第6話:メッセージ
「あんたは地味な色が好きだもんね」
と母からよく言われた。たとえば小学生時代、ピアノの発表会に着ていく服を選んでいるとき。ほかの子たちは赤やオレンジ、白のたくさんフリルがついたドレスを着るなか、私だけがブラウンの飾りっ気のないドレスを欲しがった。私には地味な衣装を好んでいる自覚はなかったが、私服を買うときも、部活動で使うバッグを新調するときも、成人式で着る振り袖を選ぶときも母や周囲の友人から同じような評価を受けた。だから、私は地味な色やデザインのものが好きなのだという考えがいつのまにか自分のなかで定着して、派手めのものを避けるようになった。
渋滞から抜けた車は細い路地に入り、突き当たりの青空駐車場の一角に停止する。私が子どものころからずっとある砂利敷きの駐車場で、もとは近所に住む人の好さそうなおじいさんが所有していたが、すでに亡くなっていまは息子さんが相続しているらしい。
空きが目立つその月極め駐車場を借りているのは私ではなく父である。私が車を買う少し前に父は自分の車を売ってしまったが、私が来たとき使えるようにと駐車場だけは借りてくれていた。
エンジンを切り、LINEのアプリを開くと、父から『どこにいますか?』とのメッセージが届いていた。どういうわけか、父はLINEでやりとりするときだけ敬語になる。私は深爪ぎみの人差し指で、
『駐車場に車を停めたところ』
と返信した。
送信ボタンを押したのとほぼ同時に、別の通知がポップアップされた。
『masaさんからメッセージが届いています』
見慣れないアイコンにハッとする。それはつい先日、酔った勢いで登録したマッチングアプリからの通知だった。おそるおそるメッセージを開封すると、そこには父からのメッセージとよく似た、絵文字のない素朴な文章が綴られていた。
『初めまして。masaといいます。
読書が趣味と書いてあるのを見てメッセージを送らせていただきました。
僕も小説など読むのが好きなので、もしよければおすすめの作品など教えてください。
よろしくお願いします』
送信者であるmasaのプロフィールページを開くと、笑顔でピースサインをつくる男性の写真がまず目に飛びこんできた。集合写真の一部を切り取ったためか画質が粗く、彼の肩に手を回す友人の姿が少しうつりこんでいる。同い年の三十四歳。さっぱりした顔立ちは少し若く見えるが、白い歯を見せるでもなく、口を軽く結んだ笑みからは落ち着きが感じられた。
返事をしたほうがいいだろうか。とりあえず返信用のページに飛んで、初めましてと入力したところで、父から再度連絡が入った。
『もしかして迷っていますか?』
『大丈夫。もうすぐ着くよ』
素早く入力して送信し、スマートフォンをバッグのなかに押しこむ。外に出ると雨はすでに上がっていて、雲の切れ目から三月の健康的な青空が顔を覗かせていた。