの声は、極限の緊張の中でも、揺るぎないプロフェッショナルの響きを持っていた。


「ステーションの回転速度、予測値と完全に一致!」

「りゅうぐうの軌道、完璧に補正されています!」

 俺のチームのメンバーたちが、次々と成功の報告を上げる。だが、俺はまだキーボードから手を離せない。最後の瞬間まで、何が起こるか分からない。


 りゅうぐうの船内カメラの映像に切り替わる。窓の外に、テラ・アンカーのドッキングポートが、巨大な円盤となって迫ってくる。ゆっくりと、だが確実に、こちらを「迎えに」来ているのが分かった。

「自動ドッキングシステム、ターゲットをロック」パイロットが報告する。「……待て、ロックが不安定だ! 回転を異常値と判断している!」


「手動に切り替えろ!」フライトディレクター(FD)が即座に決断を下す。「パイロットの腕を信じる!」

「了解! マニュアルコントロール!」


 ここからは、パイロットの腕と、俺の計算との、究極の共同作業だった。俺が設計した完璧な「道」の上を、パイロットが完璧な「運転」で進んでいく。

 ディスプレイ上の距離を示す数字が、急速にゼロへと近づいていく。

 100メートル、50、10……。


「コンタクト!」


 ガツン、という、魂を揺さぶるような重い金属音。

 そして、全てのドッキングラッチが正常に作動したことを示す、緑色のランプが一斉に点灯した。


 静寂。

 その数秒後、管制室は、これまでで最大の、地鳴りのような歓声と拍手に包まれた。抱き合い、涙を流し、互いの肩を叩き合う。俺は、全身の力が抜けて、椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。


 だが、本当の救出は、これからだった。

「ハッチ開口! レスキューチーム、突入!」


 りゅうぐうから、救助装備をまとった二人の宇宙飛行士が、テラ・アンカーの内部へと進入していく。彼らのヘルメットカメラの映像が、緊迫した状況を映し出す。

 八咫烏モジュールの中は、CO2濃度の上昇で、まるで霧がかかったように視界が悪かった。呼吸マスクをつけた6人のクルーが、壁に寄りかかるようにして、救助隊を待っていた。

「……よく、来てくれた」

 船長が、かすれた声で言った。彼の目は、極度の疲労で落ち窪んでいる。科学者のケイトは、ぐったりとして意識が朦朧としているようだった。


「急げ! 全員をりゅうぐうへ移送するぞ!」

 救助隊が、衰弱したクルーを一人、また一人と、ドッキングハッチの向こう側へと運んでいく。それは、秒を争う、時間との戦いだった。


 15分後。

「クルー6名、全員りゅうぐう船内へ収容完了!」

 その報告を合図に、再び管制室に歓声が上がった。

「ハッチを閉鎖! テラ・アンカーから離脱する!」


 りゅうぐうは、ゆっくりと、しかし確実に、沈黙の家から離れていった。船内には、救助された6人と、救助した3人、合計9人の命が乗っている。

 その時、管制室のスピーカーから、黒田官房長の、感情を排した声が響いた。

「救助成功を確認した。諸君、見事だ」

 黒田は、賞賛の言葉を述べた後、冷徹に続けた。

「だが、感傷に浸っている時間はない。軌道計画室」

 俺は、ハッと顔を上げた。

「直ちに、テラ・アンカーの現状を維持し、無人状態で安定させるための軌道計算を開始しろ。同時に、損傷箇所を特定するための、無人ドローンによる調査ミッションの計画を立案する。――我々は、我々の資産を放棄しない」


 そうだ。終わってなどいない。

 俺は、メインスクリーンに映る、小さな光点となって地球へ向かう《りゅうぐう》と、その背景で、主を失い、巨大な亡霊船のように静まり返っている《テラ・アンカー》を、並べて見ていた。

 命は、救った。

 だが、夢は、壊れたままだ。


 俺たちの戦いは、英雄的な救出劇の章を終え、長く、困難な、再建の章へと入ろうとしていた。

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