第9話:天と地
両親が離婚したのは私が二十代半ばのときである。
大事件が起こったわけでもなく、明確な前兆があったわけでもなく、水面に張った氷が内側から密かにひび割れて崩壊するように、父と母の結婚生活は終わった。
まえぶれがまったくなかったわけではない。私はかつて、深夜に両親が灰皿を投げつけるような喧嘩をするのを盗み見たことがある。しかしそれは私がまだ中学生の頃で、二人の喧嘩を見たのはあとにもさきにもその一度きりだった。離婚した理由を母に訊ねたことがあるが、答えをはぐらかされた。父にはまだ訊けていない。
離婚してからの父と母は対照的な生活を送っている。母は離婚後すぐに新しい恋人を見つけ、驚くべきペースで新作を制作した。恋愛の方面はあまり長続きせず、数人の男とつきあった末に独り身に落ち着いたようだった。キルトのほうはというと、以前にも増して手のこんだものを制作するようになり、作家性を開花させていった。
「アメリカに移住することにした」
そんな連絡が母から来たときも、私はさほど驚かなかった。一年ほど前のことだった。
「どこに住むの?」
「ヒューストン。向こうの学校で日本語を教えながら作品づくりを続けるつもり」
なるほど、と私は思った。ヒューストンはジョンソン宇宙センターで知られているが、キルトでも有名で、世界最大級のキルトイベントが毎年開催されている。
「いい街ね。誰かと一緒?」
「独り。だから遊びに来てよ」
電話口の母の声はいつだって瑞々しい。直接会うと、もっと瑞々しいと感じる。いまの母はまるで羽を広げて空を自由に飛び回る鳥のようだ。身軽になったことで羽を得たのか。あるいはもともと空を飛ぶ方法を知っていながら、家庭という鳥籠にずっと閉じこめられていただけなのかもしれない。
いっぽう父は孤独な生活を続けている。会社からの延長雇用の打診を断って仕事を定年で退職し、男一人にはあまりに広すぎる木造二階建てで暮らし、掃除と庭の手入れで日々を消費している。飛躍していく母と違って父はいつもうつむきがちで、私はそれを見ていられない。ずっと実家に寄りつかなかった私が頻繁に帰るようになったのは、父の寂しい生活に少しでも活気を与えたいという思いからでもある。
思い出のなかの父はとにかく寡黙だった。多くを語らず、むしろ語らなすぎるために周囲からよく誤解された。まるで不器用が服を着て歩いているような人だった。食卓では黙々と食べながら私と母の話に耳を傾け、趣味もないから週末は眠ったまま石像のように動かなかった。それでもたまに家族で出かけると父は楽しそうに笑った。その笑顔を見るたびに、私は父にも人間の血が流れているのだと思ってほっとした。
そんな父は独り身になってからようやく喋るようになった。電話やLINEでどうでもいい話題を振ってくる父はかつて無口だったぶんを取り戻そうとしているかのようでもあり、どこかむなしい。私は仕事や新作の制作で忙しく返事が億劫になるときがあるが、父にはほかに話す相手がいないのだからと自分に言い聞かせ、なるべくつきあうようにした。