第5話:チョイス
快晴の天気予報に反して昼前から雲が立ちこめ、あっというまに雨模様になった。私はレバーを操作してワイパーの動きを速くする。雨脚は強まるいっぽうで、首都高を出たあたりから道が混雑しはじめた。カーステレオのボリュームを上げると、AMラジオの少し掠れた電波にのって毒舌タレントの過激な発言が聞こえてくる。
車を買ってじき一年になる。国産メーカーの、シルバーのコンパクトカー。それが私の愛車である。中古だが走行距離が少なく傷みはほとんどなかった。
「もとは小さな食品会社の社有車だったんですが、購入してすぐ経営が傾いて倒産してしまったんですよ。だから走行距離が極端に少ないんです」
中古車店の営業社員は笑いながら言った。社有車を購入してすぐ倒産するだなんて、いったいなにがあったのだろう。もともと経営がうまくいっていなかったのなら車を新たに調達することもあるまい。だとすると、食品偽装などの不祥事で会社ごと吹き飛んでしまったのだろうか。あるいは社員の誰かが会社の金を持ち逃げしたのかもしれない。小さな食品会社というし、そういうことで経営が傾く可能性はじゅうぶんにあるだろう。購入手続きを進めるあいだも私は食品会社の倒産理由についてずっと考えていた。
運転にもかなり慣れてきた。大学時代に合宿で免許を取って以来ずっとペーパードライバーだった。試乗で久々に運転したときにはハンドルを持つ手が震えたが、一緒に乗ってくれた中古車店の営業社員から褒められたので有頂天になって購入を即決した。いまでは車線変更も高速道路の合流もお手のもので、残る課題はバックでの車庫入れをどれほどスムーズにできるかだけだった。
車を買ったことを職場の上司に話したとき、どんな車を買ったのかと訊かれたのでシルバーのコンパクトカーだと答えると、女性にしては珍しいチョイスだねと言われた。そういえば中古車店でも同じようなことを言われた気がする。私の担当になった営業社員は初回の来店時からずっとパステルカラーの軽自動車を勧めてきた。しかしそれは私個人にというわけではなく、女性の単身者にはもれなく勧めているといった感じだった。私は幾度かの押し問答の末に彼の提案を断り、いまの車を選んだ。
「おそらく想像しているよりもずっと地味な色ですけどよろしいですか?」
何度も念押しされてから実物を見せられた。いい色ですね。私がそう答えると、営業社員は私の言葉の裏を探るように苦笑した。
パステルカラーの軽自動車にしなかったのは、そんな可愛らしい車に乗る自分の姿が想像できなかったからだ。社有車にも選ばれるような車種であれば、似合う似合わないといった心配をしなくてすむ。私は他人の評価を気にしなくていい場所にいたかったのだ。