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第7話:実家



 父の家、つまり私の実家は駐車場から三十メートルとすぐの場所にある。いまでは数が減りつつあるという瓦葺きの純和風建築で、モルタル塗りの外壁は三年前に塗装しなおしたばかりだった。


「おかえり、志織」


 玄関の扉を開けると、待ち構えていたように父が立っていた。


「雨のなか悪かったな」


 荷物を預かろうとする父に私は、


「自分で持つから大丈夫」


 と答えて靴を脱いだ。


「駐車場の場所はわかりにくかっただろう。迷わなかったか?」

「川瀬のおじいちゃんが毎日掃除に来てた砂利敷きの駐車場でしょう。もう何度も来てるんだから間違えないって」


 言いながら、洗面所へと向かって手を洗う。川瀬というのは駐車場のオーナー一家の名字である。毎月こうして訪れているし、そうでなくてもむかし住んでいたのだからわかるのに、父はまるで私が初めて来るかのように道順や駐車場の場所を確認しようとする。助手席にいるのが当たり前だった娘が車を運転していることになかなか慣れないのか、あるいは親にとって子どもとはいつまで経っても守るべき対象なのかもしれない。私は毎月の第二土曜日に父の様子をうかがうことにしている。父が前日になると必ずよこしてくる、『明日は無理して車で来なくてもいいぞ』というのメッセージは私にとってリマインダー代わりである。


 手洗いとうがいを終えた私はお土産の入った紙袋を父に手渡した。


「はい、これ。先週末に名古屋へ行ってきたから」

「わざわざ気を遣ってくれなくてもいいのに。ありがとうな」


 遠慮がちに紙袋を受け取った父親は、中身を見るなり笑みをこぼした。


「両口屋の千なりじゃないか」


 千なりはどら焼きとほぼ同じ見た目だが、生地がパンケーキに近くて風味があっさりしているのでどら焼きほどくどくない。父のむかしからの好物で、会社勤めの頃には名古屋へ出張に行くと必ず土産に買ってきてくれた。


 お茶を煎れながら父が訊いてきた。


「名古屋には出張で行ってきたのか」

「事務職員に出張なんてないよ。キルトのグループ展があったの」

「母さんも参加してたのか」

「うん。展覧会のために一時帰国したんだって」


 ダイニングの椅子に腰掛けてテレビのワイドショーに視線を向ける。そうか、と父が呟くと、リビングの空気が張りつめるのを感じた。楽しい会話の場でささいな失言をしたときのような、ほんの一瞬の緊張感だった。私はそれを無視して、テレビのコメンテーターの顔を注視した。


 名古屋のギャラリーで年に一回開催されるキルトアートのグループ展に参加してきたのだった。キルト教室に併設されたギャラリーで、そこのオーナーと縁があって毎年作品を出展している。去年までは『城』やほかの既存の作品を展示していたが、今年は満を持して新作をこしらえた。


 ほとんど紺色に近い青の海と、それより少し淡い色の空を縫い合わせたその作品に、私は『青い記憶』と名付けた。空の隅に浮かぶ黄色い球体は太陽とも月ともとれるよう淡泊な色合いの生地にした。ある人にとってこの風景は夜明けになり、別のある人には夜更けにもなり得るだろう。一日の始まりと一日の終わり。真逆の時間帯が生地のうえで両立している。現実を超える空想を形にできるのが、創作の醍醐味だと私は思う。


「志織は朝と夜のどちらを思い浮かべるの?」


 会場で母に訊かれた私は、


「内緒。作者が言った内容は答えになってしまう。自分の作品を解釈されることは、作者にとって最後の楽しみ」


 ときっぱり言った。

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